第4話 温かい毒
日常パート。
朝の光がカーテンの隙間から、柔らかく部屋に差し込んでいた。
アタシはゆっくりと目を覚ました。身体が重い、今までの逃亡生活の蓄積された疲労だろう。
でも昨日は誰かに殺されるんじゃないか、という恐怖は殆ど感じずに眠れた。
その事実に、胸の奥が妙にざわついた。
キッチンからトーストの焼ける音と、味噌汁の良い匂いが漂ってきた。
彼はキッチンに立っていた。
「......起きた?」
エプロン姿の彼が振り返った。少し眠そうで、柔らかい笑顔を浮かべている。
「朝食、作ってみたけど......インスタントしか味の保証は出来ないよ。それに簡単なのしか作っていないけど」
テーブルには、スライスチーズが乗ったトースト、ウィンナーにスクランブルエッグに味噌汁、小さなサラダも並んでいた。
どれもごく普通の家庭の朝食だ、だけどもアタシはアタシにとっては、まるで異世界の様な光景だった。
アタシは無言で背伸びをして席に着き、その小さな異世界に「いただきます」と小さく呟きフォークを手に取った。一口食べると温かさが心身に染みる、昨夜に続き久しぶりの温かい食事だった。
優弥は向かいに座り、自分の分をゆっくり食べ始めた。
「ゆっくり食べて。今日は予定が特にないから、傷が落ち着くまで休むと良いよ」
アタシは味噌汁を一口飲んでから、ぽつりと呟き言った。
「......組織の監視がある割には自由に暮らしているな、お前」
優弥は苦笑いした。
「まあね、表向きは『心の病による治療休暇中』だからね。家に大人しくいる限りは自由にさせてもらっている。ただ昨日みたいに監視の人間が来るだけだよ」
彼はフォークを置いて、少し遠い目をした。
「彼女と一緒にいた頃も、こんな朝があったなぁ......。逃げながらでも、ここに定住した時もちゃんとご飯を食べさせてあげたかった......」
アタシは食べる手を止めた。
「その彼女......逃した女の人だったか」
「うん、昨日も言ったけど数年は逃げれてたんだ、僕は孤児だったからさ。僕は初めて家族ってのが何だか分かった気がしたんだ......」
彼の声は静かだった。アタシは何も言えない、こいつも楽な人生を送っていた訳じゃないんだなと自然と共感してしまう。
「彼女はミゾレって名前なんだけど......って、まあこれも僕が名付けたんだけどね」
また微妙な表情で笑う。それに対して疑問をぶつける。
「......何故、ネームレスを助けることにしたんだ?」
優弥は過去を思い出し複雑な心境で答えた。
「ネームレスの仲間もしくは協力者がいるか吐かせる為に拷問をする事がある。それを初めて見た時に酷い罪悪感に襲われた」
「ふん、ありきたりだな」
そう吐き捨てて食事を再開すると彼はまだ続けて言う。
「......僕は才能を見出されて孤児院から引き抜かれた、だからネームレスに対して子供の頃から悪だと特に洗脳されていた。だけど知らなかったっ!あんまりにも自分と同じ人間だって......」
アタシは少しくらい考えれば分かるだろと悪態をつきたいが罪悪感に押しつぶされそうな彼を見て言うのをやめた。
「そしてミゾレを助けて守れなくてクヨクヨしていたら君に出会った。だから子供でもある君を放ってはおけなかったのかもしれない」
部屋に静かな沈黙が落ちる。アタシはまた味噌汁をもう一口飲む。
温かい。
こんな朝が、いつまで続くのだろうか。食事を終えると優弥は食器を片付けながら言った。
「そう言えば君何歳?さっき子供だなんて言ったけど年上だと恥ずかしいからね......君大人びてるし」
「......16歳、今年の6月24日に17になる」
そう言いながら紅茶を飲む。
「そうか、一回りくらい年下か......そうだ、腕を見してくれる?大丈夫だと思うけど化膿しているとマズいからね」
こいつは何歳なんだろうかと思っていると腕の包帯を取られ、また清潔なモノに手際よく取り替えられた。
そしてまた優弥は痛覚を操り患部に緑色の光が包み込む。
「良かった、このままなら治る。もう痛くないよね?」
「......ああ」
「良かったよ」
そう言いながら優弥は作業場の方に視線を移した。
半分くらい組み上がった銃の様な機械に工具。奇妙な配線が散らばっていた。
アタシはふと聞いた。
「あれは......何を作っているんだ?」
彼は少し目を細めた。
「......放置していたけど君が現れたから制作再開した、いつか役に立つかもしれないモノ。僕の能力が効かない相手の為にね」
そんな奴いるのかと内心驚いていたアタシは何なのか気になったが、彼はそれ以上あまり詳しい話をしなかった。
夕方になり窓の外がオレンジ色に染まる。優弥はソファの反対側の椅子に座り、本を読み進めていた。
アタシは膝を抱え静かに考えいた。
(この男は何なんだ?戦闘の道具として育てられ、その組織に恋人を殺され更に自身の身も危機に晒してでもまたネームレスを助けようとしている)
優弥は視線に気付き顔を挙げると静かに言った。
「紅葉って名前、やっぱり嫌だ?」
アタシは眉をひそめた。
「......いらない。そんな名前、必要無いと言ったはず。あっても惜しくなるだけだ」
優弥は小さく息を吐き、優しく微笑んだ。
「分かった、無理にとは言わないよ。紅葉でも別の名前でも、君がいつか欲しくなったらその時は教えて」
アタシは何も答えられなかった。
外は穏やかな夕暮れだった。アタシの心の中で、初めて小さな葛藤を抱いていた。
(もう少し......ここにいてもいいのか?この温かさに慣れて良いのか?いや、ダメだ......長くいればヤワになるし、こいつを危険に晒すだけだ......でも............)
そう考え込んでいると優弥が穏やかな声で言う。
「今日もゆっくり休んで。明日も、僕はいるからさ」
アタシは小さく頷いた。兄が出来た気分になる自分に少し腹が立つ。だけども今夜も、きっと誰かに殺されそうになる夢は見ないだろう。
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