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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

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第30話「ヒーローと放課後」

夏目孝太郎が白石和弘と初めて言葉を交わしたのは、小学五年生の春だった。


といっても、劇的な出会いじゃない。

ただ、誰も座らないベンチに、夏目が腰を下ろしただけだ。


校庭の隅。

鉄棒の影が伸びる場所。


白石は、いつもそこにいた。


特別支援学級。

その言葉だけで、周りは距離を取る。


からかわれることもあったし、

見て見ぬふりをされることの方が多かった。


夏目は、それを知っていた。


だからこそ、近づくのが少しだけ怖かった。


一緒にいるのを、誰かに見られるのが嫌だった。

自分まで何か言われるのが、正直、怖かった。


――それでも。


「何してるの?」


そう声をかけてしまったのは、

たぶん、白石が持っていた携帯ゲーム機が、あまりにも懐かしかったからだ。


白石は驚いたように顔を上げた。


それから、ゆっくりと笑った。


「ゲーム」


それだけ。


夏目は少し考えてから言った。


「……俺も、やっていい?」


白石は、何度も頷いた。


それが、始まりだった。


 


放課後になると、二人はよく一緒にいた。


校庭でボールを転がしたり、

白石の家でゲームをしたり。


白石の家は、静かだった。


母親はいつも穏やかで、

「お友だち?」と聞いて、優しくお菓子を出してくれた。


夏目は、白石の家が好きだった。


誰も大きな声を出さない。

誰も、変な目で見ない。


白石はゲームが得意だった。


操作は少し遅いけれど、

考え方が独特で、強かった。


「孝太郎、すごいな」


そう言われるたびに、夏目は居心地が悪くなった。


勉強もできる。

運動もできる。

背も、同級生より頭一つ分高い。


それが当たり前すぎて、

「すごい」と言われる理由が分からなかった。


でも、白石は違った。


白石の目には、

夏目はいつも“ヒーロー”みたいに映っていた。


 


ある日、ゲームの途中で、白石が急に声を上げた。


「孝太郎! 見てよ!」


画面を、ぐっと突き出してくる。


「最強の選手、できた!」


夏目は、覗き込んだ。


能力欄に並ぶ数字は、

どれも端まで振り切れていた。


球速170キロ

コントロールS

スタミナS

パワーS


全部、S。


名前を見て、夏目は一瞬だけ固まった。


「……なんで、俺の名前なんだよ」


白石は、きょとんとしてから、すぐに笑った。


「だって、孝太郎が一番強いじゃん」


迷いはなかった。


「最強にするなら、孝太郎だよ」


夏目は、画面を見たまま黙った。


完璧で、

欠点がなくて、

絶対に負けない存在。


「……ゲームだろ」


それだけ言って、視線を逸らす。


白石は気にしなかった。


嬉しそうに、画面の中の“夏目”を動かしている。


ステータスは、全部MAXだった。


完璧で、

欠点がなくて、

絶対に負けない存在。


(……反則だろ)


その時は、それだけだった。


でも。


その光景は、

妙に、頭の奥に残った。


 


「なあ、キャッチボールしようぜ」


ある日、夏目が言った。


白石は少し不安そうにした。


「……できないかも」


「大丈夫!ゴムボールだし、当たっても痛くないから」


夏目は野球に興味はなかったが、白石が野球に憧れを持っていることに気がついていた。


近所の小さな公園。

誰もいない時間帯。


白石は、ぎこちないフォームでボールを投げた。

全然届かない。


それでも、夏目は走って取りに行った。


「もう一回」


何度も、何度も。


白石は息を切らしながら、笑っていた。


「楽しいな」


その一言で、全部報われた気がした。


 


夏目は、お小遣いを貯めた。


コンビニに寄らず、

無駄遣いをせず、

家のお手伝いをして、

何週間もかけて。


スポーツ用品店で、

一番安いジュニア用のグローブを2つ買った。


茶色で、少し硬い。


その1つを白石に渡したとき、

白石は言葉を失った。


「……俺に?」


「ああ」


「……いいの?」


「使わないともったいないだろ」


白石は、泣きそうな顔で笑った。


その日から、キャッチボールは増えた。


うまくいかなくても、

ボールを落としても、

白石は楽しそうだった。


 


白石にとって、夏目はヒーローだった。


大きくて、強くて、頭がよくて。

それなのに、自分に優しい。


白石は、それを口に出さなかった。

でも、態度で分かった。


夏目が来ると、背筋が伸びる。

声が少し弾む。


夏目は、それに気づいていなかった。


ただ、楽しかっただけ。

一緒にいる時間が、心地よかっただけだった。


 


夕方。


空がオレンジに染まる頃。


白石が言った。


「孝太郎ってさ、なんでもできるよな」


「そうか?」


「うん。ヒーローみたいだ」


夏目は、笑ってごまかした。


「やめろよ」


でも、その言葉は、

白石の中に、静かに残った。


――ヒーロー。


完璧で、

負けなくて、

全部できる存在。


ゲームの中の、

ステータスMAXの選手みたいに。


その言葉が、

後にどれだけ重くなるのかを、

この時の二人は、まだ知らなかった。

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