第48話「四番・一塁手 中村秀人」
◆ 準々決勝 ――怪物と、やっと横に立てた男(前編)
甲子園三回戦を突破した翌日。
開明高校はついに 準々決勝 の舞台へ踏み込む。
対戦相手は大濠第一高校。
スタンドのざわめきは、
もはや「夏目を見に来た観客」で埋め尽くされていた。
夏目は気にしない。
視線が集まろうが、いつもの歩幅でベンチへ向かうだけだ。
ただひとり——
緊張で心臓が爆発しそうな男を除いて。
中村秀人。
ファーストミットを握りしめすぎて、手のひらに汗がにじむ。
(やっべぇ……ほんとに……俺、今日出るのか……)
胸が震える。
人生で一度も「スタメン紹介」というものに並んだことがない男が、
ついにその場所へ立つ。
⸺
選手紹介のアナウンスが響く。
「四番 一塁手 中村秀人」
球場がざわ……と揺れた。
(……四番!?俺、四番なの!?)
昨日までベンチだった男が、
今日いきなり“4番・一塁”で立つのだ。
視線が痛いくらい集まる。
隣で夏目が淡々と言う。
「緊張してんの?」
「するに決まってんだろ!!」
「……息してないぞ」
「しとるわ!!」
夏目の声は相変わらずの温度だが、
その横顔には、確かな“信頼”があった。
(……あぁもう……泣きそう)
⸺
プレイボール
守備位置につくため、一塁へ向かう。
緊張で足がふわつく。
だけど、走れた。
一塁に着いた瞬間、
(……あれ?)
周囲がやけに静かだった。
次の瞬間、理由がわかった。
——打球が飛んでこない。
まったく飛んでこない。
三球三振。
三球三振。
また三球三振。
夏目の左腕が、序盤から“完全に別次元”だった。
(……お前ら……守備って……こんな楽だったのか……!?)
こんな心の声、絶対にチームには言えない。
けれど、ほんとにそう思った。
⸺
ベンチに戻る。
夏目はタオルを頭にかけながら、
淡々と水を飲んでいる。
中村は思わず言った。
「おい夏目……お前……
俺のデビュー戦なんだから……
ちょっとは“プレーさせろ”よ……!」
夏目はタオル越しに無感情な声で返す。
「……知らん」
「知らんじゃねぇ!!」
しかし——
なぜか怒る気にはならなかった。
夏目の投球はあまりに美しくて、
ただ隣でそれを見ていられることが嬉しかった。
(……間に合ってよかった)
その一言に尽きた。
⸺
一回裏。
1番・佐藤が打席へ。
冷静にボールを見極め、粘って粘って出塁する。
続いて——
「2番 ピッチャー 夏目孝太郎」
スタンドが爆発したように沸いた。
日本中が注目する怪物。
案の定敬遠。
(……やべぇ……順番回ってくる……!!)
走者が出たから、自分に回る。
ついに、夏目の後ろでバットを握る瞬間が来たのだ。
中村は喉がカラカラになりながら、
ベンチでそっと拳を握った。
「……絶対、俺もチームの戦力になる」
夏目は振り返らない。
でも、その背中には
“頼むぞ”
と言っているような、そんな温度が確かに宿っていた。




