第31話『怪物の横で、俺はキャプテンになる』
県大会が終わって数日。
開明高校の周囲は完全に、夏目孝太郎の名前で埋め尽くされていた。
「170キロって本当かよ」
「いやもう怪物でしょ」
「開明にあんな投手いた?」
道ですれ違うたびに“夏目孝太郎”の話題が耳に入る。
その横を通り抜けながら、中村の胸はチリッと痛んだ。
(……すげぇよな、夏目は)
嬉しい。
でも悔しい。
でも嬉しい。
ただ、その全部を飲み込んだ奥に――
(……俺って、キャプテンだよな?)
そんな寂しい声が、確かにあった。
⸻
部活に戻ると、その感覚はもっと強まった。
「夏目先輩、今日何キロ出すかな」
「スライダーのキレ、全国レベルだろ」
「プロ確定だわあれ」
部員の視線は全部、夏目へ。
中村に声がかかることもある。
でも「キャプテン」として必要とされている空気は――薄い。
(このままだと……“夏目だけのチーム”になる)
それは絶対に違う。
中村が作りたかったのは、みんなで戦うチームだ。
そのとき、ブルペンの方から乾いた音が響いた。
バチィッ!!
佐藤のミットが押し負けた音だった。
手は真っ赤に腫れている。
「これ? まぁ痛ぇけどよ……俺も伸びしろあるからな!」
笑ってるけど、痛いに決まってる。
(……夏目に食らいつこうとして、無茶してんだ)
“夏目に壊される”んじゃない。
“夏目を支えるために壊れる”――その未来が見えた。
⸻
その帰り道。
伊藤が夏目の横を走りながら、中村へちらりと視線を送った。
「ねぇ中村君、最近ちょっと怖い顔してるよ」
「俺が?」
「うん。キャプテンなのに、チームの中心に立ててない顔」
胸に突き刺さった。
「あなた、夏目君の隣に立ちたくないわけじゃないでしょ?」
「……立ちてぇよ。当たり前だろ」
伊藤はふっと笑った。
「じゃあ、そのために必要な覚悟は?」
中村は返せなかった。
伊藤は静かに続けた。
「夏目君は怪物。でも、それを“チーム”にするのはキャプテンの仕事よ」
その言葉が、中村の胸の奥で強く響いた。
(……そっか。
夏目の隣に立つってのは、才能の話じゃねぇんだ)
⸻
夜。
自販機の光の下で、夏目のフォームが脳裏によみがえる。
(すげぇよ。本当に、化け物だよ)
焦りも嫉妬もある。
でも、同時にこうも思っている。
(それでいい。俺は怪物にはなれねぇ)
なら、怪物の隣に立つ覚悟さえあればいい。
⸻
翌日のグラウンド。
中村は、キャプテンとして「戻ってきた」。
「声出せぇぇぇ!!」
「ミーティングすんぞ、全員集合ォ!!」
「夏目! お前は黙って投げとけ! 空気は俺が作る!!」
その瞬間、夏目が少しだけ目を見開いた。
「……頼む」
その言葉で胸が熱くなった。
“キャプテン”として認められたと、はっきり分かった。
部員たちの顔も明るくなる。
「中村先輩、戻ってきたな!」
「やっぱキャップいると締まるぅ!」
「夏目先輩も投げやすそう!」
夏目は振り向かないが――その口元は、確かに笑っていた。
(よし……ここからだ)
焦る必要なんてない。
追いつく必要なんてない。
怪物の隣に立つ覚悟を持てばいい。
甲子園はもうすぐそこだ。
怪物と一緒なら――
てっぺんだって狙える。




