第22話 心の準備が一切間に合ってない翔栄館高校
県大会の会場は、第1試合より少し大きめの地方球場だった。
しかし客席は、“怪物が出るらしい”という噂を聞きつけた偵察部員と地元高校生でぎっしりだ。
実況席こそないが、ざわめきは十分すぎるほど。
夏目孝太郎がマウンドへ歩くだけで、波のようなどよめきが起きた。
翔栄館高校の選手は、アップの段階から青ざめている。
「……なぁ、本当に170キロ投げんのかよ」
「昨日の動画見た?ボール消えてたぞ……」
「いや編集……だよな……?」
「監督が震えてたんだけど……」
監督はベンチ裏で胃薬を飲んでいた。
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開明高校、試合前円陣。
松葉杖の中村が謎テンションで叫ぶ。
「よし聞けぇ!!今日も勝つぞぉ!!勝って勝って勝ちまくって甲子園行くぞ!!」
「おー……(絶対夏目任せ……)」
という空気が広がる。
夏目は淡々と言った。
「あと4回勝てば甲子園か……長いな」
「お前のせいで短く感じんだよ!!」
伊藤はマネージャーノートに書き込む。
――『県大会第2試合:相手、開始前から精神崩壊気味』
――『夏目:体調良好。むしろ走りたそう』
「……高校野球をなんだと思ってるの?」
夏目は肩を回しながら答える。
「運動だ」
「情緒が無いのよあなた!!」
伊藤は呆れながらも笑った。
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プレイボール。
翔栄館のエース・菅原は、県内で“速い横変化のカットとシュートで打ち取るタイプ”として知られていた。
その投球は実際キレがあり、打者を翻弄する。
ただ――今日の菅原は震えていた。
1回表、先頭は夏目。
菅原は外角ギリギリにストレートを投げたが、
カァン。
軽く振っただけのスイングで、打球は球場外へ消えた。
「散歩ついでにホームラン打つなぁ!!?」
球場がどよめく。
スコアは1−0。
中村が叫ぶ。
「今日も絶好調だな夏目ぇ!!」
ベンチはもう察していた。
(この試合も……夏目次第……)
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1回裏。
マウンドへ向かう途中、夏目は佐藤に言った。
「今日はカットボールとシュートにポイント使ってみる」
「なんでそんな急に!?さっき菅原が投げてた球だろ!?お前練習してないよな!?」
夏目は首を傾げる。
「……ポイントでできた」
「できたって何!!?説明しろよそのポイント!!」
夏目は説明する気がなさそうにマウンドへ。
バッターボックスの打者は夏目の影に覆われただけで固まっていた。
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初球。
佐藤が低めに構え、夏目が頷く。
ズドォォォォン!!!
打者は反応できず、佐藤のミットが悲鳴を上げる。
(今日も痛ぇぇ!!軍手二枚仕込みじゃ無理!!)
「ストライーク!」
ざわめきが広がる。
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二球目。
夏目は指先に少し意識を乗せ――何となく投げただけ。
キュッ……!
内角に向かいながら横へ鋭く滑ったカットボール。
「ひっ!!?」
打者は尻もち。
ストライク判定。
佐藤は震えながら叫ぶ。
「なんでそんなキレ出んだよ!!?」
夏目は平然。
「ポイント効いた」
「効きすぎなんだよ!!」
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三球目、シュート。
真っ直ぐに見えて、急に右へズレた。
空振り三振。
翔栄館ベンチは沈黙した。
(……さっきの菅原より、動きエグくない?)
打者たちの顔が青ざめていく。
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二番、三番も三球三振。
夏目は淡々と戻る。
佐藤は半泣きで言う。
「なんで一回見ただけの変化球、そんな完璧に投げられんだよ!!」
夏目は少しだけ首を傾げる。
「さっき見たやつ、ポイント結構使ったらできた」
「だから説明になってねぇんだよ!!」
中村が割って叫ぶ。
「いいぞ夏目ぇ!!完全試合あるぞ!!」
夏目は水を飲みながら淡々。
(……完全試合ってなんだ?)
その無表情さが、逆に相手の心を折る。
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2回、3回。
打者は涙目。三振して安心して戻る者まで出てきた。
ついに一年生が泣き出す。
「監督……無理です……あの人、目が……!」
監督は肩を震わせる。
「俺も怖い……」
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3回表、無死一二塁。
相手投手はストライクが入らない。
心が折れていた。
夏目は不思議そうに言う。
「なんでストライク投げないんだ?」
中村が叫ぶ。
「投げたら死ぬほど飛ばすからだよ!」
そして夏目、地面スレスレの球をゴルフスイング。
レフト最深部へ。
「今の絶対ストライクじゃねぇ!!」
スコア4−0。
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4回裏。
夏目は覚えたての変化球を自由自在に操り三者三振。
フォームは無駄がなく、圧倒的。
伊藤は息を呑む。
(……すごい。本当に……)
胸が熱くなる。
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5回終了。
4−0、走者ゼロ。
ベンチで水を飲む夏目を見て、伊藤の胸が跳ねた。
(こんな人が……本気で誰かを好きになったら……)
夏目が振り向く。
「伊藤、なんか顔赤いぞ」
「赤くない!!」
全力否定すると、中村が爆笑。
「きたぁ!!伊藤が照れてる!!夏目ぇぇ!!春だ春!!」
夏目は純粋に首をかしげた。
「春ってなんだ?」
「黙れ!!黙って投げろ!!」
中村の叫びで、試合は後半へ進んでいく――。




