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170.聖女の門出(かどで)

『ギルド本館第一タワー』10階ギルド長室。

闇の黒装束、奈落(ならく)こと邪神『タルタロス』がなりすましていた『アーサー王6世』がいなくなり、王様不在となった軍事大国『トロント』。

ギルド長の話によると、聖女アイリスを妻に(むか)えた、『トロント』の英雄ライン=ハルトに白羽の矢がたったようだ。


 当初、『アーサー王7世』就任を固辞(こじ)していたライン=ハルトだったが、自身が(おか)した罪を(つぐな)うため、『ヘルヘイム』帝国の脅威(きょうい)にさらされる祖国『トロント』のため、『アーサー王7世』就任を受諾する決意を固める。


 ギルド長の話では、さっそく今日の午後にも『戴冠式(たいかんしき)』と呼ばれる新しい王を迎え入れる儀式が、すでに大将軍に就任しているハート家ライン=ハート兄さんの指揮の元に準備が進んでいるとの事。


 これだけ急いでいる背景は、同じく祖国(そこく)の英雄ジャック=ハート兄さんが石化された事を受けての、王族サイドの(あせ)りがあるそうだ。


 新しい『アーサー王』となるハルトと一緒に、ルナ様、ジャンヌ様とギルド長室を後にする。

 4階の病院『産婦人科』フロアにいるアイリスに挨拶してから、エルミタージュ学院に行く事にする。


 エレベーターで10階のギルド長室フロアから、4階まで4人と妖精が降りていく。

 4階フロアに到着、入口で兵士たちが護衛しているアイリスの病室に入室するなり、娘姉妹二聖女がすぐにお母さんのアイリスが横になるベッドへ飛び出していく。


 二聖女はアイリスママに頭をなでなでしてもらい、仲良さそうに3人で寄り添っている。

 近くに座っていた、夜はハルトの代わりにアイリスのそばで護衛してくれているクラウドが、自分とライン=ハルトに近寄ってくる。


「ようハルト、今日も早いな。それにスズキも、今からエルミタージュか?」

「そうだよクラウド、夜の間アイリスの護衛(ごえい)ありがとう」

「すまんなクラウド、感謝する。これより私がアイリス様のお側に」


「そうだなハルト、俺も少し家に帰って休ませてもらうよ。そうそう、ハルト。お前、『トロント』のアーサー王の打診(だしん)があったんだってな、オルレアンの兵士たちの間で噂になってたぜ?どうする?」


「主君に背中を押していただいた。此度(こたび)の打診、『アーサー王7世』となり、これまでの自分の罪を(つぐな)っていきたいと思っている」

「そうか・・だってよ、アイリス様。いよいよハルトは『アーサー王7世』か。アイリス様も大変だな」


「ハルト、あれだけ悩んでおられたのに・・よくぞ引き受ける決意を固めていただきました。イチロウ様とお話されて、お気持ちが変わったのですか?」


「はい、アイリス様。主君は私にこれ以上逃げるなと仰せになりました。犯した罪は仕事で償えと、わたくしも騎士として・・いや、これからは『アーサー王7世』として、迷惑をかけ続けた『トロント』の国民のために()くしたい所存(しょぞん)です」

「ハルト、よくぞ申しました。あなたの隣で、わたくしもあなたの力になりましょう」


「アイリス様」

「ハルト」


「やれやれ、見てらんねえぜまったく、なあスズキ」

「そうだねクラウド。僕らはお邪魔みたいだね」


「主君よ、お恥ずかしいところを」

「イチロウ様、申し訳ございません」


「2人とも大丈夫だよ、おめでたい話なんだから。これからも2人で力を合わせて、『トロント』とオルレアンが仲良く手を携えて平和な世の中を作れるように頑張ろう。僕もオルレアンの副ギルド長として、2人を応援するからね」


「主君、ありがとうございます」

「イチロウ様、ハルトの事を、これからもよろしくお願い致します」


「はいはい、本当に2人は面倒ばっかりかかるんだから。クラウドはこれから家に戻って休むから、ハルトはこのままアイリスと一緒にいる?」


「はは、主君よ。『トロント』にて、ハート家の家主、ライン=ハート卿により『戴冠式(たいかんしき)』の準備が進んでいると報告を受けております。伝統として、アーサー王を即位式は世界遺産でもある『ウェストミンスター寺院』にて()り行われる予定かと。そして主君、先ほど連絡が入ったのですが、アイリス様がご出産される前に『戴冠式(たいかんしき)』と同時に結婚式も同時に行いたいと・・」


「結婚式も同時に!?」

「凄い、良かったねお母様!」

「アイリス大丈夫かな・・もうすぐ生まれるくらい、お腹大きくなってるし・・」


「イチロウ様。わたくしも、ハルトの『アーサー王7世』の即位式である『戴冠式(たいかんしき)』に出席したいとお伝え致しました。『トロント』からのご好意で、結婚式も同時にと・・」


「お母様、ご無理をなされてはなりません」

「そうだよお母様。ルナお姉様の言う通りだよ。お腹の赤ちゃんも大事だよ?」


「ありがとうルナ、ジャンヌ。お母さんは無理はしないのです。体調が良ければ、少しだけハルトの『戴冠式(たいかんしき)』に参加したいと思っていたのです。お母さんの結婚式までは・・」


「それなら『カーバンクル』の出番だね。ルナ様、ジャンヌ様。『戴冠式(たいかんしき)』って午後からやる予定だったんですよね?エルミタージュの授業が終わったらここに戻るので、アイリスを『カーバンクル』の『転移』ゲートですぐに『トロント』へ連れていってあげましょうよ」


「まあスズキ様、本当でございますか?」

「一郎ありがとう!それならちょっと歩くだけで、すぐに『トロント』の『ウェストミンスター』寺院にアイリスお母様行けるよ。その方がジャンヌも安心だよ」

「イチロウ様・・ご迷惑では無いでしょうか?」


「そんな大きいお腹でなに言ってんのさアイリス。アイリスの体の方が大事なんだから、同級生のよしみだって。僕にしっかり甘えてよ。すぐに『トロント』に連れていってあげるから、出来るうちに『戴冠式』と結婚式、もう終わらせておきなよ。その方が、ゆっくり子供を産むのに集中できるんでしょアイリスは?」


「はい、とても嬉しいのです。ありがとうございますイチロウ様・・」

「また~すぐ泣くんだからアイリスは」


「お母様、『戴冠式(たいかんしき)』と結婚式の時間に合わせてスズキ様とルナもここへ戻ってくるのです。先になにかご準備するものがあれば、今でも(かま)いません、何なりとおっしゃって頂きたいのです」


「まあルナ・・王宮のお部屋にある、お母さんの法衣や指輪が必要なのです」

「それならジャンヌが『瞬足』ですぐに持ってきてあげる。まだエルミタージュの正門が閉まる8時まで30分以上あるし、ジャンヌこれからお母様のお部屋に行って取って来てあげる」


「まあジャンヌ、ありがとう。それから結婚式をしていただけるなら、少しお願いしたい事があって。ルナとジャンヌに頼んでも良いかしら?」

「もちろんだよお母様」


「アイリス、僕は他に出来る事あるかな?」

「イチロウ様、ありがとうございます。わたくしもあまり動けない身ですので・・結婚式には必要最低限の物だけ準備していきたいと思います。イチロウ様には、『トロント』へ連れていっていただければ、それで十分なのです」


「分かったよアイリス。ルナ様とジャンヌ様、僕はアイリスの手伝い、『トロント』に連れて行く事しかできそうに無いので、先にエルミタージュに行ってますね」

「スズキ様、まだ7時過ぎですが、エルミタージュに歩いて向かわれるのですか?それでしたら、馬車のご準備をすぐに」

「ルナ様、大丈夫です。市場に寄ってから、『ユニ』と『ペガ』のニンジンとかたくさん買っておきたいんで」


「一郎、今日の夕ご飯なに作るの?」

「ジャンヌ様、なに今日もお泊りする気で聞いてるんですか?」


「ルナ、ジャンヌ。あなたたち、昨日はイチロウ様のおうちにお泊りしたの?」


「お母様・・実は・・」

「だってパパが良いって言ってくれたんだよお母様」


「昨日だけだよアイリス。聖獣の『ユニコーン』と『ペガサス』が僕になついたんで、ルナ様とジャンヌ様にお世話を手伝ってもらったんですよ」

「まあ、そうだったのですね。イチロウ様と2人が一緒なら、わたくしも安心なのです」


「ちょっとアイリスからも言ってやってよ。アイリスがここにいて(さみ)しいから、王宮戻りたくないって、ダダこねてるんだから」


「スズキ様、そのような事はわたくしは一言も言っていないのです!」

「そうだよ一郎!」


「ほらねアイリス、図星(ずぼし)なんだから2人とも」

「ぷっ、ふふふ」


「お母様も笑わないで欲しいのです」

「そうだよお母様~」


「はいはい、僕も時間無いんで先に行きますね。ルナ様とジャンヌ様も、お母様の結婚式の準備も大事ですけど、王宮の兵士たちだっているんですから、時間ちゃんと見て行動して下さいよ。聖女様が遅刻したら、学院のみんなの笑いものですからね」


「遅刻だけはダメなのです・・お母様、『戴冠式(たいかんしき)』と結婚式に必要なお洋服などを、お早くルナに教えて欲しいのです」

「ジャンヌもすぐに取りに行ってくるよ」


「お母さんのお部屋の(かざ)(だな)にある、あれがいるのです・・」

「ジャンヌ分かるよその(たな)。でもたくさんお飾りがあって、どのお色の飾りなの?」


「長くなりそうだなこれは・・それでは失礼します。じゃあハルト、今日の『戴冠式(たいかんしき)』頑張って。結婚式までやるんだってね、ちゃんとアイリスの事も頼んだよ」

「はは、主君よ。何から何まで、かたじけのうございます」


「『アーサー王7世』になるハルトがあらたまっちゃって。ルナ様とジャンヌ様が学院行ったら、アイリスお願いね。さっきから準備が何だって3人で大慌てだよ。こんなドタバタで準備してるんだから、ちゃんと手伝ってあげてよ?」

「はは」


「クラウドもお疲れ様。ごめんね、僕エルミタージュ15年も浪人してるから、今年こそちゃんと卒業しないとヤバいから行ってくるよ。僕も学院終わったら『トロント』にアイリス一緒に連れて行くから」


「俺も帰って少し休んだら、『ウェストミンスター寺院』の『戴冠式(たいかんしき)』と結婚式に参加するぜ。俺も同時に式が行われるなんて、ついさっき知ったからな。こりゃあオルレアンと『トロント』の貴族たちも、今頃大慌てで準備してる頃だぜ?エリスも参加させたいから、エルミタージュ学院で会ったらよろしく言っといてくれ。ああ、それと・・パパがちゃんと働いてたって、エリスのやつにちゃんと言っといてくれよスズキ」


「はいはい。新婚の人妻に手を出してたってしっかり言っといてやるよクラウド」

「そりゃ無いだろスズキ!」

「(2人)あはは」


 慌てるクラウドを、『アーサー王7世』となるハルトと一緒になって笑う。

 三聖女はベッドで体だけ起こして座っているアイリスを中心に、右にルナ様、左にジャンヌ様の姉妹が並び話をしている。


 アイリスが突然決まった『戴冠式(たいかんしき)』や結婚式で着る物や、アクセサリーなどを持ってくる打ち合わせをしている。


 女の子の話なので、男はさっさと退散する事にする。突然のおめでたい話ではあるが、『ヘルヘイム帝国『の動きも気になる。

 出来る時にやっておいた方が良いのは間違い無いだろう。


 ライン=ハルトとクラウドに別れを告げて、アイリスのいる病室を出る。

 エレベーターに乗って1階へ、一度1番窓口まで顔を出す。

 サリーさんに声をかける。


「サリーさん、僕エルミタージュ行って来ます。お任せして大丈夫ですか?」

「副長、至急この緊急クエストだけ決裁いただきたいのですが宜しいですか?」

「はい・・内容も問題ありません、では印を(ポン!)エミリーさんとダリアさんは?」


「私もお願いします副長」

「こちらも宜しいですか副長?」


「はい・・エミリーさんもダリアさんも素晴らしい企画書の内容です。いい仕事してますね~(ポンポン!)他には?」

「もう大丈夫です副長」


「副長、エルミタージュに行かれるお忙しいところを、申し訳ございませんでした」

「お昼過ぎには一度戻ってきます。急ぎのクエスト案件はセバスさんかギルド長までお願いします」

「(3エルフ)かしこまりました」


「マリーゴールドさんの姿が見えませんが・・」

「副長、怪しい男子冒険者の集団を引き連れて、どこかへ消えていなくなりました」

「はは・・一段落したら、警察や消防も(そろ)えないとですね・・それでは行ってきます」

「(3エルフ)いってらっしゃいませ」


 受付窓口で働くサリーさん、エミリーさん、ダリアさんの部下3エルフに見送られて1階ホールの入口へ向かう。


 途中入口近くにある『マドリード』産の薬草自動販売機に目が止まり、手持ちの銀貨で買い占め、『アイテムボックス』に投入する。


 昨日も聖女の襲撃で、何度も地獄へ突き落されては蘇生(そせい)された。

 今日もまた命の危険にさらされるのは明白。

 空から突然ドラゴンも降ってくるかも知れない。

 毎日がボス戦、薬草は必須アイテム。


「(ムシャムシャ)うん・・今日も良い出来だ・・」


 今日のデイリー薬草チェック。

 今日の『マドリード』産の薬草は、パンチが効いてピリリと(から)い。


 子供も泣き出す辛さの薬草、早く3階『薬剤』フロア、いわゆる薬局やドラッグストアに『ベネチア』産の柔らかい味わいの薬草も並べたいところ。


 王族に優先供給されているという薬草を、今後聖女様から女王陛下へ直談判(じかだんぱん)で横流ししていただく予定。

 僕の命を危険にさらす聖女が、僕の体力1を回復させる薬草を斡旋(あっせん)してくれる。

 まさに(いか)かさず殺す、オルレアンの聖女が僕は大好きだ。


 くだらない事を考えながら、『マドリード』産薬草を自動販売機で買い終え、一路『シャルル=ドゴール』大通りを歩いてエルミタージュへ向かう。


 道なりに歩いて行くと、『ギルド会館第二タワー』1階への出店を要請した『天使の洋服店』が左手に見える。


 以前ジャンヌ様が洋服を買い占めてしまったお店。

 今さら思うが、ジャンヌ様に買占めをたしなめておいて、自分も自動販売機の薬草を買い占めているのは問題だと感じる。

 かと言って薬草が無いと、死ぬ。

 毎日聖女の襲撃に会う自分にとって必須アイテム。

 買い占めはご法度(はっと)だが、ここの判断は(なや)ましい。


 大衆浴場『ウインダム』を通り過ぎ、オルレアンの市場に到着。

 大通りの両脇に、無数のフリーマーケットが立ち並ぶ。


 まずは忘れないうちにニンジンを大量に購入、『兵式飯盒(へいしきはんごう)』に入れられるだけ入れる。


 『兵式飯盒(へいしきはんごう)』の魔法瓶(まほうびん)の中に入れておけば、『アイテムボックス』では生もので賞味期限が3日程度のところ、『兵式飯盒(へいしきはんごう)』では半永久的に生ものも腐らない事が分かっている。


 『マドリード』産の農産物が並ぶのを見て、ふとお米を以前発注した記憶がよみがえり、『アリゾナプライム』カードを起動させる。

 今日の分も発注を適当に・・ぽちっとな。


 農産物、海産物など、お米20キロを炊き上げた『兵式飯盒(へいしきはんごう)』に入れては、『アイテムボックス』にしまう。


 金貨1枚もかからずに、8つある『兵式飯盒(へいしきはんごう)』はあっという間に食材で満杯になってしまった。

 残り2つは、『ユニ』と『ペガ』にお弁当として持たせてある。

 ニンジンだけで1つ満杯まで入れ、2・3日分程度は『アイテムボックス』に入れてしまう。


 あの馬2頭の胃袋を満たすのに、これからどれだけの食費がかかるのか、想像するだけで恐ろしくなる・・。

 あれこれ食材を買いあさっていると、あっという間に時間が7時50分まで経過してしまった。

 もう普通に歩いても間に合わないかもしれない。

 さらにこのまま『シャルル=ドゴール大通り』を歩いていくと、マーガレットさん率いる反社会的勢力がエルミタージュの西門、『オルレアンネバーランドリゾート』の入口付近にたむろしているかもしれない。

 余計なリスクを避けるべく、エルミタージュ正門まで『カーバンクル』にお願いして『転移』ゲートを開いてもらい移動する。


 エルミタージュ正門に『転移』ゲートを経由してすぐに到着。

 白い石畳をまっすぐ進み、入口に当たる講堂前まで来ると、掲示板に学院生の人だかりが出来ていた。


 内容は先日エルミタージュ理事会で承認をもらっている、『オルレアンネバーランドリゾート』のアルバイト『キャスト』募集のクエストボード。


 2・3時間働いて、金貨1枚からという破格の報酬もさる事ながら、先日の『ネバーランド』建設に携わった内情を知る学院生が多分に掲示板前に集まっているようだ。


 口コミで『ネバーランド』に優先入場できる特典や、女子寮『イブ』男子寮『アダム』に優先入寮できる特典など、カップルらしき学院生が楽しそうに話し合っているのを小耳に挟む。


 すべては狙い通り。

 アルバイトの『キャスト』には報酬はもちろんの事、遊園地に無料で毎日入園できる権利、遊具に優先的に乗れる権利の『ファストパス』も付与される。


 カップルはそのまま夜のパレードと花火までお楽しむ事ができ、ほぼ園内にある女子寮『イブ』、男子寮『アダム』に深夜まで遊ぶ事が可能。


 午前中エルミタージュ、平日夕方・夜は『キャスト』としてアルバイト。

 非番の日は『ネバーランド』で彼女とデート、深夜まで遊んでそのまま寮に帰って寝るだけ。


 『ベネチア』、『マドリード』、『トロント』から続々と留学生も集まり『イブ』と『アダム』に学院生が集まる。

 『ネバーランド』で金を使うので、お小遣いが無くなれば働くしか無くなる。

 『キャスト』として、永遠に・・。


 時刻は8時過ぎ。

 1時間目の授業はサラ先生の『世界遺産とわたし』の授業をチョイス。


 大教室には2・300名を超える大人数の生徒が集結していた。

 映画館のように段々の机が横に並び、教室内も階段の列が敷かれ、壇上(だんじょう)にまだサラ先生の姿は無い。


 それにしても、サラ先生は元々『ベネチア』のアカデミア学院の講師のはず。

 なぜこのエルミタージュの講師を続けているのか・・もしかしてあのアオレンジャー、またしても虎視眈々(こしたんたん)と、僕の命を奪う(すき)(うかが)っているに違いない。

 

 教室のいつも通り一番上の段の一番窓側の端の席に向かうと、見慣れない綺麗な服を着た男の姿があった。

 顔は明らかに見慣れた男の顔だった。


「ジョン君!」

「銀等級!」


「どうしたジョン大臣?『ベネチア』王国は君の力を必要としているのでは無いのかね?」

「ああ、それならキグナス将軍が、印鑑だけこっちに渡せだってさ。今朝来る前に印鑑預けてきた」


「名ばかり大臣だぞジョン君?そこはビシっと言わないと、ビシっと。まるでキグナス将軍の(あやつ)り人形では無いのかね君は?」

「本当の事言うなよ銀等級、だって俺・・」


「キグナス将軍の娘さんか・・奥様は今どちらに?」

「ベネチア王宮で俺の帰りを待ってる・・」

「ふむ・・つらいなジョン君・・」

「そうだな、だけど俺、段々俺の事をこんなに愛してくれるあの子の事、なんだか可愛く思えてきたんだよ」


「そうかジョン君、良い心がけだ。そうだよ、そう。愛だよ、愛。なにがルナ様聖女様だよ。あの可愛い顔したルナ様ですら、夜になればすぐに野獣に豹変(ひょうへん)して・・」


「スズキ様、誰が野獣に豹変(ひょうへん)するのですか」

「あっ、ルナ様ごきげんよう」


「スズキ様はいつもいつも・・ううーー」

「ルナ様、そんな怒らないで下さい。教室のみなさんが見てられますよ」


「ううーーエリス・・はいなのです」

「一郎、『ベネチア』の大臣のこの子が何でまだエルミタージュいるのよ?」


「ジャンヌ様も、アイリスの結婚式の準備お疲れ様でした。そうなんですよ美馬さん。ジョン君、本当に君は『ベネチア』の大臣やってるのかね?」

「キグナス将軍から、とりあえずエルミタージュ学院は卒業しとけって言われてよ。ほら、『ベネチア』王宮にずっと居たら、嫁のメイがずっと引っ付いて離れねえんだよ」


「ご馳走(ちそう)様ジョン君、幸せそうで何より」

「まあな。『ベネチア』出る前にキグナス将軍から話は聞いてるよ。ルナ様のお母様の聖女アイリス様、ご結婚されるんだってな?しかも旦那のライン=ハルト(きょう)が、『トロント』の『アーサー王7世』になるって報告受けてよ。『ベネチア』からも、アクア王女とキグナス将軍が、『戴冠式(たいかんしき)』と結婚式に向かわれるって連絡入ったぜ。俺も嫁のメイと一緒に、お祝いの品を持参して午後は『トロント』行く予定だぜ」


「まあジョン様、ありがとうございます。お母様もお喜びになるのです」

「ルナ様。ルナ様のお母様のお祝いですから、『ベネチア』の大臣として当然ですよ」

「さすがジョン君、立派になったな。これからも頼りにしてるよジョン」


「俺の方こそ銀等級。おっと、もうオルレアンの副ギルド長だったな銀等級も」

「別にどっちでも良いよ。僕とジョン君の仲だろ」


「ふ~ん。『月の雫』の親衛隊なのに、まるで私は蚊帳(かや)の外って感じね」

「なんだよエリス、()いてんのか?」

「ちょっとね。男同士の友情も、少し()けちゃうかな。私も『ブラザー登録』してもらおうかしら?」

「(全員)あははは」


(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)


 1時間目の授業開始の合図が鳴る。

 『ベネチア』の新任大臣となったジョン君が、どうやら卒業まではエルミタージュ学院に通うらしい。


 もう一緒に授業を受けられないかと思っていたので、『ブラザー登録』している親友が隣に座るのは嬉しい限り。


 アイリスの結婚式の準備を手伝っていたルナ様とジャンヌ様もちゃんと8時までに登校されていた。

 エリスと3人で、1列目の席へ戻って行く。

 いつもは並んで座っているジャック=ハート兄さんと、ライン=ハート兄さん、そして身重(みおも)の体となったアイリスの姿は今日は無い。

 早く3人も合流して、全員で授業を受けられる日が来る事を願いながら1時間目の授業が始まる。


 サラ先生が壇上(だんじょう)に登場するや、教室内から歓声に似た声が響く。

 いつも通り、壇上に姿を現した瞬間、単位が認定される。


 単位認定の宣言と同時に、さらに大きな拍手が沸き起こる。

 彼女の講師としての人気ぶりも、この学院生の数に反映されているのだろうが、日本の大学と一緒で単位認定基準がいい加減だ。


 なにやら授業が開始されているようだが、それにしても・・昨日は何度も死んで・・部下5エルフの報告書を深夜まで見ていたので、大教室の一番上の一番端の太陽がポカポカ温かい席。

 段々と・・眠たくなってくる・・。


「ふぁ~」

「・・それじゃあ、一番うしろの席でアクビをしているスズキ君」

「えっ?」

「(教室内の学院生)あははは」


「水の国『ベネチア』王国にある『世界遺産』の名前は?」

「・・『大田胃酸(おおたいさん)』です」

「(教室内の学院生)あははは」


「そこに立ってなさい」

「・・はい」

「(教室内の学院生)あははは」


「聖女ルナ様・・お願いします」

「スズキ様はまったく!・・『グレートバリアリーフ』です」


(パチパチパチパチ(拍手))


 いつも通り1時間目から教室で立たされる、どこかの国の副ギルド長。


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