砂糖菓子と人生と写真立て
あれから、四天王達は普通の業務に戻った。
藤と北斗にとってはそんな姿が本当に信じられなくて、呆気にとられていたのだが。
向日葵と秋桜が、
「先珠様!本日のおやつ、楽しみにしてますぅ~!」
「周殿様!アタシの手伝いをしてくださいな!」
などと言ったために、結局二人も雑務をやるはめになった。
一方。朱鷺は社長室で寛いでいた。
ソファにごろんと寝転がり、持参した砂糖菓子をテーブルに広げ、それをつまみながら雑誌を読む。
まるでサラリーマンの休日風景である。
部屋中に、ボリボリといういい音が響く。
「荒方、だらけすぎでしょ!」
「つかの間の休息だ。自由にさせろ。」
「別の部屋に行きなさい!」
「他は煩くてかなわん。」
「あんたね…。」
呆れて、言葉が出てこない。
溜息をついて諦めた頃、朱鷺のほうが口を開いた。
「気づいていたのに何故黙ってた?」
「何がよ。」
「白百合のスパイ行動だ。お前ほどの女が気づかないはずが無かろう?」
さくりと痛い所をついてくる。
「べ、別に…はっきりわかってた、とかじゃないもの………。」
ごにょごにょと語尾が小さくなっていく。
だけど、朱鷺は容赦無い。
「薄々感じていながらこうなるまで放置してたわけか。
“女帝”と言われたかの最氷やまねが聞いて呆れるな。」
「あんた、本当に遠慮のかけらもないのね。」
「馬鹿か。会社の上に立つ者がそんなだから下にいる者が不幸を得るんだ。
そんな事はとうにわかりきっているだろう?」
この日、何度目だろう。
やまねはまた溜息をついた。
少し、雰囲気が変わったのを感じ取った朱鷺は視線だけをやまねにむけた。
彼女は苦しそうに口を開いた。
「………わかってるわよ。
ただ……信頼が厚くなれば厚くなるほど、距離が怖くなるのよ。
“どうして言ってくれないんだろう?”とか“どうして隠しているんだろう?”とか、ね?
勿論、何度か聞こうと思ったわ。
でも、もし拒絶されたらどうしようと考えたら聞けなかった。
私は全然力不足なのかと思い知ってしまいそうで…。
というより、自分が想ってる以上に、あの子には何とも想われていないのかもしれない……。
そんな事ばっかり頭をぐるぐる駆け回ったわけ。」
人を信頼すればするほど、拒絶された時の傷は大きくなる。
やまねにとって、白百合をはじめ四天王達は最も身近な存在である。
上司と部下というよりは仲間に近い存在だった。
だからこそ、下手に踏み入れ無かった。
だが、それがこんなに会社に迷惑をかける結果になった事は、拭えない悔いである。
「正真正銘の馬鹿だな。」
ふと顔を上げると、目前に朱鷺がいた。
朱鷺は口を開いたやまねに砂糖菓子を一粒突っ込んだ。
「そんな馬鹿な貴様にいい事を教えてやろう。」
一言喋る度に、砂糖菓子を突っ込む朱鷺。
「まず、そうやって向こうから言ってくるのを待つ人口のおよそ九割は言ってもらえない。」
一粒。
「その九割のおよそ半分は、こちらから聞いたとして、本心を答える事は無い。」
一粒。
「そのまた半分は嘘をつく人口だろう。それが現実だ。」
一粒。
やまねの口中は甘ったるさでいっぱいになってきた。
かろうじて口は動かせられるが喋れない。
朱鷺は砂糖菓子の袋をデスクに置き、真っ直ぐ見つめてこう言った。
「だがな。それのどの人口であっても信頼は出来る。“する”か“しない”かのどっちかだ。」
やまねの口にラスト一粒を無理矢理詰め込む。
「少しは甘い物でも食して、頭を冷やすんだな。」
甘い物と頭を冷やす事の関連性がわからないが、
朱鷺は満足したのかソファに戻り、再び雑誌を読み出した。
やまねは肩の力を抜き、しばらく口中の砂糖菓子を味わった。
「だが。」
雑誌に目をやりながら、朱鷺は口を開いた。
「白百合ほどの有能な人間はまず見つけるのが難しい。
・・・・・・・・・これで最氷プロダクションはその凄腕を確実に手中に収めたというわけか。」
ちらりと見たやまねの笑顔は“女帝”と言うに相応しい表情だった。
『まこと、恐ろしい女だな。』
そう心の中で思いながら、朱鷺は再び雑誌を読むことにした。
****************
「さぁ!本日の業務も終了よ!今夜は合コンでいい男ゲットするわよぉ~!!」
「今回は貿易商のエリートとデザイナーの卵さんを集めてみましたぁ~!!」
終業のベルが鳴った途端、二人のテンションがMAXになる。
「へぇ、流石に人脈広いね。」
「当たり前だ。秋桜は貿易商に勤める親を持ち、向日葵は世界でも有数のデザイナーの娘だからな。」
突如現れた朱鷺に驚きつつも、彼女の手中にあるパンフレットに目をやる。
「「え、このデザイナーなの??」」
そこにはあの北斗でも知ってるデザイナーが掲載されており、朱鷺はしっかりと頷いた。
「野菊の親に至っては、FBIのサイバーテロ捜査官だ。」
思わず視線を向けた野菊はぺこりとお辞儀をした。
「ま、親がどうだろぉと関係ないですけどねぇ。自分なりの楽しみ方で人生楽しむだけですぅ!」
「そうそう!アタシ達はアタシ達の道を行くだ・け!
さ、百合姉も野菊も行くわよ~!早く仕度してちょうだい~!」
促されて慌てて荷物を纏める白百合。
そこに朱鷺が近づいた。
「白百合、一つ聞きたい。」
「はい、何でしょう?」
「あの男と会っている時、他に誰かいたのか?」
「……………。」
「「「「!?」」」」
白百合の気分を変えるためにもテンションを上げたというにも関わらず、朱鷺が話を蒸し返した。
思わず全員が渋い表情を見せたのだが、
「もしかして思い出せないんじゃないか?」
「!………はい。そう…なんです。
何故だかわからないのですが、具体的に何を話したのか、
どこでどんな風に過ごしたのか、さっぱり思い出せないのです…。
自分でもどうしてだか………。」
「そうか、わかった。それじゃあ、仕事終わりを楽しむといい。」
「はい!!」
笑顔で身支度を調えると白百合達は挨拶をして去って行った。
「難しい顔してるけど、どうかした?」
北斗が朱鷺の顔を覗き込む、「あぁ、それが、」と顔を上げた時、彼の後ろで待ち構える野菊の姿を見つけた。
藤もその姿に気づいて何事かと考えていると、野菊は前に出て、
「これ、受け取ってください!!」
と、珍しく思い切った声を出しながら、朱鷺に可愛いらしい包みを差し出した。
とりあえず、朱鷺はそれを受け取り開けて中身を確認する。
「これは!!あの100個限定の砂糖菓子!?」
「た、たまたま手に入りましたので。」
「貰っていいのか!?」
「は、はい!是非とも!!」
「有り難く頂戴する!!」
嬉しそうに砂糖菓子を眺める朱鷺の横で、こっそりと鞄からあの写真立てを取り出しぎゅっと抱きしめた。
「………幸せ。」
外から野菊を呼ぶ声が聞こえ、彼女は見たことの無い笑顔で、お疲れ様でしたと去って行った。
「見た?」
「うん、あの子の写真だった。」
呆然とする二人をよそに、ふと我に帰る朱鷺。
『白百合は完璧な“マインドコントロール”にかかっていた。
あれはプロの手口だ………しかし、何故そこまでする必要がある?』
受け取った砂糖菓子の底からデータカードをこっそりと抜き取り、ポケットに入れ、未だ見えぬ敵の姿に朱鷺は気を引き締め直した。




