第1話 出会い(2)
(こ、これはラッキーイベント?)
コウは突然やってきた運命的な出会いに、心臓の鼓動を早めていた。
職場と自宅の往復という生活を送るコウは、まだ若いにも関わらず、女性と巡り会う機会が非常に少ない。多少奥手な傾向はあるにせよ、社交的な性格であり、特に女性と話す事が苦手な訳でもなかったのだが、そもそも絶対数が少なくなっている上、縁も無かったのだろう。学生時代も含め、恋人関係になるような特定な相手と出会う事もなく、年齢=彼女いない歴という悲しい現実に涙する毎日だったのである。
そんなコウにとって、まさに今日の出会いは千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかなかった。
コウのそんな下心も気づかず、女性は、
「どこか喫茶店か何かで時間を潰しますので、お気になさらずに」
そう言って、携帯端末の操作を再開する。近隣の喫茶店でも探すのであろう。だが、その検索が終わる前に、コウは女性に現実を告げる。
「この駅はちょっと特殊で、職員のパスが無いと外へは出られないし、こんな早い時間だと喫茶コーナーも、まだやっていなくて……」
「そ、そうなんですか?」
「うん、改札を出ると、そのまま、うちの会社に直結しちゃっているんで、この時間だと身動きが……」
「あ、でも次の電車が……」
そう話している背後に地下鉄がやって来たが―― そのまま通過してしまった。
「オペレーションセンターのための専用駅なので、早朝とか深夜だと極端なダイヤが組まれているんだ……なんだか、すみません」
とりあえず、コウは多少なりとも責任を感じて謝ってみた。この時間に職員以外が降車するという事を想定していなかった、鉄道会社側の失態とも言えるが――
直前にも「関係者以外は降車出来ない」というアナウンスは流れていたし、それなりに知られた事実ではあった。この駅がオペレーションセンターの専用駅になってから、このような事態が発生した事はなかったはずだ。
「とりあえず、一緒に来てくれますか。あと2、3分で駅の中は真っ暗になっちゃうので」
「え、ええ!? そうなんですか?」
「そうなんですよ。本当に重ねて申し訳ありません」
コウはそういって頭を下げた。
コウの職場、電子移行オペレーションセンターは特殊な立地に存在している。一級河川の河口にあった中州に建てられた高層ビルなのだが、ここへは地下鉄を使うか、許可された車両しか通ることの出来ないトンネルを利用するしかない。
限定的なアクセス方法しか持たない都市部の孤島として、建築当初は揶揄されたものだった。
二人が改札を出ると同時に、改札の内側の明かりが全て落ち、非常灯のみとなった。女性はその様子に不安そうな表情を浮かべるが、コウは少しでもその気持ちが和らぐよう会話を続けた。
「それで、どこまで行くつもりだったの?」
「第二十二区画です。大学の図書館へ……」
彼女は、オペレーションセンターから二つ先の区画にある大学の名前をあげた。第二十二区画は教育施設を中心とした区画で、コウも就職する前は通っていた。
「この駅は、日中以外は一般の人は利用しちゃいけないって知らなかった?」
「いえ、それは知っていました。ドジですよね……本当に……。あ、でも、大丈夫です。ここは暗くならないみたいなので、ここで時間を潰します」
そう言いながら、改札を出てすぐの、天井だけはやたらと高いが、何もない通路を指した。その時、二人の背後で、改札の上部にあったシャッターが下がり始めた。シャッターは一分もかからずに完全に閉じてしまい、このままオペレーションセンター職員の出勤時間までは開くことはない。
彼女の表情が一層強張る。
その様子を見てコウはこんな提案をした。
「いや、さすがにここで四時間待ちは辛いよ。トイレも無いしね。大丈夫。ちょっと待っていて。まだ営業時間にはなっていないけど、一般向けの開放エリアを開けるから、そこで休んで行くといいよ」
「いいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。一般の方への啓蒙も、僕の仕事の一つだから」
そう言って、コウは通路の少し先にある大きなガラス扉の前まで、彼女を案内した。両開きとなっているガラスの扉の向こうは照明が落ちており、中の様子は、こちらからはうかがい知ることは出来ない。
「ちょっとここで待っていて。僕が中から開けるから」
「はい、お手数をおかけします。お願いします」
コウは彼女をそのまま待たせ、さらに通路の奥へ進む。少し進むと、通路は直角に左へ折れ、その先にガラス扉のゲートがあった。日中は出入りの業者などもくるために、この扉はシャッターが降りる事なく、常時開いているのだが、さすがにこの時間はセキュリティがかかっている。
コウがジャケットの内ポケットからカードを取り出し、ゲートの横の端末にかざすと、ゲートのロックが解除される。
「さて、とりあえず一般開放エリアのセキュリティを切って、中に入ってもらわないと……ついでに、コーヒーだな。砂糖とミルクはいるかな……」
そんな事をつぶやきながら、ゲートの内側にある警備室を開け、入館した際に使ったカードとは別の色のカードを取り出し、端末に差し込んだ後、操作を始めた。
「これでよし、時間外での設定変更完了っと。あとは、コーヒー、コーヒー」