プロローグ: One day
本作品の第1部までは2017年6月20日~2020年6月まで楽ノベ文庫より電子書籍版として出版されていたものとほぼ同じ内容となります(誤字脱字や表現など一部更新しております)。約18万字の長編になりますが、順次、読みやすいサイズに分割の上、アップしていきますので是非とも応援のほど、よろしくお願いします。
『ただ今をもちまして、人類は滅びました』
突如、街中に女性の声が響き渡り、通りを歩く人々は、その声に足を止めた。
「ついに来たか」
「少し寂しいね」
そんな呟きが、あちらこちらから聞こえてくる。
そういった人々の中に、手をつないで歩く父娘の姿があった。父親は30歳にはなっていないだろうか。一緒に歩く娘は幼稚園か小学生にあがったくらい。色白で目鼻立ちがはっきりしている。あまり父親には似ていないという事は母親似なのだろう。二人は周囲の人と同じように突然響き渡った声に足を止めた。父親は少し顔をしかめ一瞬だけ目を閉じると、何かを睨み付けるように空を見上げた。繋いでいた手に少しだけ力がこもる。だが、父親のそんな様子に娘は気が付かなかったようだ。
「ねぇ、パパ。今の女の人の声、どういう意味なの?」
「人が……人類がいなくなったという事だよ」
娘の質問に、父親は空を見上げていた視線を戻した。
「人類……人類というのはね、パパ達がこの世界に来る前にいた場所に住んでいた人という意味なんだ」
「パパ達って私も?」
「そうだね」
「ふーん、そこってどんなとこ?」
「そこは……そうだな、ここより、ちょっと辛くて、苦しくて、それでも暖かい場所だったかな」
「それってこことは、どこが違うの?」
このくらいの年頃の子供は好奇心が強いのだろうか。父親の言葉に新たな疑問が生じたようで、質問を続けるが、突如、空が明るく輝いた事で興味がそれたようだ。
何かが破裂するような大きな音が響き、まだ昼だというのに、空には綺麗な花火が次々と上がり始めた。
「わぁ、花火!」
娘は繋いでいた手を離し、数歩前に出て、まるで花火を捉まえようとするかのように、両手を伸ばした。その姿を眺めながら、父親は娘の疑問に対して独り言のように、力のない様子で答えた。
「どうかな……パパには違いは解らないよ」
そして、次々と打ち上がる大量の花火を、じっとみつめる。
「わー、ねぇ、お祭りみたいだよ!」
娘は振り返り、父親に向かって満面の笑みを浮かべる。その声に何かを思い出したかのように、父親は娘に提案する。
「そうだね。管理センターの方かな? ちょっと行ってみようか」
「本当! やったー!」
父親が伸ばした手を、娘はしっかりと握った。二人はこのお祭り騒ぎに便乗しようと集まってくる人の流れに乗って、賑わい始めた管理センターへ向かって歩き始める。
その姿は、やがて群衆に紛れ見えなくなった。