第2話 バッドエンド(4)
「シライ君、おめでとう。クリアポイントが正式に決まったわ」
「え、それじゃぁ」
「ああ、クリアポイントの14日前にシライ君の電子移行停止措置は解除されます」
「よっしぁ」
「世界の子」に関する事でと呼び出されたコウは、事務局長の話にガッツポーズを決める。
クリアポイントは最終的に西日本へ移住し、ギリギリまで日本に残る人も出たため、当初の予定より2ヶ月も前倒しとなった。
「ただ、さすがにそのタイミングで優秀な移行オペレーターである君の移行を許可する訳にはいかないわ。よって、最終日の混乱を避けるため、奥様とソラちゃんは、君の移行解除日前日に移行してもらいます」
「え、最終便で、家族みんなで移行じゃ……」
「そうね。本当はご家族みなさんで一緒して欲しかったのだけど、最後の2週間は東日本の職員の移行にあてられる事になったの。ヘルパーをお願いしているミウラ夫人とオノ夫人も先に行くことになるわ。なので、奥様が先にいっても寂しく無いようにしてあります」
「そうですが……」
一緒に移行出来るとばかり思っていたので、ショックがあったが、よく考えれば、最後の移行手続きや、その後の建物の状態維持、不要な設備のシャットダウンなど、職員にはやらなければならない事が沢山ある。現実的に、家族に構っている時間は無いのだ。
「そうですね。確かに、その方がいいですね。わかりました! ユキナとソラにも話しておきます」
「ええ。特別に、二人の移行はあなたがやりなさい」
「いいんですか?」
身内の移行は、あまり推奨されていなかったが、その辺は局長が融通を利かせたのだろう。コウはそう考え、ユキナにどう説明するかを思案し始めた。
***
「いや! だったらコウも一緒に……」
「それが無理だから、先に行ってもらう事になったの」
案の定、ユキナは反対した。
「だって、家族なんだよ。一緒に行かないと……移行って家族みんなで行くものだって言ったじゃない」
「それは原則そうなんだけど……ほら、僕は移行オペレーターだし、職場の特殊な事情があるんだから!」
「コウが言ったの! 家族は一緒だって」
「まんま……ぶぅ……うぇぇん」
ユキナの口調に、ユキナの肩に掴まり立ちしていたソラが泣き出した。
現在、十ヶ月になったソラは、掴まり立ちをするようになり、「まんま」「ぶー」とだけ言葉が出るようになっていた。ユキナを呼ぶときもコウを呼ぶときも、果てはオノ夫人、ミウラ夫人にいたるまで、「まんま」だった。ちなみに、いやな事があった場合は「ぶぅ」とうなる――
今回は両親が言い争っている様子が「いやな事」だったのだろう。
「あ、ごめん、ごめんソラ。パパとママは喧嘩している訳じゃないんだよ」
コウが慌ててソラのご機嫌を取ろうとしたが、ユキナはそれを遮り、ソラを抱えて立ち上がった。
「いーえ、喧嘩をしているんです」
「ユキナ……」
「コウが家族は一緒に移行するのが普通って言いました! 一緒に移行しないんだったら、コウは私とソラの事を家族って思っていないって事です!」
「ユキナ!」
コウが思わず声を荒げたがが、それに一瞬ビクっとなったユキナは、それでも、すぐに態勢を立て直した。
「実家に帰らせていただきます!」
「実家ぁ!?」
ユキナは戸惑うコウの顔を睨み付けると、近くにあったオムツが入ったバックを握りソラを抱えたまま、玄関から出ていってしまった。
「実家? 実家って?」
コウは台所でオロオロと二人の喧嘩をみていたミウラ夫人とオノ夫人を見る。
オノ夫人が大きな溜息をついて、
「シライさん、今のはシライさんが悪いわよ」
と言い出した。
「そうね。今のはシライさんが悪いわ」
ミウラ夫人ものっかってくる。
「僕が……悪いんですかね?」
「もう少し……そうね、理屈じゃなくて、ちゃんとユキナちゃんが解るように説明をすべきだったわ」
「いくら、職員の身内とは言っても、やっぱり移行には不安はあるわ。私も、もう少し若かったら、今回の決定、一緒に行くってゴネてたと思うわ」
すでに夫人達の家庭でも、同様の話はあったようだ。
「あら、オノさん、ラブラブね」
「そういうミウラさんだって、この間までブツブツ言っていたじゃない」
多かれ少なかれ、どこも同じような状態らしい。
「家族を残してこちらに残るあの人もだけど……戻ってこれる訳じゃないし、旅行に行くのとは、ちょと訳が違うわ」
「そうね。だから、理屈だけじゃなくて、感情でも……先に行っても安心なんだ、夫がこっちに残るのは、家族のためなんだ……とか、そういう気持ちにさせないと……とくにユキナちゃんは、まだ若いし、これまでも色々あったのよ」
「そういう配慮が出来ないと、年を取ってから、家庭の中に居場所がなくなるわよ」
オノ夫人とミウラ夫人からそれぞれ、優しく諭される。
「そうですね……すみません、僕の配慮が足りませんでした。ちょっと二人を探してきます……けど、実家って?」
「ユキナちゃんの実家なんて、一つしか無いじゃない」
「え?」
「玄関を出れば解るわよ、早く行きなさい」
「は、はい」
コウは慌てて靴を履いて、玄関を出ると……
「えっ?」
ドアの目の前には、ソラを抱えてユキナが困った顔で立ちすくんでいた。
「ユキナ?」
「じっか」
「え?」
「実家……ここ」
「ここ?」
「私の実家、ここにしか無い」
「まんま」
ユキナが玄関の中にいるコウを指差した。それを真似したのか、ソラもコウに指を伸ばす。
「私の家はここだけ。私の家族はここだけ。だから、ずっと一緒にいたいの」
ユキナの目に涙が溢れてくる。
「コウとソラと……それにオノさんとミウラさんと、ずっと、ずっと一緒にいたいの」
「ユキナ……」
「だから、原則とか身内は特殊とか言わないで! 私も解ってるの! 移行オペレーターの仕事が放り出せる状況じゃない事くらい! でも!」
そこでコウはユキナをソラが苦しくないように抱きしめる。
「ごめん。ユキナ。家族はいつも一緒だね……そうだね」
「うん」
「でも、ちょっとだけ仕事があって遅刻しちゃうから、先に行って、僕が行くのを待っててくれないかな」
「うん」
「二週間後には追い付く予定だからね。みんなで僕が着いたら歓迎会もしてくれるかな」
「局長さん達も、ご招待していい?」
「うん」
「ネギ先輩もセリも、教授も呼んでいい?」
「勿論」
ユキナがコウから、そっと離れる。
「解った。ちょっと怖いけど、先に行って部屋の中、私の好きなインテリアで固めておく」
「えっ、ちょっとそれは……うん、まぁ、いいや。ユキナの好きな形にしておいて」
「ちゃんと来てね」
「勿論」
「まんま、ぱぱ。まんま、ぱぱ」
「……」
「……」
ソラの言葉に二人は顔を見合わせ、
「言った?」
「うん、言った」
「うわー、ソラ、パパも言えるようになったんだ! そうだよ! パパだよ!」
「ぱぱ、まんま。ぱぱ、まんま」
抱き上げられて、高い高いをされた事が嬉しかったのか、ソラが笑う。
「私も早く家に帰りたくなっちゃった」
「そうね、私も今日はご馳走でも……あ、今日も接待で遅いって言っていたわ……」
そんな二人をみて、夫人達は涙をそっと拭っていた。




