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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

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第13話「試合後」

試合後。

スタンドの客が引き上げ始め、通路にはゆっくりとした人の流れができていた。夏目は、まだ席を立てずにいた。


グラウンドでは整備が始まりかけている。

ついさっきまで“仕事”をしていた場所が、もうただのフィールドに戻りつつあった。


「……行こっか」


伊藤が小さく声をかける。


「……ああ」


二人で通路を下りる。その途中、通用口の近くで小さな人だかりができているのが見えた。


サインをもらう人。写真を頼む人。スタッフに止められながらも粘る人。

 

その中心に――佐藤がいた。


ユニフォームのまま、汗を拭きながら、一人ひとりに短く、丁寧に対応している。


ヒーローじゃない。でも、確実に“プロ野球選手”だった。


佐藤が、ふと顔を上げる。視線が合う。一瞬。本当に一瞬だけ。


次の瞬間、佐藤の表情が変わった。驚き。それから、照れくさそうな笑い。


「夏目?」


「……うん」


それだけで、周囲の音が少し遠くなる。

スタッフが気を利かせたのか、「少しだけなら」と言って、二人の間に空間ができた。


伊藤は一歩だけ下がる。聞こえない距離。でも、見守れる距離。


佐藤が先に口を開いた。


「来てくれたんだな」


「……ああ」


「どうだった?」


言葉の端に、ほんの少しだけ“怖さ”が混じっている。夏目は正直に答えた。


「……すごかった」


佐藤は一瞬だけ目を伏せてから、笑った。


「ヒット一本と、四球一個だぞ?」


「一軍だ」


それで十分だった。佐藤は小さく息を吐く。


「……なあ」


声が、少し低くなる。


「ニュースとか、見てる」


夏目は黙って頷いた。


「大学でも抑えてるんだろ。完全試合もやったって」


「……ああ」


佐藤はしばらく夏目の顔を見ていた。それから、ゆっくりと言う。


「あのさ」


一拍。


「プロ入って受けた、どのピッチャーの球よりも」


さらに一拍。


「甲子園の、あの最後の一球の方が、俺の中じゃ一番だ」


静かな声だった。でも、重かった。


「怖かったし、速すぎたし、正直、捕れないかもって思った」


佐藤は少し笑う。


「でもさ。あれが、夏目だろ」


夏目は何も言えなかった。言葉が出てこない。


佐藤は、それ以上踏み込まなかった。


「……俺はさ。プロでやる。ここで、必死に生きる」


そして、真っ直ぐに言う。


「だから、お前も。お前の場所で、ちゃんと投げろよ」


夏目の喉が詰まる。


「……ああ」


それが、限界だった。


佐藤は満足そうに頷く。


「よし。じゃ、またな」


少し間を置いて。


「夏目、頑張れ。俺も頑張るから」


「……わかった」


短く笑って、佐藤はスタッフに呼ばれて戻っていった。人波に紛れて、もう見えなくなる。


 


帰り道。

駅へ向かう人の流れの中で、夏目はずっと無言だった。


電車に乗り、並んで座る。伊藤も、すぐには話しかけなかった。


しばらくして、窓の外を見たまま言う。


「……佐藤くん、頑張ってたね」


「……ああ」


「逃げなかったわね」


「……ああ」


伊藤はそれ以上は聞かない。代わりに、こう言った。


「夏目くん。今日、羨ましかった?」


少し間。


「……ああ」


伊藤は小さく頷いた。


「それなら、大丈夫。羨ましいって思えるうちは、まだ終わってないから」


電車が揺れる。


夏目は、何もない空間に手を伸ばしかけて――途中でやめた。代わりに、膝の上で拳を握る。


(……俺は、どこで投げる)


答えは、まだない。


でも。


“投げたい”という感情だけは、確かに胸の奥に戻ってきていた。

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