第4話 電子の世界(4)
「ようこそ! 電子の世界へ!」
コウが目を開けると、目の前にはそんなメッセージが浮かんでいた。
そこは広いリビングルームで、コウの周りには、同時に移行室に飛び込んだオペレーションルームの面々がソファに座っていた。
コウは、その一つにソラをみつけると、慌てて駆け寄り、抱き上げた。
「ソラ?」
「ぱぱ? おはよ。まま?」
ソラはまだ、ボーっとしている。
コウも移行したという実感は湧かないが、視界の端に点滅する薄い赤い丸を注視すると、そこが拡がり、邪魔にならない位置にメッセージがついていた。
「ユキナちゃん! いらっしゃい」
「ユキナ! お帰り!」
「ユキナ君……一度、連絡をください」
ネギ先輩、セリ、教授といったユキナの知り合いからのメッセージが次々と届く。どうやら、ユキナのカードを持って移行したので、システムが誤作動をしたのだろう。
コウの目から涙があふれ出す。
電子世界のシステムは、魂オブジェクトに包まれているコウの感情を、正確にトレースしているのだ。
その姿を見てソラが、
「ぱぱ? いたい? いたい?」
そう言って、ユキナがソラにいつもするように、コウの頭を優しく撫でる。
「ソラ、大丈夫だよ、うん、パパは大丈夫だから……」
「ぱぱ、いたい、とんでけ。にってして」
「うん……うん……」
「まま、ぱぱ、いたい、いたい。まま? まま?」
まだ何が起きたかもわからず母親の姿を探す娘をコウはただ抱きしめることしかできなかった。
***
三年後。
四歳になったソラの手を引き、移行者が最初に訪れるチュートリアルルームの前でコウは待っていた。
「ママは今日、帰ってくるかな」
「どうだろうね」
ほぼ毎日、二人はユキナの帰りを信じてここで待つ。
電子移行した以上、二人は永遠とも言える時間があったのだ。
だが、この日、とうとうーー
「あなたがシライさんですね。西日本エリアでオペレーターをしていたトツカです。話は聞いておりました。こういう事をお伝えするのは大変心苦しいのですが……私が最後です。世界はクリアされました」
チュートリアルルームから出てきた男がコウに声を掛けてきた。
「そう……ですか」
「あとは移行を拒否した人たちが残るだけです。移行チケットを所持していれば微弱電波を拾ってドローンが移行処理を行いますが……」
移行しないと決断した人も、ほとんどの人が翻意した。
それでも残るという人のために、各国の政府は移行チケットを配布した。これさえあれば、オペレーターがいなくても移行が出来るように、システムが準備されている。
だが、それも生きていればだ。
「でも……約束したので……」
「そうですか」
コウの表情をみた最後のオペレーションセンター職員は深く頭を下げ、その場を立ち去った。
東日本オペレーションセンターが業務棟の倒壊後、死者、行方不明者の捜索は行われることはなかった。すべて死亡したものと扱われている。
あの日、移行を待機していた民間人は、ユキナを除いて全員移行に成功。職員については一般職員を含めて殉職者がかなり出たものの、事務局長の裏切りという想定外の事態があったなかでは、最善を尽くしたと判断されていた。
テロリストについては死亡、あるいはその後に一斉蜂起した西日本での戦線に参加したと思われている。
コウは何度も実世界に対し連絡をし、ユキナの捜索を依頼したが、テロ組織の対応で、残った西日本エリアでは捜索隊を出せる状況にはなく、クリアされた東日本地域の捜索は、ドローンによる巡回のみとなった。急速に人口が減少する中で、有人による捜索する余裕は日々失われていき、とうとうこの日が来たのである。
東日本を皮切りに世界では着々とクリアされるエリアが増えた。テロの影響が大きく響き、最後になってしまった西日本エリアがクリアされたことでオペレーションセンター主導による人類の移行は完了したものとされ、移行者向けのチュートリアル施設はこの時点をもって閉鎖される。
「パパ、ママのお迎え散歩は、もう終わり?」
「そうだね……明日から、どうしようか……」
「ママは遅いね、いつ来るんだろうね」
「うん……」
「もう来ないのかな。来るといいね」
「うん……」
娘と手をつなぎ帰路につくコウの肩は落ちていた。
明日のエピローグで第1部完結です!




