輝きと新しい事業と猫舌
「やっぱり、輝きが違うわね?」
「引退させるのが惜しかろう?」
「そうね………でも仕方ないことだもの。」
控室から出てきてステージ内の打ち合わせをする北斗。
その姿をスタジオの片隅で川伊達と朱鷺は眺めていた。
私服から少ししっかりした服を着て、
身だしなみを整えただけというのに、
ただの北斗は一気に芸能人のHOKUTOになる。
漂う雰囲気もオーラも全てが変わるのだ。
「敏腕プロデューサーなら、北斗の貴重さがわかるだろうに。」
「えぇ、そうね。
あの子が周殿と何の関係も無く、ただの男の子であったなら、
やまねちゃんと同じように私もこの世界に引き込んだわよ。」
モニターを通して見るその姿に魅入られる。
ただ、そこに佇むだけで目が離せない。
かつて表情も無く、会っても顔色一つ変えない子供だった。
そんな彼が華やかな舞台の上でその髪を揺らし、
柔らかくてしなやかな空気をまとって、
視線一つで何人もの心を掴んで離さない。
―――あんたはあの子の笑顔を見たことがあるの!?
あるわけがなかった。
何かを与えても笑うことすらしなかった。
何に対しても感情を一切見せなかった。
だからこそ、驚いた。
テレビの中で見た、久しぶりの姿。
初めて、北斗の笑顔を見た。
こんな顔をするのかと。
ずいぶん大人になっていたはずなのに、
その笑顔には子供っぽさがあった。
人懐っこくて、あどけなくて、親しみやすい。
時折、悪戯そうな笑みを浮かべて、それがまた人を魅了する。
それが、北斗にとってどれほど大事なことなのか。
「………何故、そんな顔をするんだ。」
「どんな顔よ。」
「北斗と藤を見守るやまねと同じ顔だ。」
「やまねちゃんには内緒にしておいて。あ、北斗にも。」
眩しい光の中に立つ、彼の姿を心のどこかで望んでいた。
だけど、それが許されない自分の立場が歯がゆかった。
「川伊達、お前は―――」
「それでも出来ないのよ。」
「何故だ。」
「私は…私と兵佳様は生きてきたから。
どんな世界であろうとも、必死で生きるために生きてきた。
そして、これからのために北斗が必要だから。」
食べるものもまともに無くて、
毎日必死に生きていくために色んなことをしてきた。
兵佳と手を取り合って、
お互いが何者なのかは問題では無かった。
ただ、彼と共に、命の限りを尽くして、
時に傷ついて、時に人を傷つけて、
命を奪い、奪われることも見て聞いて味わってきた。
平和の中に身を置けるようになっても、
華やかで輝かしい世界に関わるようになっても、
それでもその過去が消えることは無い。
今でもその世界と断ち切れることは無い。
ただ、身近な存在の唯一の笑顔を奪うことになるとしても。
「私の全ては兵佳様なのよ。」
絶対的な存在を信じることは辞められない。
「………今しばらく、敏腕プロデューサーの話を聞かせてもらおうか。」
「何それ、新しい事業でも始めるつもり?
まさかプロデューサーにでもなるのかしら?」
「それはそれで面白そうだな、考えてみよう。」
「………叩き潰してあげるわよ。」
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その頃、スタジオ内では機材のトラブルで騒がしくなっていた。
「すみません、HOKUTOさん!
ここで少しお待ちいただけますか?」
「いいよ、気にしないで。」
「ちょっとこっち手伝ってくれ!」
そう言ってスタッフがどんどん減っていく。
こっそりステージ裏にやってきてもばれないほどに。
「見つけた。」
北斗の声にはっと顔をあげる太一。
「北斗くんっ………。」
「きっと太一なら人目のつかない場所に隠れてると思った。」
逃げようとした太一の退路に立って塞ぐ。
足音も立てず近づいたので気づかれなかった。
「………太一、何があったの?」
「北斗くん、僕は………。」
「話してもらえないと助けられない。」
いつもと全然違う様子の太一に正直戸惑っていた。
答えを聞くのが怖くてたまらなくなる。
「こんな無茶苦茶な話を君が受けるとは思えないんだよ、太一。」
震えてるその体が痛々しくてたまらない。
「……………北斗くんが……関係してたの?」
「何を?」
ゆっくりと言葉を絞り出す。
「父さんの借金関係も悟君のストーカーも、
北斗くんのお父さんが関わってるって本当なの!?」
太一の目から涙がこぼれる。
「だから僕のことを助けようとしてくれたの!?」
そんな顔をさせたくなかった。
「………巻き込みたくなかった。」
北斗にとって、太一のその表情が初めて見るものだ。
だが、それと同じように、
太一にとってもその時の北斗の悲しい表情は初めて見るものだった。
「自分の家が普通じゃないのはわかってた。
実際に君の困っていることに関わってるってわかったのは、
荒方さんが調べてからだけど、
君と一緒にいることでいずれ巻き込むかもしれないことはわかってた。」
でも、藤にとっても、自分にとっても、
関わりを断つことが出来なかった。
「友達なんていないし、
家族なんてものもまともにいなくて、
そんな生活の前に太一は突然現れて、」
この手を引っ張って世界を変えてくれた。
「君と出会えて、藤とも会えて、社長にも出会えて、
俺はこうしてこの世界で仕事が出来てて、
君に美味しいものを教えてもらえて、
他愛のない会話が楽しいと思えて、」
屈託のないその笑顔が居心地が良くて。
「自分の我儘で離れることが出来なかった。
それで君を巻き込んだんだ、ごめん。」
北斗の言葉に、声が出せなくて涙が止まらない。
「ほくとくんっ、」
名前を呼ぶだけなのに苦しくて。
どんな感情でいればいいのかわからなくて、
でも、何かを伝えたい。
太一はある冊子を差し出した。
北斗はそれを受け取ると中を確認する。
「これは今日出題されるクイズの問題と答え?」
声が出ない代わり太一は頷いた。
100問ある。
だけど、北斗は気が付いた。
『所々、答えが間違ってある。』
わざとだろう。
全問正解などすればそれこそ疑われる。
「太一、君はこれを全部覚えた?」
頷く太一。
北斗は全ページをパラパラとめくって目を通した。
そして、その冊子を太一に返す。
「太一、俺を信じられなくても、拒否をしたっていい。」
「!?」
「君がどんな気持ちになったとしても俺は受け入れる。
だから―――」
北斗の真っ直ぐな目を見つめる。
「番組の収録が終わるまでだけでいいから俺を信じて。」
視界が鮮明に開けた気がした。
「この冊子に書かれてる通りに答えを書いて、
絶対に間違わないように。
それだけ…それだけでもいいから………。」
信じてほしい。
太一は大きく頷いた。
スタッフたちが騒がしくなった。
それに気づいて北斗は「ありがとう」と呟いて立ち去った。
その後ろ姿が太一の目に焼き付いた。
『やっぱり、君はかっこいいよ、北斗くん。』
お好み焼きやもんじゃ焼きを頬張る姿を思い出して、
そのギャップに思わず噴き出した。
猫舌で熱いものをふーふーする姿は、
かっこよさのかけらもなくて、
猫のように気まぐれで、
たまに疲れているのか、
椅子に座ったまま寝入っていることもあり、
藤がよく世話を焼くせいなのか、
意外とぼーっとしていることが多い。
そんな彼が、
颯爽と唾を返して、
ジャケットを身にまとって、
かっこよく歩く、
照明があたると、
尚更、凛としてキラキラしてて、
目が離せないほど見とれてしまう。
誰よりも自慢をしたい友人の一人。
そんな存在なのだと、
改めて思えた瞬間だった。




