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タイミングと事実と眩しい景色

 その日の夜の事。

 藤と北斗は事務所の仮眠室にいた。

 と言っても、今は彼らの宿泊室になっており、本来ならば一つしか無いはずだが、特別に二つベッドが設置されており、かなり狭い。

 だが、そんな事を二人は微塵も気にしなかった。


「………あの子、明日戻ってくるんだっけ?」

「社長はそう言ってたけど。」

「一体、何してんだろうな。」

「さぁ、興味ないよ。でも、どうせ何かろくでもないことしてるんじゃない?」


 本を読みながら、藤はそう返事した。

 だが、北斗の微かな笑い声にしかめ面を上げた。


「何?」

「すぐ妬く。」

「妬いて無い。どうしてそうなるかな。」

「俺が妬いて欲しいから。」


 きっぱりと答える北斗に、溜息しか出てこない。

 だが、そんな藤にはお構い無しに、北斗はぽんぽんと自分が使っているベッドを叩いた。


「何?」

「こっちおいでよ。」

「あのさ、ここ事務所。」

「この部屋にはカメラ無いし。別に寝るだけ。それ以上はしない。」

「……当たり前でしょ。」


 呆れる藤だが、北斗は何度もベッドをぽんぽん叩いて、合図を送る。

 再び、溜息をついた藤は観念したのか、読んでいた本を閉じて、ベッドに置いた。

 すると北斗は嬉しそうに手を差し延べる。

 その手に触れた時だった。


「本番前に話をしてもいいか?」

「「!?」」


 いつの間にかドアの所に朱鷺が立っていた。


「あんた、いつから。」

「ノックぐらいしない?」


 二人の冷ややかな視線に、珍しくも朱鷺はばつが悪そうな表情を浮かべた。


「いや、本番中なら駄目だと思って……

 少しのぞいたら平気だったから入ったんだけど

 ……話の邪魔をしたくは無かったので……まさか、気づいてもらえないとは……。」

「あー、わかったわかった。要は話かけるタイミングを失ったって事ね。はいはい。」


 北斗は随分、朱鷺の扱いに慣れたものだ。

 流石に三ヶ月ともなると、悪気があるのか無いのかぐらいはわかるようになる。

 特に、彼女に関してはよく言葉が足りない事が多く、余計に藤の不評を買うことがある。

 今も、朱鷺に理解を示し、慣れた北斗の姿に不機嫌な表情で座っている。

 そんな彼の様子を北斗は上機嫌で感じているが。


「さっさと用件言いなよ。時間も遅いし。」

「あぁ、こちらの仕事は終えたのだがな。そっちはどうかと思ってな。」

「スパイが誰かなんて事はとっくにわかってるよ。」

「そうか、それなら明日――――、」

「ちょっとした仕掛けをほどこしたから、明日面白いことになるけど?」

「あんたも明日はちゃんと顔出すんでしょ?」

「もちろんだ。ならば、楽しみにしておこう。それでは。」


 くるりとつばを返し、ドアを開いた朱鷺に、藤が話しかけた。


「誰がスパイかなんて、最初っから知ってたんじゃないの?

 家で待ち構えてるカメラマンを避けるためにここで寝泊まりしたとか言わないよね?」


 彼女は一瞬立ち止まったが、すぐにドアの向こう側に回り、顔をのぞかせて言った。


「おやすみなさい。」


 そのままさっと姿を消した。


「………嘘つくの下手だな。」

「………ホント、むかつく。」


******************


 翌朝の事。

 その人物はいつものように、自分達が使っている部屋の机を丹念に拭き上げていく。

 他のスタッフが来る前の、朝の準備だ。

 一通り終えると次は社長室である。

 それもいつもと変わらない。

 花の水やりに机拭きに書類の整頓。


 ただ、今回は少し違う。

 社長のデスクに置かれた雑誌に手がのびた。


 それは昨日の話だ。

 北斗が社長に雑誌を開いて見せながら言っていた。


「今度、ここでデートしたいんだけど、いい?」

「駄目っていっても行くでしょ!?あんたは!!」

「じゃあ、ここに印つけとくからよろしくね。」


 そう言って彼はペンでぐるりと書き込んだ。


 先に行く店さえ知っておけば張り込みがしやすい。

 スケジュールは知っていてもどこの店かまではわからないことがある。

 だから、この情報は必要なのだ。


 ペラペラとページをめくる。

 そしてようやく見つけた。

 黒い線でぐるりと囲まれた記事。

 だが、その店名を見て血の気が引くのを感じた。


「割烹“白百合”。って、偶然見つけたんだけど、面白いよね?」


 顔を上げると、いつの間にか北斗の姿があった。

 その隣りには藤と朱鷺。

 またその隣りにはやまねと向日葵、秋桜、野菊がいた。


「百合………。」


 社長の声に白百合はゆっくりと視線を向けた。


「皆さん…どうされたのですか?」


 平然といつもの笑顔で彼女は言った。

 だが、誰もがわかっていた。

 その笑顔が少しだけ強張った事を。

 誰一人として、笑顔で返す事が出来ない。

 

「私、ちょっとだけ雑誌が気になっただけですけど……。」


 雑誌に触れる手が、微かに震えている。

 気づいていたが、藤は構わずに指摘する。


「上に何冊か雑誌を重ねてたのに、君は真っ先にその雑誌を選んだでしょう?」


 白百合の笑顔が徐々に崩れ始める。

 目が泳ぎ、何かを言おうと口を開きかけては、すぐに閉じる。


「社長、私はっ、」

「言い訳はよしなさい。」


 やまねは大股で白百合に近寄ると、目の前に立ち、真っ直ぐに見つめた。


「答えなさい。貴女があの出版社に藤と北斗の情報を流していたの?」


 怒鳴るまではいかないが、彼女ははっきりと力強く言った。

 白百合は後ずさるが、背後の壁にぶつかり硬直した。


「百合、ちゃんと答えなさい!」


 びくりと肩を震わせる。

 その様子に朱鷺はおや?と違和感を感じた。


「社長。」

「荒方は黙ってて!」

「やまね。」


 突然、朱鷺が名前を呼び捨てにしたので全員が彼女のほうを見た。

 やまねも思わず振り向いた。


「言っても無駄だ。」

「あのね、」

「理由は後だ。」

「は?」

「今は私に任せろ。」

「!?」


 朱鷺は何やら鞄をごそごそとあたり始めた。


 ようやく目的の物を見つけて今度は朱鷺が近づいた。

 やまねを押し退けて白百合の前に立つ。


「お前に指示したのは誰だ?」

「何の事かわかりません。」

「かまわんさ、わかってる。この男だろ?」


 朱鷺が見せたのは一枚の写真。

 そこにはある男が写っているのだが、白百合は凍りついた。


「あの出版社に勤めて、長年貴様を婚約者だと言っていた男はこの通り、すでに妻子が存在している。」


 それは家族と仲良く写っている写真だった。

 だが、白百合は踏ん張った。


「嘘よ!!デタラメだわ!!」


 珍しく怒鳴り声を上げた彼女に、今度はビデオカメラを手渡した。

 そこには、子供が「パパ!ママ!」と楽しそうに走り回る姿が写っていた。


「もう5才になる。」

「嘘、よ………。」


 ぽたりぽたりと涙が落ちてゆく。

 カメラを握りしめた手に力がこもる。


「そんな、そんなはず無いもの!あの人は私を私を!!」


 信じられない。

 でも、画面の中の彼はとても幸せそうで。

 妻と思われる女性も、子供と思われる幼子も、それはごく当たり前のように幸せそうな日常だった。

 自分が何度も思い描いていた、幸せの形そのものだ。


「………相変わらず、どんな女性も恋だの愛だのに弱いってわけ………。」


 ぽそりとそう呟いた藤の肩を、隣りの北斗が優しく宥めた。

 しんと静まり返る室内に、それは突然発せられた。


「馬鹿じゃないの!!!!!」


 やまねが腹の底から声を張り上げた。


「そいつは!私達を騙す事が、あんたにとってどれだけ辛い事か!そんな事もわからないって言うの!?」


 やまねは白百合の両肩を力強く掴んで顔を上げさせた。


「そんな愚か者の言う事聞いてどうするの!?

 あんたが、百合が死ぬほど傷つくだけじゃないの!!!!!」

「しゃ、ちょ………。」


 予想外の言葉に、白百合は目を丸くした。

 だが、


「そうですよぉ!百合姉様の価値をこれっぽっちもわかってない男なんて、クズ同然ですぅ!!」

「そんなゴミこちらから捨ててしまいましょう?

 もっとイイ男なんて五万といるのですから!

 百合姉にはもっともっと相応しい男が絶対いるに決まってるわ!!」

「………白百合様には、そんな劣化物は不相応かと思われます。」


 はたから聞いてみれば、何とも酷い言いようであるが、この時の白百合には心のずっとずっとずーっと奥まで染み渡る言葉だった。


「ね、社長!正直、向日葵は百合姉様みたいな管理のお仕事出来ないですぅ!」

「アタシも、百合姉がいて安心して交渉出来るんだもの~。」

「………白百合様はこの会社のおおよそ六割の稼動力と考えていいかと思われます。

 居なくなれば、会社にとっても損失は億単位になる。という予測がたちます………。」


 寄ってたかって、社長に詰め寄る四天王達。

 白百合は呆然としていたが、やまねは溜息をついて口を開いた。

 

「どうするの?百合。」

「え?」

「もちろん、罰として給料は今の半分にするわ。あとはあんたが決めなさい。」

「私が?」


 社長、向日葵、秋桜、野菊の顔を順に見つめる。

 信じられない事だが、不思議と皆笑顔を見せていた。

 まるで、勇気をくれるように。


「わ、私………ここに居たい、です……でも、きっとあの人は、あの人達は、」


 ガタガタと震え出した白百合。

 何事かと思ったが、それを打ち消したのは朱鷺だった。


「その件については問題無い。」


 そう言ってテレビの電源を入れた。

 そこに写し出されたものは、


[今!捜査員達が本社にダンボールを片手に入っていきます!!]


 そんなアナウンスと共に、あの出版社が捜査されたというニュースが放送されているのである。

 全員が驚愕していると、一人朱鷺だけはさらっと解説した。


「なんでも、恐喝・脱税・詐欺やら色々悪事を働いていたらしくてな、

 被害者が集まって警察に通報したんだと。

 まぁ、前々から黒い噂は絶えなかった会社だからな。これで二度と活動できまい。」


 藤と北斗はゆっくりと朱鷺に視線を向けて心の中で『やりやがったな。』とひそかに呟いた。

 確証は無いが、何故か自信がある。


 視線の先で、泣いてる白百合に裏切られたはずの四人があんなにも受け入れている姿がある。

 いまいち、二人にはそこまで受け入れられる気持ちが理解出来ない。

 どれほど迷惑だった事か。

 信用を傷つけられた事か。

 何故そんな簡単に許してあげられるのだろう。

 わからない。


 けれど。


 どこか眩しいような景色にも思える。

 こういう世界があってもいいのかも知れない。


 そんな感じで自らを無理矢理納得させて、しばらく眺めていた。

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