3.国家資格
ハローワーク・・・もとい『オルレアン連合ギルド会館』の1階に入る。
木調の建物の中に太陽の光が差し込み建物の中はとても明るい。1階の広いホールにはたくさんの人がいて雑然としている、まるで役所に来たみたいだな。
右手の方に人だかり、何やらボードに張り紙みたいなのがたくさん貼ってある。ホールの奥にはいくつもの受付があるが、何をしているのかはさっぱり分からない。
さしあたり目の前に案内人らしきお姉さんが座っている。本当に役所の入口みたいで、いきなり現実感が増してくる。
「あの、すいません」
「はい、ご用件はなんですか?」
「仕事を探してまして」
「ギルドカードをお持ちの冒険者の方は1番窓口へお願いします。日雇いご希望の方は右手のボードよりクエストをお選びいただき、5番窓口までクエスト用紙をご提出ください」
「クエスト?・・ああ、日雇いの仕事ですね」
どうやらギルドカードを持つ正社員は1番窓口で、非正規社員は右手の日雇いコーナーへ行かなければいけないらしい。ここがどこなのかまだよく分からないが、格差社会は天国にまで広がっているらしい。
「あの、ギルドカードってどうやったら貰えるんですか?」
「えっ?冒険者を希望ですか?失礼ですが、今の職業は?」
「自宅警備員です」
「はい?」
もうすぐ40歳になる中年男子、今日まで一緒に住んでいた子供は明日から元嫁と暮らし始める。離婚協議で子供は妻、自宅マンションはこちらに残るが、これからは住宅ローンと養育費のダブルインパクト。先週ブラック企業をクビになったばかり、まずは正社員を目指すのが男の流儀。
「冒険者になってギルドカードってのを持てば、いつでもクエストが出来るようになるんですよね?」
「はい、確かにそうですが・・当オルレアン連合ギルドの国家試験を受けて頂かない事には・・」
「国家試験ですか?それって誰でも受けれます?」
「はい、一応・・」
「費用は?」
「かかりません」
浜辺で出会った耳の長いお姉さんには、国家試験の事は聞いて無かった。どうやらこの国で冒険者とは国家資格であり、その証としてギルドカードがあるようだ。しかも受験料無料、憧れの正社員への道、受けない手は無い。
「じゃあ受けます」
「ふふふ・・あなたが?」
「はい?」
受付のお姉さんが笑いをこらえている。まるで「やるだけ無駄です」と言わんばかりの表情。
「あの、試験って難しいです?」
「はい、とっても。当オルレアン連合ではギルド長が直接冒険者資格を審査しております。剣術試験を受けられる方もいれば、薬草知識の筆記試験を受けられる方、面接のみと様々です。悪い事は言いませんので、初心者の方は右手のクエストボードより・・」
「なら受けます、お願いします」
「はい?」
なんだ、国家試験とか言うからどんなものかと思ったが、面接だけの時もあるなら合格する可能性もありそうだ。剣術とか聞こえもしたがこちらは根っからの文科系。不合格になって正社員への道が断たれた後で、おとなしく非正規社員として生きていこう。
「・・どうなっても責任は負いかねますよ」
「もとより覚悟の上です」
こっちはもう40歳手前、あなたと違って、人生後が無いんだよお姉さん。
受付のお姉さんに冒険者資格受験用紙を催促する。
「こちらにお名前をご記入下さい」
「はい・・あ、あれ・・」
「どうされました?」
どういうわけか、文字が書けない、読めるのに。
「あの、すいません。名前代わりに書いてもらえませんか?」
「はい?」
受付のお姉さんの好感度を一瞬で下げる男。
「・・・それではお名前をお願いします」
「鈴木一郎です」
「はい・・スズ・キイチロウ・・様と・・・それではこちらに血判をお願いします」
「えっ血判ですか?」
「どうされました?ナイフはこちらをお使い下さい」
受付のお姉さんが、さも当たり前かのように、鋭利な刃物を自分の目の前に差し出してくる。
「他に代わりないんですか?印鑑とか」
「いえ、こちらしか。何か問題でも?」
「痛いのが嫌なので」
「はい?」
やむなくナイフを利き腕の右手に持ち、普段使わそうな左手の中指の先を切る事にする。
「うっ(ぶるぶる)」
「あの~どうされました?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。集中しますんで静かにして下さい」
「はい?」
気を付けろ鈴木、切り過ぎるな、全集中だ。
「うっ(チク)・・ん?」
「はい、こちらです」
やってみると予防接種程度の痛み・・。そういえばこちらに来てから体の感覚の違いを感じる。あまり痛みや疲れを感じないような気がする。
「ただいま受付に回しますので、あちらの2番窓口の前でお待ち下さい」