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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

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第24話「記憶を辿る覚悟」

その日の夜。


伊藤玲奈は、自室の机にノートを広げていた。

講義用ではない。誰にも提出することのない、私的なメモだった。


ページの上に日付を書き、今日あった出来事を思い返す。

駅前のビジョン。

アニメの予告映像。

ジャイロボール。

そして、夏目くんの言葉。


「俺が、なりたかったんじゃない」

「誰かが、言ってた」


ペンが止まる。


臨床心理学科に転科してから、伊藤は「違和感」を理屈に落とし込む癖がついていた。

感情だけで結論を出さない。

仮説を立て、裏付けを探す。


(……主語の混同)


ノートの端に、小さく書き込む。


――自己と他者の境界

――代理的願望

――同一化


幼少期に強い感情体験をした場合、

「誰の夢だったのか」が曖昧になることは珍しくない。


伊藤はスマホを手に取り、アニメの情報を調べ始めた。

昔、放送された作品。

リメイクされるほど人気がある作品となると簡単に情報が出る。


左腕のピッチャー。

独特な回転のボール。

ジャイロボール。


放送開始年を確認し、指が止まった。


「……九年前」


声が、思わず漏れる。


九年前。

夏目孝太郎が、小学五年生だった頃。


偶然とは思えなかった。

勉強一筋になる前。

運動が「苦手になった」と語られる時期。

野球の記憶が、きれいに抜け落ちている年代。


(やっぱり、ここね)


伊藤はノートを閉じ、椅子に深く腰を下ろした。

頭の中で、これまでの点がゆっくりと線になっていく。


左利きなのに、右で投げることにこだわっていたこと。

野球ゲームをしたことがないのに、ステータスという言葉を使っていたこと。

相手の球種を、理屈抜きで再現できる感覚。

そして……ジャイロボール。


全部、後から身につけたものじゃない。

たぶん最初から、身体にあった。


忘れてしまっただけで。


伊藤は、ふと昼間の光景を思い出す。

駅からの帰り道。

何気なく通った、あの小さな公園。


ブランコ。

砂場。

古い鉄棒。


人の気配はなく、ただ静かだった。


あのとき。

夏目くんは、足を止めた。


理由は分からない、と言いながら。

でも、確かに「何か」を感じていた。


(……避けてる)


伊藤は確信する。


無意識に近づいてしまう場所。

同時に、無意識に避けようとする場所。


記憶に触れる可能性が高い場所。


翌日。


伊藤は、一人でその公園を訪れていた。

昼過ぎ。

子どもも、学生もいない時間帯。


ベンチに腰を下ろし、周囲を見渡す。


特別なものは何もない。

どこにでもある、住宅街の公園。


それでも。


伊藤は、胸の奥がざわつくのを感じていた。


(……ここで、何かがあった)


断定はできない。

証拠もない。


けれど、夏目孝太郎という人間の「空白」は、

確実にこの場所と繋がっている。


伊藤は立ち上がり、ゆっくりと歩く。

砂場の縁。

ブランコの支柱。

ベンチの裏。


ふと、鉄棒の下で足を止めた。


何もない。

ただ、少し地面が削れているだけ。


それでも、伊藤は思った。


(ここで……誰かと、向かい合ってた)


キャッチボールかもしれない。

約束かもしれない。

あるいは、別れだったかもしれない。


伊藤は、拳を握る。


(思い出させるべきかどうかは、まだ分からない)


でも。


知らないままにしておく、という選択肢はない。


伊藤玲奈は、公園をもう一度だけ見回し、静かに背を向けた。


過去は、すぐそこにある。

触れれば、壊れるかもしれない。


それでも。


(私は、逃げない)


そう心に決めて、歩き出した。

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