第4話 電子の世界(3)
階段室の外は地獄だった。
爆発を直接受けた一般職員や警備部の黒焦げてバラバラになった死体が散乱している。
そして、通路の反対側、エレベーターホールから廊下に向けて簡単なバリゲードを組んだ3人のテロリストが、遮蔽物の無い通路に対し銃撃を加えてきた。
「俺の身体を使え!」
クギはそう言って、部下に指示を出した。
「遠慮なく!」
そう答えた部下は、クギをかつぎ前面に向け、
「押し込むぞ!」
そう叫び、銃撃が止んだタイミングで、一斉に通路の反対側へ銃撃を浴びせ、駆け出した。ユキナはソラを胸に頭を下げながら、その最後尾から必死に走る。
途中で銃弾を受けたのか、クギをかついでいた男が前のめりに倒れるところを、別の男がクギの身体をささえ、さらに前へ進む。倒れた男は、そのまま動かない。ほんの10メートル程度の距離だったが、その間に三人の男が倒れた。
そして、待機室の前までくると、残った警備員はユキナとソラを待機室まで押し込み、そして強引に外から扉を閉める。
ユキナとソラだけは電子世界へ送る。
その覚悟で、クギとその部下達はここまで来た。
まだ外には敵が残っている。
ゆえに彼らはそこで、ほとんど弾薬の残されていない武器を持ち、最後まで戦い続ける事を決断していたのだ。
(ありがとうございます。ありがとうございます)
ユキナは何度もそのようにそう唱えながら、移行室へ繋がるドアをみつめる。その時――
先ほどの爆発とは比較にならない轟音と激しい振動が業務棟を襲い、ユキナは移行室のドアごと吹き飛ばされた。
***
爆風は待機室の扉を吹き飛ばし、移行室へ繋がる廊下の天井を潰した。
爆風は移行室の扉で防がれ、移行室の中まで入る事は無かったためコウは無事だった。そこへ背後から次々とオペレーションルームから脱出してきた同僚が降りてくる。
「ユキナ! ユキナ! ユキナ!」
だが、コウは悲鳴にも似た叫びで移行室のドアを開けた。
「シライ、戻れ! 移行するぞ!」
「ユキナ! ユキナ! ユキナ!」
その制止も聞かず、崩れた通路の瓦礫をかき分けるように動かそうとする。
「コウ!」
その時、瓦礫の向こうから声が聞こえた。
あれだけの衝撃だったのにも関わらず、ユキナは生きていた。
「ユキナ!」
ようやく聴けたユキナの声にコウは力が抜けそうになりながらも瓦礫に開いている隙間を見る。
「ユキナ! 無事か! ソラは! 無事なのか!」
その時、ようやく這うように廊下を進んできたユキナが瓦礫の向こう側に見えた。額からは血が流れており、唇も切れている。
「ユキナ! ソラは!」
「ソラを! ソラをお願い」
そう言って、ユキナがソラを穴から通そうとする。
コウも瓦礫をかき分け、なんとか通れるくらいの空間を作り、精一杯手を伸ばしてソラを受け取り、一気に引き抜く。
その瞬間、コウとユキナをつなぐ空間がさらに狭まる。
ぎりぎりで引き抜いたソラは、意識を失っているのかグッタリとしているが、目立った外傷はない。
「こっちはまだ大丈夫そうだけど。ソラが……頭を打ってるかもしれない。だから早く。 ソラを! ソラを連れて!」
「ユキナ! そんな……」
「大丈夫だから。私達は家族だから。離れてても家族だから!」
腕だけが通る空間に手を精一杯伸ばしてユキナがコウに手を伸ばす。その手をコウもしっかりと握る。
「ユキナ!」
「私も追いかけるから! 必ず追いかけるから!」
「わ、解った。ユキナ……これを……セキュリティとか色々外せるから……」
建物に限界がきているかのように、少しずつ全体が振動を始めている。もはや時間が無いことは明白だった。それでもコウは一縷の望みをかけ、ユキナに自分の移行用認証カードを渡す。ユキナはそれを見てなにかを思ったのか、コウに自分のカードを渡す。
「これを……」
「うん」
形見のつもりなんだろうか。だが、そんな思いを打ち消し、コウはもう一度ユキナの手を握り……
「ユキナ! 必ず! 必ず!」
「コウ! ソラ! きっと!」
コウはソラを抱きしめ移行室へ駆け戻った。コウが飛び込むと同時に、待っていた保安局長がオペレーションルームのドアを閉める。
「シライ! 移行だ!」
局長のその声にコウが振り絞るように、
「lock all doors, emergency operation! Transfer all, skip sequence, uid Shirai.Kou via root !」
そう叫んだ。
全ての確認ステップをスキップし、移行室にいた全ての人員をスキャン。移行データはネットワーク上の一時領域に退避に成功。移行室の天井が崩れる、ほんの数秒前の事だった。
***
コウが移行室に飛び込む姿をみて、ユキナは軽く微笑み、待機室へ這うように戻った。その後にはベッタリと血の後がついている。
「ちょっとこれは帝王切開よりもキツイわね」
そして、移行室のドアの反対側にある緊急退避施設への脱出シュータをみつめる。
「あんな遠かったかしら?」
思いの外、身体が動かない。
「産後もそんなに体重は増えなかったのに……いやになっちゃうな」
それでも、ユキナは緊急退避装置のドアまで辿り着いた。
だが、もう起き上がる体力が無い。
「ドアを開けて……ドアを……」
ただ向こう側に押すだけ。
たったそれだけなのだが、もうその力が残されていない。
「コウ、ソラ……」
もう目も薄くしか開けられなくなっていたユキナは、白髪の大きな身体に抱き上げられたような気がした。そして、どこかに落下する感覚を味わいながらユキナは意識を手放した。
***
12:46。
電子移行オペレーションセンター東日本エリア業務棟が倒壊。
後日、東日本エリアの状況をモニターしていた西日本エリアにより、同時刻をもっての東日本エリアのクリアが宣言された。




