第1話 出会い(3)
コウが見初めた美しい女性、彼女の名前はユキナと言う。
教育区に通う女子大生。
―― そして、テロリストの一員だ。
正確に表現するなら、テロリストもいる大きな組織の構成員である。
それでも、ただ所属しているというだけで、その事情如何に関わらず、世間からはレッテルを貼られる事もある。ユキナ自身、そういう存在だと認識はしていたので、大学の友人などには、自分が組織の一員である事は秘密にしている。
だが、世間から批判されるリスクを冒してまで、組織に所属しているのは、困窮していた自分の生活を助けてくれた恩義があるからだった。
そもそも組織との関わりは、ユキナの両親が構成員だった事に起因する。その両親が二年前、事故で急逝してしまい、高校を卒業する寸前だったユキナは、頼るべき親戚もなく、突然、天涯孤独の身となってしまった。それを助けてくれたのが、ユキナが進学を予定していた大学の教授だったのだ。
その教授が組織の幹部だったのである。
「もし、オペレーションセンターの職員と知り合うような事があったら、報告するように」
オペレーションセンターを通る路線を通学経路とする女子寮に住むことが決まったユキナに、教授はこう告げていた。ユキナは、その意図までは理解していなかったが、両親亡き後の後見人でもある教授の言葉は、それなりに大事な指示として、ユキナの心の奥底に刺さっていたのだ。
(これは、後で教授に報告……なのかな……)
ユキナはガラス越しに真っ暗な一般開放エリアの様子を伺いながら、そんな事を考えていた。しばらくすると、明かりが点き、閉ざされていたガラス扉の電子錠が開放された。
その扉は自動ドアだったため、ユキナに反応してゆっくりと開く。
「入っていいのよね?」
ユキナはそう言いながら、自動ドアの内側に入る。
そこは、上層階につながる大きな階段と、「一般開放エリア」と案内されている大きなホールへつながる玄関となっていた。天井は五階くらいまでの吹き抜けになっている。
ユキナがドアをくぐってすぐの場所でキョロキョロしていると、一般開放エリアの方から、両手に湯気の出ている紙コップを持ったコウが歩いてきた。
「こっちへ入って。大丈夫だから、どうぞ」
コウはユキナを一般開放エリアの中に招き入れ、休憩や打ち合わせで利用するテーブルがある場所まで案内した。
「はい、コーヒー」
ユキナが慌てて財布を出そうとしたので、コウはそれを押し留める。
「このコーヒーは、無料サービスだから、気にしなくていいよ」
「そうなんですか……」
「機械が淹れているので、あんまりおいしくないんだけどね」
「そんな事は……それじゃあ、いただきます」
そう言いながら、ユキナはコーヒーの表面をみつめ、意を決したようにコウに話かけた。
「本当に、こんな朝早くから開けてしまって、大丈夫なんですか?」
「うーん、一般開放エリアの営業は十時からなんだけど、まぁ、大丈夫でしょ。でも良かったよ。この時間帯は、ここのエリアも、セキュリティをかけているので、今日じゃなかったら駄目だったね」
そう言って、背負っていたリュックをテーブルに置きサイドポケットから青いカードを取り出し、ひらひらと見せる。コウはこの日のメンテナンスのために、ガードロボットを停止させる権限を渡されていたのだ。
「今日じゃなかったら? 他の日だと駄目だったんですか?」
「そう、今日だけ特別。この後、ちょっとした作業があってね。ほら、あそこと、あそこにゴミ箱みたいな筒があるでしょ」
コウが指さした先には、彼の言葉通り、水色の円筒形の物体、まさにゴミ箱のようなものが置いてあった。
「あれが、ここのガードロボット。夜間はあれで無人警備。日中はここの案内も兼ねて警備部の職員がいるので、倉庫で待機しているから、普通は見ることは出来ないんだけどね」
ユキナは、コウの言葉を必死に心の中に留める。オペレーションセンターについての情報は、きっと教授の役に立つと思っての事だったのだが、この程度の情報は、オペレーションセンターのサイトに載せられているため、実際の所は役には立たない。だが、いつか恩返しをしなければならないと思っていたユキナは、組織の一部がテロ活動に従事しているという事実を、報道を通して知っていたので、コウには悪いとも思いつつ、敵対組織に潜入したような気持ちになっていた。
その時ユキナは、コウのジャケットのポケットから、もう一枚のカードが、落ちそうな事になっている事に気が付いた。そして、咄嗟に目を伏せ、その事実をコウに伝えないまま、
「セキュリティを止める事が出来るなんて、もしかして、ここの偉い人だったんですか?」
こう言った。
――敵対組織を探る。
学生では味わえない刺激に、まるでスパイになったような高揚感を感じて、ユキナは軽くジャブを打つような気持ちでコウに問いかけた。
「え? ええ? ち、違うよ。まさか。今日はガードロボットの定期点検とプログラムの更新があったので、その立会いで早朝出勤しただけだから。あ、そうだ」
だが、そんなユキナの意図を知らず、コウは先ほどとは反対の内ポケットから何やら取り出し、それをユキナに差し出した。
「僕はここで移行オペレーターをやっているコウ・シライです。よろしくね」
名刺である。
ユキナはそのままコウが差し出した名刺を受け取った。そこには、
『特別民間法人 電子移行オペレーションセンター 東日本エリア 上級移行作業員 コウ・シライ』
と記載されていた。
(オペレーションセンターの職員と、本当に知り合っちゃったな)
名刺を見つめたまま、教授の言葉を思い出し、一瞬、思いに沈んだユキナだったが、慌てて自分のカバンを探り、
「わ、私はユキナと言います。ユキナ・タカガミです。大学生です。すみません、学生なので、こんな名刺しかなくて……」
と、大学の友達同士で、半分遊びに作ったピンクの可愛らしい名刺を差し出した。
「え、あ、ああ、ありがとう。はい、頂戴いたします」
コウは一瞬ユキナが名刺を差し出した事に驚いたが、手慣れた様子で受け取った。
「お、やっぱり学部は違うけど後輩さんなんだね。僕も同じ大学出身だよ。もう卒業して結構経つから、さすがに知り合いは残っていないか……」
そう言いつつ、名刺の情報にチャットシステムのアドレスが記載されている事を確認した。
(連絡先、ゲット!)