センサーと酔狂と諦める
会場の天井裏を飛び回る影が一つ。
拍手と歓声が試写会の開始の合図を告げる。
『予定通り始まったか…今のところ異常は無いが…』
荒方朱鷺は足場が悪い場所に座り込んで小さなモニターを取り出した。
画面を確認しながら、イヤホンに触れて連絡を取る。
[はい、野菊です。]
「毎度、遠隔操作で申し訳ないな、野菊。」
[いえ、何の問題もありません。お気遣い痛み入ります。]
「あちこちに仕掛けてあるセンサーの様子はどうだ?
一応こちらでも確認はしたが何の問題も無さそうなんだが。」
[特に異常は検知されておりませんので問題ないかと思われます。]
「ならばこれ以上は無いということだな。」
鞄の中にどっさり入っている爆薬を見つめる。
全てこの会場に設置されていたものを朱鷺が解除して処理した。
[…色んなものを犠牲にしようなんて、
なんという酷いことを考えているんでしょうね。]
「人は一度狂うとどうしようもなくなる、理性の小さい生き物だ。
だから常日頃から精神を安定させる術を身に着けていかねばならん。
それが出来なくなれば、ただの獣に過ぎん。」
[荒方様は術をお持ちですか?]
野菊の言葉に一呼吸を置いた。
そして朱鷺はゆっくりと静かに答える。
「失っても尚、忘れえぬ向上心だ。」
思わず首をかしげる野菊。
見えはしないが感じとれた空気に「気にするな」と伝えた朱鷺。
「ところで、例の物の手配はどうなっている?」
[順調ではございますが、試写会が終わるころに到着となりそうです。]
「それまでが勝負というわけだな。」
近くの柱に触れた時。
ふと違和感を感じ、その場所をよく見る。
『………細い糸?』
ペンライトを点け、辺りを照らす。
柱に沿って見えにくいようにつけられた糸。
そっとゆっくりその糸をたどっていくと小さなコイン型の突起物。
「余計なものを………」
[いかがなさいました?]
朱鷺には見覚えがあった。
細い特殊な糸と連動する突起物。
それは天井裏の柱のありとあらゆる場所に張り巡らされている。
一か所でも間違えて糸を切れば全てが爆発する特殊な爆弾。
「野菊、悪いがセンサーのすべての監視を任せてもいいか?
あと、集中するためにしばらく通信を切る。」
[………承知いたしました、ご武運を。]
通信を切ると懐から小型のナイフを取り出した。
「狂っても器用とはな。惜しい男だ。」
「―――惜しいとは、相変わらず酔狂なお方ですねぇ。」
「!?」
己の失態に恥じる朱鷺だったが、
悔やみからぼんやりと姿を現した存在に驚きを隠せなかった。
「野猿!?」
「お久しぶりですねぇ~、荒方さん。
相変わらずお忙しそうでぇ~。」
「何故貴様がここにいる?まさかこの仕業は…」
「あぁ、残念ながらそれは違いますねぇ。爆弾は私の専門外ですから。」
『専門外と言いながら、爆弾だとわかっているではないか…。』
「知識ぐらいはありますよぉ。」
「………人の心を読むな。」
「………わかりやすいって言葉ご存じですかぁ?」
警戒をしていたが、どうやら敵意があるわけではないと感じた。
「で、何故、ここにいる?」
「私は自分の仕事の関係でここにいるだけですよぉ。
こういう場所は人がおらず静かで居心地がいいのでねぇ。」
「狙いは北斗か?」
「あぁ~すみません~。
今回は荒方さんたちに用は全くないので、
そこまで心配なさらなくても大丈夫ですよぉ~?」
「嘘では無さそうだな。」
「あなた相手に嘘などつきませんよぉ。」
「まぁいい。私は忙しいんだ。邪魔をするなよ。」
朱鷺は爆弾の解除の作業に取り掛かった。
「ねぇ、荒方さん。」
「邪魔をするなと言ったはずだが?」
ちらりと野猿を見ると、彼の手には小型のナイフ。
ちかくの爆弾につながった糸を切った。
「おい!」
「大丈夫ですよぉ、知識はあると言ったでしょう?」
「お前は一体何のつもりなんだ!?」
「“取引”ですよ。」
「は?」
にやりと笑みを浮かべた野猿は言う。
「解除のお手伝いをするので、“お話”をしましょう?」
「………何の話をだ。」
気を取り直して朱鷺も糸を切り出した。
「そうですねぇ、なぁんのことはない世間話でかまいませんよぉ。」
「誰が貴様とそんな話をするものか。」
「あぁ、ちなみに言っておきますが、
私はこういったどこでもここでも爆弾を仕掛けるのは嫌いですよぉ。
まさに美学に反しておりましてねぇ。」
「………………。」
「おやぁ?小汚いおっさんに美学があるのかと言いたげですねぇ。」
「わかってるなら言うな。」
『本当にわかりやすい方ですねぇ。』
「だから、貴様は何の話がしたいんだ?」
一呼吸おいて、野猿は呟いた。
「触れられないものを手に入れるにはどうすればいいんでしょうかね…」
ふわりと零れるような声に耳を澄ませる。
そんな朱鷺の様子に気づいてか、野猿は続ける。
「全てを失った人間が、どうしても欲しいものがあるんです。
ですが、それは目の前に、本当に目の前にあるのに、
手に入れることも、触れることすら出来ないのです。
だけども、どうしても欲しくて欲しくてたまらない。
……………そんな時はどうすればいいんでしょうね?」
あまりに抽象的で不鮮明な問いかけ。
だが、朱鷺は深く問いただすことはしなかった。
「どうせ、代わりはないのだろう?」
「そうですねぇ。」
「ならば、とりあえず諦めろ。」
その言葉に顔をあげた野猿だったが、
朱鷺は作業しているまま言葉をつないだ。
「“今は”諦めて、周りをもっと見る。」
「周りですか?」
「周りでも世界でもなんでもいい、
もっと多くのことに、目を向けて、もっともっと知って知識を高めろ。
どんなことでもいい、方法が見つからないなら自分の視野を広げて、
この数多の世界中の中から出来ることを見いだせ。
わからなくても、気づかなくても、知ることに貪欲になって、
色んなものや人や事柄を知って、そして、また求めればいい。」
朱鷺が野猿に指を指して作業を促す。
「たくさん知って、勝機が見いだせたなら。
その時こそ、自分の出来ることを全力でぶつければいい。
私はそう思うけどな。」
その言葉に思わず笑みがこぼれる。
「…あなたはやっぱり不思議な人ですねぇ。
いつもそんな生き方をしていらっしゃるんですか?」
「生き方も何も、私は私の今までの経験全てが今の私を生かしている。
自分の出来ることを全力で全うする。
それが私が見出した私の“やりたいこと”なだけだ。」
「全力を出すことがあなたのやりたいことですか?」
「そうだ、だからやりがいのない簡単な仕事はつまらん。」
「じゃあ、今のお仕事はやりがいがあるということなんですねぇ。」
「そうだな、やることが多すぎるが。
他の奴らには辛そうに見えることもあるようだがな。
私にとっては心の底から衝動が沸き上がってくるほどの興奮だな。」
くすくすと笑い声を我慢できなかった。
「何が面白いんだ」と不服そうに朱鷺はもらした。
「あぁ、やっぱりあなたは面白い方ですねぇ。」
「勝手に面白がるな。」
「………一つ、あなたに仕事を頼んでも?」
「内容による。」
「あなたにしかできない仕事です。」
「なんだ。」
「写真を……どうしても一枚欲しい写真があるんです。」
「どんな写真だ。」
「………理由は聞かずに受けていただけます?」
「………………」
「あなた方に迷惑をかけたり、不利なことにもなりません。
それは確実にお約束いたします。
この依頼は誰かでは無く、私個人の依頼ですから。」
「………とりあえず聞いてやろう。」
野猿から明かされた依頼の内容に首を傾げた。
だが、確かに朱鷺にしか撮れない写真ではあった。
少し悩んだ結果、彼女は承諾した。
その答えに野猿は心底嬉しそうに笑ったのである。




