第2話 バッドエンド(3)
「ソラ! ただいま!」
「コウ、私は? ソラちゃん、パパがひどいね。ママにはおかえりが無いんだよぉ」
「ユキナもただいま」
「も?」
「うーん、はい」
仕事から帰ってきたコウはユキナを抱き寄せキスをする。
「コウ、駄目だって」
「ゴホン」
「あっ!」
コウはようやく視界の先に割烹着を来て立っている二人に気がつく。
「す、すみません」
「いえいえ……いいわね。若いって」
「はは」
「あらやだ、オノさん、私達もまだ若いじゃない」
「そうね、ミウラさんも、ご主人がまだ若々しいし」
「ふふふ」
そんな感じで家事に戻っていった。
「ヘルパーさんとうまくやってる?」
「うん。大丈夫。あと……」
「どうしたの?」
「ヘルパーさん、ヘルパーじゃないみたい」
「えっ?」
「オノさん、警備部長の奥様で、ミウラさんは局長の奥様」
「ええ……」
警備部長であるオノ部長、保安局長であるミウラ局長。
ヘルパーで入ってくれた二人の女性は、オペレーションセンターの保安局を支える重鎮の奥様だと言うのだ。
「あ、でも、これ内緒ね。ちゃんとヘルパーとして扱うように言われているから……」
「ちょ、ちょっと待って。そんな事言っても」
「それに、二人がなんだかお姑さんみたいな感じで……私は、嬉しいの」
ユキナの様子から気を遣っている雰囲気は無い。
「嫌じゃない?」
「全然……ソラとの時間が沢山とれるし、身体も休められるから、本当に助かってるわ」
「そうか……うん、ユキナがそれでいいなら……いいよ……ちょっと、やりにくいけど……」
「ご主人!」
「はい!」
オノ夫人がコウに声をかけた。
「お風呂を温めに溜めてありますので、ソラちゃんと入って下さい」
「ええ、僕? ……僕がですか?」
「はい、パパの仕事ですよ」
慌ててユキナの方へ振り返ると、
「パパ、頑張って!」
そう言ってソラを差し出してきた。
「あ、そうか……ユキナはまだ……」
帝王切開をして抜糸が済んでいないので、お風呂に入る事が出来ない。ましてや、まだ傷が多少突っ張るという事だったので、無理はさせたくない。コウは気遣いが足りなかったと反省しつつ、手を伸ばしてソラを受け取る。
「ほら、ソラ、こっちにおいで」
まだ生後2週目なので、タライで済ませる事も出来るのだが、温めのお風呂で父親とゆっくりつかるというのは、悪くないというのがオノ夫人の言い分だ。
「私も手伝いますから、安心してください」
「え、奥様……もとい、オノさんも?」
「はい。お風呂も綺麗に洗っておきました。昼間、送湯管も業者に洗浄してもらっているので、湯船の中は清潔です」
ニコニコと笑うオノ夫人に、コウは固まってしまう。
「あら、まだ入っていなかったの? さっさと入る。はい、これを腰に巻いて、先に湯船につかってください。ソラちゃんは、おばちゃんが抱っこしてようね」
そう言って、ミウラ夫人もやってきた。
「わ、わかりました……」
コウはバスタオルを受け取り、バスルームに向かう。
そして……
「オノさん? 一回、外へ出ておいてください」
「あら、ごめんあそばせ。つい……」
「あ、ミウラさんまで入ってこないで! ユキナ! ユ
キナー!」
楽しげなシライ家の姿であった。
***
「……てな事があって、大変だったんですよ」
「そうですか」
翌日、いつものように一般開放エリアでクギと雑談をしていたコウだったが、
「でもなんで保安局の奥様が二人、うちにヘルパーとして来たんですかね?」
「もう、こっちで子供を生む人も少なくなってたので、ヘルパーがいなかったんじゃないか?」
「ああ、それで……」
コウは簡単に納得したみたいだが、当然、今回の配置には思惑があった。
実際に生まれるまでは、どうなるか解らないという事で、コウには伝えられていなかったが、ソラが「世界の子」となる事は、数ヶ月前に決定していた。LPO事件では生放送で、大々的に配信されてしまった事もあり、敵対組織にとってはコウもユキナもテロの標的となっている可能性は高い。
敵対組織の人間としての監視は完了しているが、警備は事件後、コウとユキナの了解の元、付けられていたのだ。
保安局局長夫人、警備部部長夫人という肩書きだけ見ると、いわゆる「奥様」という雰囲気もあるが、両名とも、もと自衛官であり、自衛隊からオペレーションセンターへ出向となった夫に付随して退官してきたという経歴を持っている。
外部からの警護と、五十代となったとはいえ軍事訓練を受けてきた二人の婦人が警護にあたる。そもそも、この二人もVIPのため警護の集約にもつながる。
(シライには悪いが、警備部の仕事は、かなり軽減されたよ)
「クギさんも何かありました? ちょっと顔が怖いですよ」
「そ、そうか?」
「ま、いつもの事ですけどね」
「これでも、精一杯やってるから……」
「冗談です、冗談です。それじゃ、また。あ、今度、ソラの写真を持ってきますよ!」
「あ、それは楽しみだ。引き伸ばした大判を警備員詰め所に貼らせてもらおう!」
***
コウ、ユキナ、そしてソラの生活は、ミウラ夫人とオノ夫人のおかげで、とても楽しいものになった。親がいないコウとユキナにとって、母親が二人も現れたような気分であり、最初は「おばちゃん」とソラに呼びかけていた二人も、気がつけば「おばあちゃん」「ばぁば」と、ソラをすっかり自分の孫扱いしていた。
「ミウラさんも、オノさんも、まだおばあちゃんって年じゃ……」
「あら、私達も早ければ孫がいてもおかしく無いわ。うちの息子はシライさんより年上よ」
ミウラ夫人はこう言い、
「うちは子供がいないから、孫なんて考えてもみなかったんだけど、なんだかソラちゃんは本当の孫のような気持ちになってきたの。せめて今だけは、おばあちゃんでいさせて」
オノ夫人はそういって、ソラを抱きしめた。
「はい! 是非お願いします。ソラ、よかったね。おばあちゃんができて」
そう言って、ユキナも満足そうにしているので、コウは二人が上司の妻だという事を気にするのをやめた。
そんな生活は順調に続き――




