傑出者、来たる
1
自然豊かな居住区、通称「自然島」。
その街のど真ん中にある中央広場は、今日も静かだった。黄金の巨体を丸める龍神ゴルド様からは、規則正しい寝息だけが漏れている。
そんなお飾り警備兵舎の中で、新人警備兵が先輩に尋ねていた。
「先輩、さっきお隣の『中央島』で、国家滅亡レベルのSS+級ダンジョンが2箇所同時に数時間でクリアされたって無線が入ったんですけど……。お隣の島には、一体どんな化け物がいるんですか?」
「ああ、デリカ様とジレン様のことだな」
先輩警備兵が、遠く中央島の方角を見つめながら、ガタガタと震え出した。入団テストをパスしたCランクの先輩ですら、名前を聞くだけで顔が真っ青になる。
「世界に三人しかいないA級以上の実力者のうちの、二人だ。魔力ゼロで実質SSS級の戦士デリカ様と、その相棒で頭脳明晰な天才ジレン様……。あの御方たちは、王宮からの『SSS級昇格試験』の案内すら、王様の話は着地点が見えなくて長いし、個人のライフサイクルを乱すのは非合理的だという理由でスルーしたほどの化け物だ。俺たちじゃお飾りどころか、風圧だけで消し飛――」
その時だった。
ドォォォォンッ!!!
鼓膜を震わせる凄まじい大爆音と共に、自然島の中央広場に『音速の何か』が着地した。
デリカのチート級の脚力がもたらした猛烈な突風と衝撃波で、広場の土が舞い上がり、兵舎の窓ガラスが激しくガタガタと鳴り響く。
「な、何事ですか! モンスターの襲撃!?」
新人が慌てて窓の外を見ると、もうもうと立ち込める砂煙の向こうに、信じられない光景が広がっていた。
2
猛烈なG(重力)に晒され、自分の誇る飛行魔法を遥かに凌駕するデリカの理不尽なスピードにプライドを激しく揺さぶられながらも、プロとして必死に風をいなしていたS級ソロ冒険者のミミ。
その腕の中で100%脱力したまま、真顔で地図を見直していた11歳の少年ジレン。
風圧に顔を歪めながらも、ベテランの余裕で大笑いしていた、昨日肉まんを差し入れにきてくれたC級冒険者のガイ。
そして、その3人を丸抱えにしたまま立っている島唯一のSS級戦士、デリカ。
彼らはスピードが出すぎて中央島を曲がりきれず、海を大ジャンプして、直接「自然島」の中央広場へと着地してしまったのだ。
「近っ!? というか、世界最強の化け物たちが勢揃いしてるじゃねえか!!」
兵舎の陰で、先輩警備兵と新人警備兵は、お互いに抱き合ってガタガタと震えるしかなかった。声をかけることすら不可能な異次元の強者たちだ。
3
その着地の瞬間、丸まって熟睡しているゴルド様の脳内(心の声)では、さすがにその「ヤバさ」を敏感に察知していた。
『(すー……すー……)……おいおいおい、何が起きたんだ? 凄まじい地響きだと思ったら……隣の島のあの戦士か。相変わらずとんでもねえ身体能力をしてやがる。距離が近すぎて、寝てても魂が最大級の警戒を払っちまうぜ。悪いが、あいつのパワーだけはマジで物理的に危ねえんだよ。頼むからそこで暴れずに、早く後ろの店にでも行ってくれよ、お互いのためにさ……(安定の寝たふり)』
ゴルド様は巨体を丸めて寝たままだが、その気配の凄まじさは健在だった。
そして同時に、いつもなら移動中も半分眠っているはずのデリカは、ゴルド様という自分と同等かそれ以上の圧倒的な存在を至近距離で浴びたことで、本能がシャキッと冴え渡っていた。 お互いに相手の格を正しくリスペクトしているからこそ、その領域の近さに脳が強制起動したのだ。
デリカは寝息を立てるゴルド様の黄金の鱗を、薄目でジッと見つめた。
「……肉チャーハン、どこ?」
ハッキリとした、冷徹で力強い声でデリカが呟く。
「あ、なんだ。あそ公の高級店のブランド豚って、自然島で育った豚を中央島に運んで調理してる店だったのか。デリカが勘違いして、直接『自然島』の高級店に来ちまったんだな」
ガイが広場の看板を見て、納得したようにポンと手を叩いた。
「合理的です。それならここで直接支払う方が、中央島へ戻る二度手間の魔力を温存できます。兄さん、あそこの店に入りますよ」
4
驚愕して腰を抜かす店員や、厨房から飛び出してきた料理長をよそに、デリカたちは慣れた足取りで席についた。
ジレンがスマートに注文を通し、運ばれてきた新作の肉チャーハンを、デリカは「うめえ!」と少年のような笑顔でガツガツと豪快に平らげていく。ジレンはその一口を真剣に味わい、脳内の魔法レシピ本へと完璧に登録ハッキングしていく。
しかし、最後の一口を飲み込み、お腹が完全に満たされた、まさにその瞬間だった。
ガクッ。
デリカはスプーンを握ったまま、テーブルの上に頭を落として綺麗に寝落ち(機能停止)した。
「……もう、食べ終わった瞬間に寝ないでよ。さっき広場に着いた時は、不気味なくらい目がシャキッとしてたくせに、本当にだらしがないんだから」
ミミがため息を吐きながら頭を抱える横で、ジレンは涼しい顔のまま、毎日稼ぎ出す20万ガリルが入ったサイフから、数万ガリル分の代金を一括キャッシュでスマートに支払った。
「ミミさん、合理的と言ってください。これでこの新作は、次回から兄の無料燃料としていつでも召喚可能になりました」
「くっ……悔しいけど確かに賢いわね……」
店外の兵舎の陰からその様子を恐る恐る覗いていた新人警備兵が、ポカンと呟く。
「……先輩。世界最強の人たちは、何をしに来たんですか?」
「……肉チャーハンを食って、食った瞬間に寝床で寝ちまったよ……」
ベテラン警備兵は、滝のように出た冷や汗を拭いながら、呆れたように笑った。
「広場にいた時は、寝てるゴルド様と、あのデリカ様の空気感がバチバチに張り詰めてて世界が終わるかと思ったが……。店に入った瞬間これだ。よし新入り、俺たちも仕事に戻るぞ。あの方たちが起きるまで、絶対に(足音を立てずに静かに)周囲を警戒するんだ!」
デリカのいつもの寝落ちと、警備兵たちの切実な見守りによって、再びのどかな自然島の日常へと戻っていくのでした。




