第32話『わからない。でも、変。ずっと変。』
1 ――初対面の違和感(入学式)
体育館で新入生総代のスピーチをしたとき、
私は原稿を読みながらずっとイライラしていた。
(なんで私がこれやってんだろ)
あとで先生から聞いた。
「本来は入試トップの子に頼んだんだけどね。
断られちゃって。その子以外だと伊藤さんが一番成績良かったから」
……その瞬間、頭に浮かんだのはひとりだけ。
2m超えの、やたら静かで、
存在感だけで黒板を小さく見せる男――夏目孝太郎。
(ふーん、絶対あいつね)
屋上で弁当を食べながら、さりげなく聞いてみた。
「先生から聞いたんだけど、
本当は総代ってトップの子が断ったらしいのよね。……誰でしょうね?」
「悪い。俺だわ」
ほんとにさらりと言う。
「怒ってない。ただ、負けてたのが悔しかっただけ」
そう言うと、夏目は一瞬だけ目を丸くしたあと、
なんとも言えない顔で空を見た。
その横顔を見て、なぜか思った。
(……勝てる気がしない)
まだ野球なんて影も形もない頃――
違和感だけは、ちゃんとそこにあった。
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2 ――ランニングで気づく「ズレ」
習慣のランニングに夏目を誘ったのは偶然だった。
勉強効率が上がるらしい、という理由をつけただけ。
普通なら断られると思っていたのに、
「……いいけど」
と、あっさりついてきた。
そして並んで走り始めて10分後。
(なんでこの人、息切れしないの……?)
呼吸が乱れない。
フォームがまったく崩れない。
歩幅は小さいのに速く、
肩がほとんどブレない。
教科書通りじゃない“美しさ”があった。
夏目は何も意識していない。
ただ、普通に走っているだけなのに――
理屈では説明できない速さだった。
(……やっぱり、変)
胸の奥で、小さな違和感が沈んだ。
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3 ――練習もしてないはずなのに、筋力だけ異常に伸びる
夏目は毎日筋トレしていた。
でも伊藤は気づいてしまった。
腕立てをする夏目のフォームが、
・重心移動が異様に正確
・力の入れどころが完璧
・“教わったことがある人”以上に洗練されている
ということに。
(誰かに習った? でもそんな話、聞いたことないし……)
夏目は普通に言う。
「こっちのほうが効率いいからな」
理由になっていない。
伊藤は理解を放棄した。
違和感はある。
でも言語化できない。
(……なんなのよこの人)
そんな感情だけが残った。
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4 ――そして、試合の日。
中村に頼まれて夏目が野球部として試合に出ると聞き、
伊藤はマネージャーとしてベンチに入った。
夏目が初めてマウンドに立つ。
投げた瞬間、風が抜けた。
(……は?)
球速?
フォーム?
そういう次元じゃなかった。
重くて速く、浮き上がる綺麗な回転のフォーシーム。
高校生ではありえないボール。
周囲がざわつき始める。
「夏目先輩、やば……」
「今のストレート? 魔球じゃん……」
でも伊藤だけは、別のことに気づいていた。
(回を追うごとに……投げ方が滑らかになってる)
(回転数、また増えてない……?)
(無駄な動きが消えていく……?)
そんなこと、一試合で起きるはずがない。
でも目の前で起きている。
(……この人、本当に何者なの?)
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5 ――変化球の謎
この試合で夏目はスライダーを投げた。
伊藤は震えた。
そのスライダー――
相手投手の村上が投げていた軌道と、ほぼ一致していた。
偶然ではない。
模倣でもない。
まるで“コピー”。
(見ただけで……投げられるようになる?)
そんな馬鹿な話あるわけない。
でも現実は、目の前で起きている。
その後に投げたフォークも、カーブも、
軌道の“本質”だけは村上のものと一致していた。
(おかしい。
おかしいけど……説明できない)
胸がざわつき続けた。
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6 ――答えは出ない。でも、違和感だけ増えていく
夏目はこれらを、
「ポイントで取った」
「ポイントを振った」
なんて言う。
本気か冗談か分からない。
でも夏目は嘘をつく性格ではない。
そして現実に、彼の投球は“進化”している。
(……ポイントって何よ)
ポイントなんてあるわけがない。
でも彼の成長速度は、常識で説明できない。
答えは出ない。
でも――
(この人……本当に何者なんだろ)
その疑問だけが、少しずつ積み重なっていった。
違和感はもう違和感ではなく、
“謎”になり始めていた。
(……これは、知らなくていいやつじゃない)
なぜか、そう思ってしまった。




