第38話「データでは説明できない男」
プレイボール。
北海ノースフィールズのベンチは異様な緊張に包まれていた。
「データ班、最終確認!
佐藤の打球傾向は——」
「外角は当てるだけ、甘い球はセンター返し……
ミスショット率12%……!」
「その情報、今日まだ意味あるのか……?」
タブレットを握る手が震えている。
1回表 開明の攻撃
マウンドには北海のエース、志戸。
147キロの直球、緻密なコントロールと緩急が武器。
だが——
昨日の夏目の173km/hの影響は、
味方ではなく“佐藤”に出ていた。
打席に立った瞬間、佐藤は少しだけ首を傾げる。
(……球、遅いな)
志戸が全力で放った初球のストレート。
シュッ!
音だけは良い。
でも——
(止まって見える……)
佐藤は迷わず踏み込んだ。
ガツッ!!!
センター返し。
一直線に抜けていく。
実況が叫ぶ前に観客が沸いた。
「佐藤打った!!」
「え、センター返しうますぎ……」
「173km/h受けてたら145なんてスローボールなんだろうな……」
佐藤は一塁で少し息を整えた。
(……やっぱり遅く見える。
夏目の球、毎日受けてるせいか……?)
自分でも信じられない感覚だった。
そして——
球場の空気が変わった。
「2番、ピッチャー……夏目孝太郎」
ざわり、とスタンドが揺れる。
北海の内野が一斉に後ろへ下がる。
志戸は震える指でサインを覗き込みながら、
(……頼む……データ通りに来てくれ……)
そんな祈りに近い願いを抱く。
夏目は、ゆるりと打席へ入る。
そして、いつものように淡々とバットを担いだ。
志戸、初球。
外角低めの完璧な誘い球。
——来ない。
夏目は動かない。
志戸が安堵する。
(……よし、このゾーンは振らないタイプ……)
二球目、インローの変化球。
夏目の目が、ふっと細くなった。
次の瞬間。
バゴォォォォォォンッ!!!
打球はレフト方向へ——
いや、上がり続けた。
球場中が息を呑む。
「うそだろ……」「え、これ入るの!?」「低めだぞ!?」
レフトがフェンス際でジャンプしたが、
ボールはその上を軽々と越えていった。
完全な“低めすくい上げホームラン”。
佐藤が走りながら叫ぶ。
「夏目ぇぇ!!確実に転がせって言われてただろぉ!!」
中村もベンチで絶叫した。
「いや今の届くか!? 物理どこいった!!」
伊藤は手で口を覆っていた。
(なにあれ……)
スコアボードが静かに光る。
【2 - 0 開明高校リード】
夏目は淡々とホームを踏み、佐藤と軽く手を合わせる。
「ナイス出塁。助かった」
「いや助かったのはこっちなんだが!?」
北海の内野陣は完全に固まっていた。
「データに……ねぇ……」
「内角低めをあんな角度で……?」
「これ……解析無理だろ……」
志戸は呆然とマウンドに立ち尽くす。
(なに……あれ……
野球に……あんなバットの出方……あったか……?)
中村はベンチの前で、頭を抱えながら笑っていた。
「開明の攻撃……夏目が全部破壊するんだよな……」
夏目は水を飲みながら言った。
「……軽かったな。もっと重い球だと思った」
「いや感想それ!?!?」
甲子園はまだ序盤。
だが、
もう誰も“データ野球の北海”に希望を見ていなかった。
怪物は、今日も淡々と野球を壊していく。




