第20話 全国デビューの代償
翌日。
夏目が学校へ向かう途中、なんだか視線を感じた。
校門前に差しかかった瞬間、その理由がわかった。
――黒山の人だかり。
テレビカメラ、フラッシュ、スーツ姿の記者たち。
「……なんだこれは」
思わず立ち止まる夏目の肩を、中村が背後から叩いた。
「お前のせいだよ!」
昨日、初登板で世界最速の170キロ連発し、ボール球を満塁ホームランにし、盗塁という概念を物理的に破壊した男――夏目孝太郎。
その存在は一夜にして全国へ広まってしまったらしい。
記者たちは校門を見張り、誰かを待ち構えている様子だった。
「いた!あの背が高い子だ!」
「開明高校の怪物投手!」
「170キロ投げたって本当か!?」
一斉にカメラのレンズが夏目へ向いた。
彼は静かに眉をひそめた。
「……授業に遅れる」
歩き出そうとした瞬間、記者が群がる。
質問攻め、フラッシュ、マイクの束。
その前に、夏目より早く立ちはだかる影があった。
伊藤玲奈だった。
「道を開けてください。生徒が通れません」
彼女が淡々と告げると、記者たちが一瞬ひるむ。
「あなたは……マネージャーの方ですか?」
「少し質問を――」
「困ります」
短い言葉で記者の言葉を斬り捨てる。
彼女の目が、普段以上に冷たく光っていたからだ。
中村が呆れながらつぶやく。
「伊藤……お前、SPみたいだな……」
伊藤は夏目の横に並び、歩きながら静かに言った。
「……全部あなたのせいだけど、状況への文句なら聞くわよ」
「いや……別に。仕方ないだろ」
本人は相変わらず淡々としていた。
⸻
職員室に呼び出されると、島田先生(野球部顧問)が机に突っ伏していた。
「……夏目。お前、昨日何したんだ……」
机には山のような名刺。
スポーツ紙、野球雑誌、テレビ局、ネットメディア――
日本中のマスコミが押しかけているらしい。
「電話が鳴り止まん……『特集組みたい』『出演してほしい』……先生の方が壊れる……」
中村が申し訳なさそうに肩をすくめる。
夏目は淡々とたずねた。
「……俺、何か悪いことをしたか?」
「全部だよ……!」
島田先生は叫んだ。
「いや悪いことじゃないけど!ただ先生のメンタルは死ぬ!!」
伊藤は冷静に言った。
「先生、夏目君に説明を求めても仕方ないですよ。大騒ぎになるのは当然です」
「当然じゃない!!」
だが現実は変わらないらしい。
山田先生は深いため息をつき、資料を広げた。
「今日、放課後に記者会見をする。学校としても正式に対応しないとダメだ」
夏目はわずかに眉を動かした。
「会見……?」
伊藤が隣で頷く。
「逃げられないわね、これは」
中村はなぜか胸を張った。
「よし俺もついてってやる!」
「お前は余計ややこしくなるからダメだ」
即座に島田先生から却下され、中村が机に突っ伏した。
⸻
放課後、視聴覚室が臨時会見場になっていた。
ライトが光り、カメラが並び、数十人の記者が席に座っている。
壇上中央に夏目、その隣に伊藤。
背後には野球部顧問、教頭先生。
中村だけは「うるさい」という理由で控えに回されたが、
部屋の後ろからこっそり覗いている。
司会役の教頭が言った。
「それでは、夏目君への質問をどうぞ」
すぐに手が上がった。
「昨日の170キロ、どうやって投げれるようになったのですか?」
夏目は少し考えてから淡々と答えた。
「……昨日初めて出た数字なので、わかりません」
記者たちがざわつく。
別の記者が続けた。
「あんな投球と打撃ができるのに今まで何をしてたんですか?」
夏目は正直に答えた。
「……ずっと勉強してて、最近は筋トレしてますね」
教室全体が静まり返ったあと、困惑と驚愕が混じった笑いが起きた。
さらに手が上がる。
「走塁で“瞬間移動のような加速”と話題になっていますが、あれは意図的に?」
夏目は少し首をかしげた。
「ん?……ただ、走っただけです」
ざわめきが広がる。
伊藤がマイクを引き寄せ、補足した。
「彼の説明はこれ以上出てきません。質問者の方が諦めてください」
記者から微妙な笑いが漏れた。
「今後の進路について、プロ野球入りの可能性は?」
夏目は即答した。
「ないです。勉強があるので」
今度は記者全員が固まった。
伊藤が付け加える。
「彼は帝京中央大学の理Ⅲ志望です」
「理Ⅲ!?」
「そっちも怪物なのか!?」
会場は再び騒然となった。
中村が後方からひょっこりと顔を出し、なぜか誇らしげに笑っていた。
⸻
会見が終わり、視聴覚室を出ると伊藤が横で歩きながら言った。
「……あなた、ぶれないわね。記者の前でも」
夏目は肩をすくめる。
「言うことが特にないだけだろ」
「その無自覚さが一番怖いのよ」
それでも、伊藤はどこか楽しそうだった。
ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。
中村も駆け寄ってきて叫ぶ。
「夏目ぇぇ!!お前の会見ウケてたぞ!!“走っただけです”が特に!!」
「俺は普通に言っただけなんだが……」
「普通じゃねぇんだよ!!」
伊藤は小さく笑った。
「でも……あなたらしくて良かったわ」
ほんのわずかに照れを含んだ声音だった。
夏目はその言葉の意味をうまく理解できず、
失われたポイントのように、頭の中でふわふわと漂わせるだけだった。
こうして、怪物投手・夏目孝太郎は――
試合だけでなく、学校とメディアまでも巻き込んでいくことになる。




