第12話「迷いを削る」
二回目の紅白戦が始まる頃には、グラウンドの空気は初日とはまるで違っていた。
最初の紅白戦が「測る場」だったとすれば、今日は「直す場」だ。
誰が通用して、誰が足りず、何が世界基準に届いていないのか。
その答えを、選手自身が一度突きつけられたあとだった。
だから、声は少なく、動きは慎重で、無駄がない。
代表ユニフォームを着ているというだけで、もう安心できる段階は終わっていた。
夏目孝太郎は、ベンチに座っていた。
ユニフォーム姿だが、グローブは持っていない。
今日は投げない。
それが、彼の扱いが「切り札」ではなく「設計」になった証拠でもあった。
隣では森山が、黙ってグラウンドを見つめている。
「今日は、打者を見る日だな」
小さく、独り言のように漏らされた言葉に、夏目は静かに頷いた。
彼の視線の先にいるのは、マウンドでもスコアでもない。
九条昂だった。
前回の紅白戦とは、構えが違う。
力が入っていないわけではない。
だが、力の入れどころが変わっている。
相手投手は代表候補の右腕で、球速は150キロ台中盤。
コースも甘くない。
初球、外角低めへのフォーシームが、何の迷いもなくストライクに入る。
九条は、バットを出さなかった。
二球目は内角。
わずかに詰まらされ、ファウル。
カウント0-2
追い込まれた形だが、九条の表情に焦りはない。
夏目は、その様子を見ながら、ほんのわずかに眉を動かした。
(……目線が、落ちてない)
三球目。
外角高め。
腕の振りはストレートと同じ。
だが、ボールだけが少し「抜けた」ように遅く見えた。
スライダー。
しかも、明らかに意図して外しに来ている。
普通なら見送る。
振れば空振りか、浅いフライになる。
だが九条は、迷わなかった。
打点を前に持ってくる。
芯は狙わない。
“ボール球を打つ”という選択を、迷いなく実行する。
ヒットゾーンに落とすことだけを考えたスイング。
乾いた音が鳴り、打球は外野の間へ落ちた。
スタンドが小さくどよめく。
一塁を駆け抜けた九条は、ベース上で一度だけ深く息を吐いた。
完璧ではない。
だが、再現できる打ち方だった。
ベンチの奥で、一ノ瀬修吾が静かにその一部始終を見ていた。
何も言わない。
ただ、わずかに口元が緩んだ。
(ちゃんと拾った)
その評価は、声に出す必要がなかった。
周囲の投手たちが、遅れて反応する。
「あれ、外し球だろ」
「普通振るか?」
「首脳陣にどう評価されるかだな……」
数字に出ない部分で、評価が動き始めていた。
森山が、夏目の方を見て言う。
「……ああいう打者がいると、助かるな」
「はい」
夏目は短く答えたが、視線はグラウンドから外さない。
(あれをやられると)
(俺の球も、全部は通らない)
それが、不思議と嫌ではなかった。
紅白戦はそのまま大きな波もなく進み、淡々と終わった。
だが、首脳陣のメモは確実に増えている。
誰が世界に適応し始めているのか。
誰がまだ、日本の感覚のままなのか。
九条はベンチに戻り、ヘルメットを脱いだところで声をかけられた。
「悪くなかった」
一ノ瀬だった。
九条は少し照れたように笑いながら答える。
「……でも、まだ足りないです」
「うん」
否定はされなかった。
「でも、迷いは減った」
その言葉に、九条は小さく息を吸った。
迷い。
それがある限り、あいつには勝てない。
少し離れた場所で、夏目が静かに立ち上がる。
(……進化し始めてる)
(俺も負けられない)
二回目の紅白戦は、
代表が「怪物一人の集まり」から「勝つための集団」へ変わり始めた、その境目だった。
そしてこのあと、
選ばれる者と、落ちる者が、はっきり分けられる。
世界へ行くための、本当の選考は、もう始まっている。




