5.兄弟
圧迫面接が終了し、扉の外で待っていた2番窓口受付のお姉さんに声をかけられる。
「あの~」
「何です?」
「外で終わるの待ってたんですが、笑い声が聞こえてきまして・・何かありました?」
「いえ、特に何も」
こちらが真面目に答えているのに、いきなり笑い出して失礼な面接官たちだ。1階に降りる階段を2番窓口受付のお姉さんと一緒に降りながら話を続ける。
「前回の面接の方は戻ってきませんでしたし、その前の方は途中で応接室飛び出されて~」
「はは、悪い冗談ですね」
あのセガールに恐れをなして、部屋から帰還できなかった冒険者がいるらしい。人生は苦境という名の絶海、冒険王の私とは関係のない話。
「面接お疲れ様でした、2番窓口の前でお待ちください」
部屋から帰還しただけで、突然態度が優しくなった。面接に向かう前の素っ気ない対応が嘘のようだ。2番窓口受付のお姉さんは客と隔てる仕切りの向こう側の席に座ると、隣の1番窓口のお姉さんと何やら話を始めていた。
今回の面接、手ごたえがまるで無い。前に勤めてた前職の工場の面接の時は、社長面接で「好きな野球チームは?」とか適当な質問連発だったな。給料が良い条件だったので採用されて働いてはみたが、配属された工場は片道通勤2時間の超絶ブラック企業、3年半もよくもったもんだ。
あの頃からかな、元嫁の『マミ』と上手くいかなくなってきたのが・・何が悪かったのかなぁ。
「やっほ~仕事見つかった?」
用事が済んだのか、耳の長いお姉さんが声をかけてくる。
「合格発表を待ってるところです」
「えっ・・クエストは・・・まさかあなた、冒険者試験受けたの?馬鹿でしょ!」
「先に正社員を目指そうと思いまして」
「何よ正社員って・・冒険者試験に落ちたら、もう2度とオルレアン連合ギルドではクエスト受けられなくなるのよ!」
「えっそうなんですか!?知りませんでしたよ、受付のお姉さんそんなこと一言も」
「彼女たちは質問された事だけ答えるよう言われてるの」
「じゃあ冒険者試験落ちたら、あそこのボードにある日雇いのクエストは?」
「当然、受けられなくなります」
「ええ~」
「お待たせしました、受験番号1番、スズ・キイチロウ、スズ・キイチロウ様~」
どうやら自分らしき名前が呼ばれている、だから鈴木一郎だって。
「あのお姉さん、短い間でしたが親切にしてくれてありがとうございました。その、最後に名前だけでも」
「ミューラよ、あなたは?スズ・・」
「スズキです、スズキ。鈴木一郎と言います」
「そう、スズキ君、私も一緒に行くわね」
「え?ミューラさんもですか?」
「スズ・キイチロウ様、2階で副ギルド長のセバス様がお待ちです。お早くお2階までお上がり下さい」
2階でセバスが待ってるらしい。なんでミューラさんまで一緒についてくるのか分からないが、2人で先ほど面接を行った応接室に再び入る。
「(とん とん)失礼します」
「入りなさい」
部屋に入ると、ギルド長のセガールの姿が見えない。ドリフのおっさんと副ギルド長のセバスの2人がソファーに座っていた。セバスがミューラさんを見るなり、驚いた様子で声をかける。
「え~ミューラ、どうして君が?」
「あら、いけない?兄さん」
「兄さん?ミューラさんの?」
「そう、残念ながらね」
「え~またそういう口の聞き方をして」
「いいんです、私に構わず続けて下さい。ガイアのおじ様、ご無沙汰しております」
「おう、相変わらずじゃの~」
どうやらオルレアン副ギルド長のセバスとミューラさんは兄と妹の兄弟らしい。なるほど耳の長いところがそっくり。今のやりとりを聞く限り、ドリフのおっさんとミューラさんも知り合いのようだ。セバスさんから話始める。
「え~ガイア様、まずはお仕事をお願いします」
「おう、すまんすまん」
「では、え~わたくしオルレアン副ギルド長、セバスの名において、スズ・キイチロウ」
「スズキです、スズキ」
大事なところなので2回言う。
「え~スズ~キイチロウ」
もう何でもいいです。
「立会人 ドワーフの名にかけて ガイアが証人とする」
「え~そなたをオルレアン公認 冒険者として認め、序列5位 コモン冒険者に任命する」
「え?」
「嘘でしょ兄さん!?」
「え~なんですミューラ、何か意見でも?」
「私はてっきり・・クエスト受注禁止措置だけは免除してもらおうと思って・・」
「かっかっか。正直じゃの~ミューラは、これは傑作、かーかっか」
「ちょっとガイア様~」
「あのそれって、合格って事ですか?」
「え~おほんっ、その通りです」
「よっ・・よっしゃーー!!」
部屋の3人が驚く中、思わず喜びを爆発させる。この時の自分は、この世界における正社員採用を獲得したと、完全に勘違いしてしまっていた。