101.魔法瓶(まほうびん)
朝 ギルド前宿屋201号室 起床
窓から差し込む朝日がまぶしい、今日の天気も最高。朝を迎え、気分もサッパリ、労働意欲がみなぎっている。まず目下の目標は後にも先にも借金の返済、未だに金貨500枚の大借金王。
今日の選抜試験を利用してひと稼ぎする、エルミタージュの貴族たちはたくさんの金を持っているはず。昨日発注した『魚沼産コシヒカリ』を使って、貴族たちのポケットマネーを全額せしめる。
ギルドカードの時計機能を確認、朝の5時30分、まだ早朝だが漁民の朝は早い。今日はエルミタージュ敷地内にあるという闘技場『コロッセオ』に近い西門が解放されるとの話。
普段入っている正門は、市場を通るU字のカーブを過ぎてしばらく直線に歩くが、どうやら市場からほど近い西側の門が解放されるらしい。今日に限っては街の一般平民も闘技場へ入場が許可される。
『トロント』防衛戦を前にして、オルレアンは国家総動員の体勢に入るはず、国民の士気を高める狙いでもあるのだろう。闘技場で聖女たちが暴れれば、みんなの士気が高まるのは必然。私は巻き込まれないように、闘技場外の端のブースで、今日1日船上の料理人として生きていく。
「おはようございます旦那様」
「はい、おはよう」
2階の部屋から階段を下りて、受付のお姉さんに挨拶。いつも通り朝食を食堂でいただき、お早いチェックアウトをして宿を出る。昨日の20キロの新潟県産『コシヒカリ』は、エルミタージュにミューラが『瞬足』を使ってブースに運んでくれると言ってくれたのでお願いした。
女性に運ばせて申し訳ないと思いつつ、エルミタージュ敷地内まで運ぶ事を考えると、頼るほかは無かった、本当にありがたし申し訳ない。
それにしても20キロの米って重たい事、重たい事・・いつもスーパーで面倒だから10キロにするか20キロにするか迷っては重たくて10キロで妥協して買って帰ってた。お米を買って帰るのはパパの仕事、これが我が家のルール・・だったな。
今朝はそれに加えて、いろいろ調達しないといけない物が多いし・・。まず朝風呂に入るべく、大衆浴場『ウインダム』を目指す。到着すると、受付にガイア師匠のお母様の姿が目に入る。
「おはようございますお母様」
「おはよう坊や。今日はこの後、闘技場かえ?」
「はい、そうなります。お母様は?」
「今日は『ウインダム』も10時から臨時休業。闘技場のトーナメントが終了したら再開しようかいの」
「作業員の皆さんは?」
「今日は全員『コロッセオ』じゃよ、冒険者が代わる代わる警備に付くんで、安心して店を空けられるよ」
「なるほど、そういうクエストも出てるんでしょうね。さすがオルレアンの連合ギルド」
「お前さんは何か用かい?ガイアならさっきボイラー室に降りて行ったよ」
「本当ですか!良かった、自分で作ろうと思ってて・・ありがとうございますお母様!」
「気いつけて走るんだよ坊や」
お米を炊くにはどうしてもあれがいる。飯盒炊飯でも作ろうとしてたけど、自作では精度がどうしても落ちてしまう。
ここは頼りになる人・・じゃなくてドワーフに頼りたい。『ウインダム』1階の階段を下りて、大衆浴場のお風呂を焚いているボイラー室兼『コーヒー牛乳』もろもろ大量生産工場へ向かう。
「(かん かん かん)失礼します」
「~かっかっか、そうかそうか」
「あっ、おはようございますガイア師匠!」
「おお、小僧、早いのう~」
「今日は気合が違いますから、働きたい気分なんです。ガイア師匠にお願いがあります!」
「かっかっか・・何したらええんじゃ?」
「作っていただきたい器があるんです。お芋を蒸かすような、熱伝導率の良い鉄器を作ってもらいたいんです」
「ほ~どんなもんかの~」
「お米って言う、穀物の粒々を水につけて蒸かしたいんです」
「小麦とは違うんかの?」
「はい、小麦とはちょっと・・」
「ガイア様、それでしたら私が。ガイア様の生徒だったね君」
「はい」
「私は『マドリード』出身なんだが、『パエリア』という郷土料理があってね」
「それですそれ!お米って分かります?」
「ああ、もちろん。私は『マドリード』でもさらに田舎の『バレンシア』地方出身でね。『ジャポニカ米』をフライパンで蒸した料理を子供の頃から食べていたんだよ」
「フライパン・・」
「君が蒸したいと思ってるのは、もう少し底のある鍋のような鉄器だね」
「そうです」
「それなら一度炊いて、品質維持に保温も効く『魔法瓶』のパフをガイア様に付けていただければ良いだろう。いかがですかガイア様?」
「くっくっく、『魔法瓶』ならお安い御用じゃわい」
「君、10キロ分ならすぐに寸法のレシピがあるが、どうする?」
「ぜひお願いします!20キロあるので、2回に分けて炊きます」
「ではガイア様さっそく、厚さは~」
「お~そうかそうか」
職人の、技術者の血が騒ぐのかも知れない。ここに『マドリード』出身の冒険者がいたなんて、みんな色々な人生を歩んでいるんだと感じる。
そして、必要な物を協力して作ってくれる、その気持ちが、とても、嬉しい。ガイア師匠と『マドリード』出身の冒険者が炉に向かい、ボイラー室内に大量に置かれている様々な鉱石を混ぜて何やら『精錬』している。他の作業員も、物珍しさに10名程度が作業の手を止めて炉に集まって見ていた。
「(カン カン カン カン)こんなもんかえ?」
「(しゅー・・)ガイア様、もう少し薄く」
「あい分かった(カン カン カン カン)」
しばらく作業員たちと見守っていると、フタが付いた黒い飯盒炊飯が6つ出来上がってくる。これ、小学校で野外活動で作るやつ、カレーと一緒にキャンプで作るやつ、今一番欲しかったやつ。
「すごい!これ、飯盒炊飯ですよね?」
「正式には、『兵式飯盒』と呼ばれる物だな。我が『マドリード』では、戦争の時に使われる軍事用の装備品だよ。使い方は・・」
「このフタにお米を入れて、この内側の一番下のスリ切りまでのラインが2合ですよね、ラインが5つ・・」
「そうだな、兵式なので、この『兵式飯盒』1つにつき10合いける」
「6つも作ってもらいましたが・・取っ手はありますけど、持ち運びが・・」
「それなら(かん かん かん)ほら」
「凄い!微妙にサイズを変えて、6つの飯盒炊飯を全部重ねられた・・ひ、ひとつの塊に、まるでマトリョーシカみたい・・フタもピッタリ、凄いですよ、しかも軽い!」
「くっくっく、鉱石は奮発しとるぞ小僧」
「ありがとうございますガイア師匠!」
「さあ、持って行きなさい。今日君はお米で何を作るのかな?」
「僕の故郷、新潟県産『コシヒカリ』を使って、シンプルに『おにぎり』にする予定です。具をたくさん積めて、20キロで120合、400個程度は作れるはずです」
「おおー(全員)」
ガイア師匠を中心に出来た円に、作業員たちがこちらを見ながら歓声をあげる。
「おにぎりとは『パエリア』みたいなものかい?」
「ああ、えっと。お米を手で握って、塩っ気のある具と一緒に包み込む、握り飯の事です」
「食べた事が無いな」
「具は何を?」
「それが、まだ決めて無くて。手持ちはいくらか金貨もあるので、とりあえず市場で買い物して行こうと思います」
「それなら、今日は4大陸から様々な食材や料理が市場でも売られているよ」
「本当ですか?海産物とかありますかね?」
「『ベネチア』からも、今日は闘技場のトーナメントに合わせて、海産物がたくさんオルレアンに輸入されていると聞いたぞ」
「それは良い情報です、ありがとうございます。さっそく向かってみます!」
「君はどこでその『おにぎり』を作るんだい?」
「闘技場『コロッセオ』の外のブースで作ります」
「ブースが多くてすぐに見つけられんな」
「かっかっか、何か目印でも作ってやろうかいの」
「それなら旗を作ってあげよう。私の『裁縫』スキルで」
「私は折り畳み式の旗の骨組みを作ろう」
「みなさん・・」
「かっかっか、小僧。お礼はその『おにぎり』を食べさせてもらうとするかのう」
「はい、もちろんです!」
旗のデザインを作業員に指示する。口ではよく伝わらなかったので、ギルドカードのメモ機能に、作って欲しいデザインを伝えた。
昨日の今日だから、もしかしたら・・マミも来るかも知れないが、もう過去は振り返らない。今持っている自分の知識も、このオルレアンを生き抜く武器に変えて未来へ進みたい。
間違っていたらまた、啓示が正しい道を示してくれるに違いない。クリスタルの使徒でも無い自分が、明日の『トロント』防衛戦でどの程度役に立つのか分からないけど、今は、今を生き抜いていきたい。信じてくれる、助けてくれる人やエルフ、ドワーフたちがいる限り。
「ほら、できたよ」
「ヒモも付けたから、背中に背負うと良い」
「何から何まで・・ありがとうございます」
「さあ、行って来なさい」
「小僧、後でな」
「はい、みなさん、ガイア師匠も、行って来ます!」
ボイラー室を勢いよく飛び出す、まずは市場へ一直線だ。




