あと50年は寝かせてくれ
1
自然豊かな居住区、通称「自然島」。
その街のど真ん中にある中央広場には、ひとつの『黄金の山』が鎮座していた。
いや、山ではない。美しい金色の鱗をきらめかせ、大型バス2台分――およそ20メートルほどの巨体を心地よさそうに丸めている、一匹のドラゴンである。
名前は、ゴルド。
人間たちの間では「脅威度Sの古代竜」と恐れられているが、その正体は、世界の理すべてを知る圧倒的な『龍神』であった。
が、今の彼にとって、そんな大層な肩書きはどうでもよかった。
(すー……すー……)
ゴルドは深い眠りの中で、幸せを噛み締めていた。
『うむ……最高だね。今日の地面の硬さも日差しの温かさも、どれをとっても最高の二度寝日和だ……。50年前に食った魔獣の肉も完全に消化したし、次の食事まであと50年は起きる必要がねえ。人間の姿になるのも服着るのも面倒だし、エネルギーの無駄だろ。魔力も鱗も外に漏らさねえよう完璧に閉じ込めてる。だから頼むからさ、あと半世紀、静かに眠らせておくれよ……』
ゴルドはただの「綺麗な金色のトカゲ」として、街の風景に完全に溶け込んでいた。
2
そんなゴルド様の鼻先から、わずか数十メートル。
文字通りの至近距離に建っているのが、小さな『中央警備兵舎』である。
「いいか、新入り」
兵舎の窓からゴルドの寝顔を見上げながら、ベテラン警備兵がコーヒーをすすった。
「俺たちの武器じゃ、あの御方には爪楊枝にもならん。だからこの兵舎は『お飾り』だ。俺たちの本当の仕事は、あの御方を倒そうとする『バカ』を止めること。それだけだ」
「は, はあ……」
本日配属されたばかりの新人警備兵は、あまりの距離の近さに腰を抜かしそうになりながら、コクコクと首を振った。
その時である。
兵舎の前を、ガシャガシャと不吉な金属音を立てて歩く、三人組の若者がいた。隣の島からやってきた、手柄を焦るD級冒険者たちだ。
「おい見ろよ、本当に寝てやがるぜ!」「あと50年は起きねえんだろ? 今のうちに首を獲れば、俺たちは一気にS級だ!」
「あ、おい止めろ! 死ぬぞ!」
新人警備兵が慌てて兵舎を飛び出し、叫んだ。
しかし、D級冒険者たちはせせら笑う。
「へっ、臆病な警備兵め、すっこんでろ! 食らえ、俺の特注の大剣ーーー!」
「あーあ、行っちゃった」
窓からそれを見ていたベテラン警備兵が、深いため息をついた。その目は、これから自滅する未来しか見えない哀れな虫を見るかのように冷ややかだった。
3
戦士の男が跳躍し、ゴルドの黄金の鱗めがけて、全力で大剣を振り下ろした。
ガキィィィィィン!!!
広場に、凄まじい金属音が響き渡る。
しかし、ゴルドの鱗には傷ひとつ、いや、埃ひとつついていない。
「……へ?」
戦士が呆然と手元を見る。
特注の大剣は、根元からポッキリと折れ、刃が自分の額にパコンと跳ね返っていた。
「ぶふぇっ!? 俺の鼻がぁぁ!」
「くそっ、ならば魔法だ! 天をも焦がす、極大火炎!!」
魔法使いの少女が、渾身の魔力を込めて火球を放つ。
しかし、ゴルドには常時発動のパッシブスキル【魔法完全無効】がある。
赤々と燃える火球は、ゴルドの皮膚に触れた瞬間に、「シュン……」と情けない音を立てて、ただの『ぬるい微風』になって霧散した。
「な……魔法が、消えた……!?」
全魔力を使い果たした魔法使いは、そのまま酸欠のように白目を剥いて、地面にバタバタと倒れ込んでいった。
それを見届けて、ベテラン警備兵が「はい、自滅〜」と、お決まりのスコアをつけるように呟いた。
「剣が一本に、魔法使いが約一名沈没っと。新入り、これが『止めろ』って言われたのに突っ込んだバカの末路だ。よく覚えておけよ」
「……あ、圧倒的すぎます……」
新人は、ゴルドの毛一本すら動かせずに全滅した冒険者たちと、それをただの日常のゴミ捨てのように眺める先輩の温度差に、強烈なカルチャーショックを受けていた。
4
すぐ足元で人間たちが大騒ぎし、勝手に自滅していく中。
ゴルドの脳内(心の声)は、いたって冷静、かつ、非常に切実だった。
『(すー……すー……)……うう~ん、なんかさっきから外がカチャカチャうるせえな。それに、今度は火属性の魔法かよ。悪いが、俺は生まれつき魔法が効かねえんだ。温かい風は眠気を誘うからありがたいけどよ……。お前ら、危ねえし、何より折れた剣の片付けが警備兵たちの迷惑になるから、早く自分の家に帰って寝な……(すやすや)』
結局、ゴルドは最後まで薄目すら開けなかった。
生き残った冒険者は、「ば、化け物め……」「起きないんじゃなくて、攻撃する価値すらないんだ……!」と涙目で仲間を引きずり、哀れな姿でギルドのある島へと逃げ帰っていった。
「……先輩、本当に寝てるだけで全滅しましたね。ちょっと可哀想になるくらいです」
新人警備兵がポカンと呟く。
「可哀想なのは、これからあのバカどもの折れた武器を拾い集めなきゃいけない俺たちの方だよ。ほら、ほうき持って。広場の掃き掃除にいくぞ」
先輩に肩を叩かれ、新人は「……はい!」と、今度は妙に納得した顔で力強く返事をした。




