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第2話 動き出す(4)

 肉体を捨て魂となって電子世界へ旅立つという事は、そこに脱ぎ捨てた肉体が残るという事になる。電子移行には、この肉体を自然に還すという作業が伴うために、日本においては組織を立ち上げるに際し、電子移行に関する特別法が制定された。


 この法をもとに業務を遂行する委託機関として、コウが勤務する「特別民間法人 電子移行オペレーションセンター」は存在する。

 

 オペレーションセンターは効率を考え、人口過密部の各都市に設置された。移行希望者はオペレーションセンター内にある電子移行室で全身を瞬時にスキャニングされ、データとしてネットワークを通して月にあるコロニー用サーバー群に伝送される。


 コウは、定められた手順に従い、電子移行室内にいた家族の移行完了手続きを終了した。業務的に言えば、この移行完了後の事務処理の方が面倒である。戸籍の抹消、資産の相続、相続人がいない場合の国庫への移管。これら一連の手続きも、コウ達移行オペレーター(TO)の仕事である。このため、移行オペレーターとして業務を遂行するには国家資格が必要となっている。


 だが、やはり移行オペレーター(TO)の仕事の重要性は、これらの事務的な手続きよりも、肉体を手放すという事に恐怖を和らげ、心安らかに電子世界「コロニー」へ旅立ってもらう事にあるとコウは考えていた。


 いかに穏やかな心で移行をしてもらうか、これが移行オペレーター(TO)の腕の見せ所であり、職場でも、人当たりの良いコウの評価は高く、若くして移行オペレーター(TO)の上級職にあたる「シニアオペレーター」の職位へ昇格していたのだ。

 

「はい、272番から281番まで終わりました」


 コウは全ての手続を完了後、さらに口頭での報告を上司に対して行い、肩を回した。移行はたいてい家族単位が多く、今回のように親戚を含めた複数の家族を同時に転移させる事も、よくある。人が多ければ、質問も多くなる。ちょっとした言葉の言い間違いだけで移行対象者は不安定な精神状態に陥り、最悪の場合、移行の延期ともなってしまうため、気を使うのだ。


「おつかれさん」


 ネギ先輩が声をかけてきた。ネギ先輩の割り当て分はすでに完了したようだ。このオペレーションセンターだけで一日に五百名前後の移行を行う。


 当初、世界の貧困層を救うというお題目で始まった大規模な移行プロジェクトは、貧困層が減少し、最終的には消滅するだろうと言われてきた頃、想定もしていなかった次の段階を迎えた。


 生産者あるいは製造者として、その成果を富裕層に搾取されていた労働階級の人々が、仕事すら持てない貧困層が電子世界へ移行した事により、相対的に自分達が最貧困層という存在にスライドした事に気がついたのだ。当然、彼らは、自分達も電子世界へ移行する権利を持つと主張した。


 この圧力に各国は膝を折り、結果、年間数億人という単位で発展途上国を中心に生産者、製造業従事者の減少が始まった。


 この波は、やがて先進国にも及ぶ事になり、ついには農業、漁業も含めた第一次産業が急速に崩壊。解消するはずだった食料不足が、生産人口の減少により深刻化。ここまで来て、人類は究極の二者択一に向き合うことになった。


 残された人類で第一次産業を立て直すか、全ての人類が電子世界へ移行するのか――


『目標年間十億人』


 これが現在の世界中のオペレーションセンターが掲げる目標値である。

 コロニーサーバー群への巨額な投資の結果、半永久的な環境維持について目処が立っていた人類は、希望する全ての人間の電子化へ向けて、全力でアクセルを踏む事にしたのだ。


 人類は自ら、この地上から消滅する事を選択したのである。


「先輩! 帰ったら、僕、男になります! ユキナちゃんに連絡を取ります!」

「そうだな! それだけでは男になるとは言わんが……とにかく頑張れ! お前は俺達の希望の星だ!」


 それでも、人は恋をする。

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