貴婦人と情報と蛍
先に北斗を目的地で降ろした後、藤を送り届ける。
「終わったら連絡する。まぁ、夜まで離してもらえないだろうけど。」
「承知した。」
朱鷺の車が見えなくなり、ようやく振り返る。
そこには馬鹿でかい門がそびえ立ち、使用人と思わしき男性が、お辞儀をして開門した。
藤は慣れたように広い中庭を通り、また目を見張るほどの洋館の中に入っていく。
「大奥様がお待ちでございます。」
メイドに案内されて連れてこられたのは、家主の部屋。
だだっ広い部屋に上品なアンティーク家具、
棚には趣味で集めているのか、数々の食器が飾られている。
書類に目を通していた婦人は、藤の来訪に顔を上げ、優雅に立ち上がり近づいた。
「久しぶりね。」
「………先月も来ましたが?」
「一月は長いものよ。女はすぐ老けちゃうわ。」
「年々、若返ってるように見えるのは魔法ですか?」
「ふふっ、相変わらず上手いのね。」
そんな世間話をしていると、部屋のテーブルに食事が運び込まれてきた。
「昼食はまだよね?」
「えぇ、ご要望通りに。」
藤は彼女の為に椅子を引いた。
にこにこと彼女は笑って椅子に座る。
その後で自分も座ったのだ。
「さて、今日は運転は?」
「いえ、しないですけど……真昼間からお酒ですか?」
「軽くて美味しいお酒が手に入ったのよ。是非ともお勧めしたいわ。夜には別のお酒があるから。」
「では、仰せのままに。」
彼女が合図をすると、使用人が酒を運んでグラスに注ぐ。
うっすらと青い色がついた爽やかな液体だった。
「“Sacred blue”というお酒よ。珍しい色でしょう?」
「“神聖な青”。確かに綺麗な色ですね。お酒には思えない。」
「貴方にぴったりだと思ってね、すぐに購入したわ。」
「………それは、恐れ多いような気がしますが。」
「あら、汚れの無い色は貴方に似合いよ?」
答えを選ばせるつもりは無い。
そんな風に聞こえてきそうな言葉に、真っ直ぐ突き刺さる強い眼差し。
短く「えぇ。」と答えるとにっこりと満足そうな笑みで彼女は言った。
「乾杯。」
「乾杯。」
味わいも淡泊で、あっさりしていた。
そのまま食事は始まり、じっくり食していく。
「北斗君は元気かしら?」
「同じマンションに住んでいるし、マネージャーも同じだから、
よく会いますけど、そこまで話す仲じゃありませんよ。」
「あらそう?この間のイベントの時は仲良さそうに見えたけど?」
「あちらがよく喋るだけですよ。見られたのですか?」
「えぇ、使用人に録画をお願いしたの。私が居たら大変でしょう?」
「確かに。」
「………じゃあ、新しいマネージャーさんがいらしたのね?どう?今度は仕事が出来そう?」
「えぇ、色々やり手らしく、驚くほど敏腕さを見てますよ。」
「名前を伺っても?」
「荒方 朱鷺さんという方です。」
「!?」
突然、婦人の表情が固まり、手が止まった。
「………ご存知で?」
思わずそう聞いた。
藤の声で我に返ったのか、慌ててナイフとフォークを置いて、グラスに一口、口つけた。
「えぇ、少しね。確かに……それなら安心ね。」
気を取り直して、食事を再開する。
それ以上話したく無いのか、朱鷺については触れずに違う話題をふってきた。
藤は快く、その話題に応じたのだが、内心では朱鷺の存在に疑問を持っていたのである。
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とある高層ビルの屋上。
辺りを一望出来るその場所に二人の男が立っていた。
「本当に来るんですか?繁牙警部。」
「来ないはずが無い。黙って待っていろ半崎。」
「その情報通って本当に確かなんですよね?」
「別に情報を受け取りにきたわけでは無いと言っただろう。」
「………だって、こんな場所で待ち合わせなんて。密会みたいですよぉ。」
「非公式は非公式だからな。」
「しかも、向こうからの指定とか怪し過ぎるし。」
「ぐちぐちと文句の多い男だな、お前は。」
「文句じゃなくて、警戒してるだけですぅ。」
「警戒なんて無駄だってわかってんだよ。ね?ほたるちゃん。」
突如、背後から違う声が割り込んできた。
二人は固まったまま、動かない。
「ね?ほ・た・る・ちゃん?」
瞬時に振り返り、朱鷺の肩を掴んで引っ張る。
「半崎、そこで大人しく待ってろ。」
「は、はいっ。」
少し離れた場所まで彼女を引っ張って、ようやく手を離した。
「どうした、ほたるちゃん。」
「誰が“ほたる”だ!“けい”だ!
“蛍”と書いて“けい”と読めといつも言ってるだろ!!」
「だって、ほたるちゃんのほうが可愛いじゃん。」
「俺に可愛さを求めるな!」
「大丈夫、十分可愛いって。」
「いいから黙ってろ!!部下の前で言うんじゃない!!」
ちらりと部下である半崎の様子を伺う。
未だに動揺で落ち着かないようだ。
目が泳いでる。
「相変わらずの堅物なわけね。」
「それが私の普通だ!馬鹿者!」
やれやれと言った顔で朱鷺は半崎のほうに戻る。
繁牙も足早に戻り、咳ばらいで改めた。
「あれ?最氷プロダクションのマネージャー?」
「先日はどうも。今日は約束通り報告がてら呼び出しました。」
「何でマネージャーが情報通なんですか?」
「元々、“何でも屋”みたいな事やってんだよ。マネージャーはその一部。」
「あぁ、だからこいつが関わってくると大概は面倒な事になるから、今後はお前も気をつけるんだ。」
「ひっどい!?人を悪者扱いして!折角、取引先変更して全部一箇所に集めてあげたのに!!」
「やはり貴様の仕業か!!」
「仕業とは失礼な!!」
「お前がいるとだいたいろくな事にならんでは無いか!疫病神め!」
「ほたるちゃんのくせに生意気な!」
「お前に言われたくは無い!お前だけには!」
「………あのぉ……そこらへんにしてもらえません?」
驚きを通り越して呆れた半崎が止めに入る。
正直、彼の中ではクールでエリート警部の繁牙が、
これほどまでに子供のように言い争う姿を見て、内心、辛くなってきたのだ。
「まぁ、色々やっててたまたまマネージャーであそこに居たって事なんだけど、それでいい?」
「それを言うためだけにここに呼び出したわけか?」
すると朱鷺はにやりと嫌な笑みを浮かべて言った。
「いいや?聞きたい事があってきた。」
「………何だ。」
「あのヤクザ達は一体何者だ?」
すっと彼女の目つきが鋭いものに変わった。
半崎は背筋に悪寒が走ったが、繁牙は慣れたもので冷静に返した。
「前々からマークしてた組だ。それを一層検挙しただけの話。それがわからんのか。」
「ほたるちゃんともあろうエリートがわざわざ潜入捜査までしたんだ。
あんな組の端くれみたいな連中に何がある?」
「確実に仕留めるためだ。」
「私にその程度のごまかしが効くと思ってるわけか?」
「もし仮に重大な何かがあったとして、私がお前に話すと思うか?警察を舐めるなよ小娘。」
「私はほたるちゃんの事をよーく知ってんだ。そっちこそ見くびらないで欲しいな。」
二人の間に火花が散るが、半崎が思わず割り込んでしまう。
「どこまで警部の事知ってんですか?」
「アレのサイズまで。」
「アレ!?」
「荒方!いい加減な事を言うな!半崎も余計な事を聞いて惑わされるな!」
「アレって何なんですか!?」
「いいから黙ってろ!!」
結局、繁牙が一喝しないとおさまらない図が出来上がり始める。
溜息をついて力を抜いた朱鷺が呑気な声をあげる。
「ま、いっか。私が調べればどうとでもなるし。」
「………貴様。」
「ごめんねー、警察より情報収集力は上で。」
茶化す朱鷺に繁牙が否定しなかった。
その様子に半崎は、繁牙が彼女の言った事を認めたと察したのだ。
あの繁牙警部が認める情報通。
半崎は益々、朱鷺という人間に興味が出てきた。
「話はそれだけか?」
「連れないなぁ。せっかくほたるちゃんに会えたっていうのに…。」
「帰るぞ、半崎。」
『やっぱり、よくわからない人だ。』
そう言って振り向こうとした彼の目の前に茶色の封筒が現れた。
「これなーんだ?」
受け取らずにそれをしばらく眺めていた繁牙だが、急に渋い顔を見せ、眉間あたりを指で押さえた。
「何ですか?」
「警察が欲しがってた情報。」
「は!?」
「この為に潜入してたんでしょ?ほたるちゃん?ま、手に入れられなかったみたいだけどね~?」
ぺしぺしと繁牙の頬に封筒を当てる。
あまりの仕打ちとまさかの情報入手に半崎は開いた口が塞がらない。
繁牙は封筒を引ったくろうとしたが、あっさりとかわされた。
「あれれ?もしかして欲しいの~?」
未だかつてないほど馬鹿にした彼女の所業に、流石に血管が浮き出てくる繁牙。
どうも、この人物を相手にすると普段とは180度かけはなれた部分が出てしまうようだ。
「別にいいけど。もう私には必要無いし。」
差し出したが、彼は受け取ろうとしない。
何故?という表情をすると、
「代わりに情報寄越せと言うのだろう?」
「………いいよ、警察の情報なんてたかが知れてる。
まぁ、何でこの情報を欲しがったのかは解せないとこだけど。
ほたるちゃんが素直に喋るとは思えないしね。」
「当たり前だ。」
「ホント、アレの時は素直なんだけどなぁ。」
「またアレ!?アレって何なんですか!?」
「だからいちいち惑わされるな!半崎!!」
とりあえず封筒を受け取る。
「ま、代わりにって言っちゃあなんだけど。」
ぴくりと繁牙の動きが止まる。
「貸しイチってことで、何かあった時はよろしく。」
そう万遍の笑みで言い放った後、くるりと鍔を返す。
「貴様たりとて、犯罪を犯せば捕まえるぞ。」
朱鷺の背中に向かってそう言った。
すると彼女は顔だけこちらに向けて、口を開いた。
「私がそんな事をすると思ってんの?」
その瞳はまるで氷のように鋭く、思わず半崎は身震いした。
朱鷺は向き直り、「じゃーねー。」と手を振って去って行った。
「行くぞ、半崎。」
「は、はい!」
二人もその場を後にしたのだった。
藤と北斗も十分面倒ですが、朱鷺もとびっきりの面倒です。




