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三つ、私は闇に追われる



 私が御守りを彼からもらって、一週間が過ぎようとしていた。何が変わったということはなく、しかし言ってしまえば全てが変わっていた。



「ななちゃん、委員会とか部活とか決めた?」



 席替えもなく、未だに私の前にはゆゆがのんびりと座っている。



 授業の合間の時間の十五分は、それなりに長く寛げる。次の授業の教科書とノートを準備して、ゆっくりとトイレに行っても時間は余る。



「んー、部活は入らない予定だけど、委員会かぁ」



 シャープペンをくるりくるりと指で回す。



 わ、上手いね、とゆゆが言った。



 あのお守りを貰って以来、私が幽霊に怯えるということはなく、普通の人と同じ生活を、生まれて初めて営んでいた。



 実に感動的で、充実している。



 初めてカラオケというのにも行ったし、近道として薄暗い路地を通ることもできる。自分の部屋にいても、得体の知れない何かが来るのではないかと不安に怯えることもないし、お寺や神社に逃げ込む必要もない。



 ああ、普通って素晴らしい。この学院に来てよかった。その感謝だけは忘れない。



 しかし、あれから彼と、春風のハルと会ってはいない。色々忙しかったし、やりたいこともあった。



 あの御守りは私の制服の内ポケットに入れてある。無くすことはできない、大切なものだ。



「ゆゆは中学時代は?」



「美術部だったよ。賞はとったことないけど、絵はそこそこ上手いんだからー」



 確かに、ゆゆはノートに落書きをするのが好きらしく、黒板の板書も綺麗で見やすい。それに、色使いも見ていて楽しいノートに仕上がっている。



「いいなぁ、そういう得意なことがあるって」



 私は幽霊の影に怯えて、そういった活動を避けてきた。だからこそ、私には取り柄というものがない。強いて言うのなら、霊感が強いというだけだ。



「絵は頑張れば上手くなるよー。ななちゃんだって字も上手だし、練習すればあっという間に上手になるよ?」



 ゆゆは私のことをななちゃん、と呼ぶ。同じ言葉二文字の名前仲間なのだろうか。愛称というものをつけられたのは初めてなので、悪い気はしない。



「そういうものかなぁ」



 自分になにか取り柄があるのだろうか。



 ない、とは思うが、今まではそれを考えるゆとりさえ私にはなかったのだ。



 だからだろうか、私はどこか、同い年とは雰囲気が違うのだとか。



 まあそうだ。今までは、私と彼らは同じだけど違う世界の存在だったのだ。そのちょっとぶれた軸を、あのお守りが修正してくれただけの話。



 人間に関して淡白というか、サバサバしているというか。私もきっと、幽霊と同じだったのだ。自分で自分がどんな人間なのか、改めて考えたけれど見つからなかった。嬉しいことに、考える時間は沢山あるので気にしないけれど。



 今日はこのあとに部活紹介がある。これは義務ではない。さらに今日のホームルームで各種員会の人員を募らなければならない。これもまあ中学の時と変わらない。



「あ、でも、保健委員に入ろうかな、とは思ってる」



 そう言葉に告げると、ゆゆは、ええっ、と驚く顔をした。



「あの保険の川口先生、怖い感じしない?」



 川口恵美先生は、あの保健室の主。



 ヤンキー上がりという噂は本当らしく、本人も否定しない。それがなぜ教師になったのかというのは、色々事情があるらしい。



「昔はサボリでよく使ったけど、もうその手は使えないよー」



 ゆゆが大袈裟に嘆く。



「私は入学早々お世話になったけど、悪い人じゃなさそうだったよ」



 入学式での私の粗相は案の定、緊張からくる体調不良という話で方がつき、変な噂が流れることもなかった。



 むしろ、『まあちょっとおかしなことは言ってるよな』みたいな、改めてこの学院の特異さを皆笑っていたのだとか。




「えー、そうかな。私とか話してるだけでイライラするって言われたことあるし」



 ゆゆの話し声は確かにゆっくりだ。というか、ゆゆは基本的にゆっくり動く。だから黒板の板書も丁寧だけど遅いし、持参の昼食を食べるのも遅い。



 鈍臭いという言葉があるが、まさにそれなのだろう。私は苦には思わない。だって、何をそんなに急いでいるというのだ。幽霊に追われているわけではないのだから、もう少しゆっくりでもいいだろう。私はそう思う。



 あの時感じた人の臭さは、もう感じない、慣れてしまったのだろう。



「確かに、ゆゆは遅いね。持田先生の板書写しきれる?」



 英語は中学で少しやったが、高校に入ってから本格的に難しくなった。



「もー本当に大変だよ。なんであんなに文字多いのかな。長い単語だと書くのも大変だよ」



 英語の持田先生は黒板をすぐ消してすぐ書くので、なかなかに厄介な先生の一人だ。



 一階の教室から見える景色にも、裏山の桜の花びらが風に舞う。



 今、あの桜は満開だ。ここに居る生徒なら、誰しもがあそこに行って桜を眺めるだろう。そのために朝早く来る人もいるのだ。



 そして、この場所は強風が吹かないので、桜の花があまり散らないのだ。もしかしたら、ハル、という風の精霊は、このためにこちらにきたのかもしれない。



 もしかすれば、科学的に証明できる事象なのかもしれない。もしかしたら地形が恵まれているのかもしれない。そう考えている学生も確かにいることはいる。が、やはりこの学院の生徒の九割が彼の存在を信仰こそしていないが、信じている。




 あれ以来、あの二人には会っていない。会えないのだ。あの桜の木まで一人で行ったことはあるが、会えなかった。どうやら、姿を見せる気はないらしい。



「私はどうしようかなぁ。部活。何もしないのも勿体無いよねぇ」



 ゆゆは決断も遅い。まあ、期日までにはきちんと決断をするだろう。



「――起立」



 そうこうしている内に、英語の持田先生がやってきて、日直が声を上げる。



 私とゆゆは、視線を合わせて何か意見のようなものを交わし、勉学に励む。



 まるで普通の女子高生のようじゃないか。そんなことを着席して思い、声に出さず笑った。



 すべての授業が終わり、ホームルームになるとクラスで委員会を決める。



 あまり積極的にやる人は居らず、簡単に保健委員の座をゲットできた。



 放課後に活動があるので、部活をやりたい人には枷になる。



 部活紹介では面白可笑しく先輩方が勧誘をしていたが、やはり別段気になる部はなかった。



「あの先輩、格好良くない?」



 体育館で座りながら、ゆゆが見た目のいい先輩を見てはしきりにキャキャー言う。



「そうかなぁ」



「もー、ななちゃん枯れてる!恋したことあるの?」



 恋なんて、する余裕はなかった。



「そっか、恋とかも出来るんだよねぇ」



 大きな独り言が漏れた。



 男子を気にしたことはなかった。男子の幽霊を常に気にしていた。あとはお寺のお坊さんくらいか。



「うちのクラスも、将来有望株は一杯いるよー?」



「そうなんだ。ゆゆはもう好きな男子いるの?」



 素朴な疑問だった。だってまだ会って二週間も経ってないのだ。



「それはまだだけど。まあでも、格好いいにこしたことはないでしょ?」



 そうかもしれない。そう思って壇上の先輩に目をやるも、やっぱり心惹かれるようなものはない。



 運命のような、ドキドキするような胸の鼓動――。



 思い出したのは、神様の瞳を覗き込んだ時の高鳴り。



 神様は小さかったけれど、なかなかに格好良かった。人間のようで、人間離れした美しさがあった。まあ、神様だから当然なのだけれど。



 そういえば、ハルも結構可愛らしい感じだったな。彼らは自分で自分の姿を変えられるのだろうか。

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