第三十二話 メイドとメイド
砂漠に潜んでいた悪魔、アウナスに敗れたセシルは見たこともない場所で目を覚ました。
ーージン…ドレイク…グレイス…ごめん。
仲間たちを助けることもできず己の無力さを悔やみながら僕は力尽きた。全身から力が抜けていき、まるでどこかに連れ去られていくような。行き先はハデスのいる冥府だろうか。死神が死ぬなんて洒落になってない。そんなことを考えながら意識が遠退いていった。
「…っ!?こ…こは……」
霧のかかった鈍色の空に切り立った山脈、そして川のせせらぎ。見知らぬ場所のようだが、どこか懐かしさも感じるような不思議な感覚。目が覚めると僕は河川敷の砂利の上に寝そべっていた。
「アカン…やってもーたで、これ。どうしよどうしよ…あんなとこに日本人おったら普通、ツレも日本人や思うやろ…黒髪やし、紛らわしいねん…あーサイアクや!」
聞いたことのない訛りの独り言のような話し声が聞こえる。近くに誰かいるのかと上体を起こすと身体の違和感に気が付いた。傷一つなく痛みもない。砂漠でアウナスという悪魔に全身を貫かれたはずだが、それがないということはやはり僕は死んでしまったらしい。
立ち上がって声の主を探そうと周りを見渡すと、近くの岩陰の奥に白いひらひらとした布を乗せた黒髪の頭頂部らしきものが見え隠れしていた。
「ねえ、そこに誰かいるのかい?」
声を掛けてみると、その頭頂部が岩陰から動いてこちらのほうに出てきた。しかし、現れたのは想像の斜め上をいく明らかに異様な姿をした人物だった。
神の力を失い、地上に来て右も左も分からずにいたところを拾ってもらった恩人、ユドラ伯の屋敷にいた侍女の服装ーーそう、メイド服。それを着た少女だった。
彼女は長い黒髪を斜め後ろの左右で留めて2つのポニーテールを作ったような髪型をしている。髪とは対照的に肌は透き通るように白く、海のように深い青色の瞳が印象的だ。しかし、どう考えてもここの景色には不釣り合いだ。
「やっと目ぇ覚めましたか!あの、ちゃいますねん…ウチ、ちょっとミスってもーて、お兄さんをね、あの…なんてゆーか…間違えて連れてきてしもてん!…です。すんません!!」
少女が何を言っているのかさっぱりわからない。慌てた様子でかなりテンパっているが、間違えて連れてきたという言葉だけが妙に引っかかった。
「えっと…少し落ち着こうか。間違えて連れて来たっていうのは、どういう意味かな?」
「お兄さん、日本人ちゃいますよね?ここは日本人が死んだ時に来る場所なんですけど…お兄さんが日本人やと思って連れてきたら、よー見たら全然日本人ちゃうし、なんやったら人間ですらなくないですか!?」
これはどうやら、相当なドジっ子の予感がする。そして、人間ですらないという言い方にも少し引っかかった。
「いちおう人間なんだけどね…ここはどこなんだい?」
「ひえぇっ!!すんませんすんません!!人間でしたか!ウチ、なんて失礼なことを…あ、えっと、ここは賽の河原ってトコでぇ、そこの川を渡ったら黄泉の国"冥土"ですね!」
ヨミの国"メイド"ーーなんだろう、この悪寒は。メイドという場所に続く河川敷にいるメイド姿の少女。
「あのさ…まさかとは思うけど、君がメイド服を着ているのと、この先のメイドって国、何か関係ある?」
「いやっはー!バレちゃいました?そうなんです!死神ジョークってやつです!よー気づかはりましたね!」
ダメだーーこの娘と話していると何故か精神を磨耗する。さっさと話を切り上げて、どうすればいいかを尋ねよう。いや待て。死神ジョークって言ったような。
「死神ジョークって…どういうこと?君は死を司る神なのか?」
「はい!日本担当の死神、イザナミいいます〜!お兄さんはほんまに死神とちゃうんですか…?なーんか、人間っぽくないっていうか…」
ニホン担当ーージンのいた国がニホンって言ってたような気がする。もしかして、この娘は僕とジンを間違えてここに連れて来たのか。
「僕も元は死神だったんだけど。ちょっと訳あって今は人間になっちゃったんだ。イザナミが僕を間違えてここに連れて来たって言ってたのは、もしかしてニホンジンと一緒にいたからなのかな?」
「そーです!そうなんですよ!なーんか、えらい遠い場所に日本人おるなぁって思ってて、何度か死にかけてはるんで、気には掛けてたんですけどねぇ…その日本人が死に直面してたもんで、魂を回収しに行ったら、隣に居てはったお兄さんを間違えて連れてきてしもたって訳です!アハハ!」
笑い事じゃない。でも、ジンと間違えて僕だけが連れて来られたってことは、ジンはまだ生きている。そして、僕も本来ここに来るべきではないはずだから、ひょっとすると現世に戻れるかもしれない。
「だいたいはわかったよ。じゃあ、僕を元の場所に帰してくれないかな?」
「あーえっと…ウチにその権限はなくてですねぇ…とりあえず、黄泉の国の管理者である閻魔さまにお伺いを立てないと……」
エンマさま?冥府でいうハデスみたいな神のことだろうか。仕方ない。ジンが生きているなら一刻も早く戻らないと、今もアリューアル砂漠でのピンチは続いているかもしれない。
「じゃあ、案内してもらえるかい?」
「わっかりましたー!ほな、行きましょ!」
セシルが日本の死神イザナミとともに閻魔に会うため三途の川を渡り始めた頃ーー
アリューアル砂漠にてアウナスの砂地獄に呑まれた麻生とドレイクは砂に埋もれた古代遺跡のような場所に落ちてきていた。
「くっ…セシル……やっぱ息してねぇよ…」
「こんな若造がワシより早く逝くなんてのう…せめてどこかまともな場所に埋葬してやりたいが…」
抜け殻となったセシルの亡骸を前に悲しみに暮れていた。
冥土のメイド服を着ているイタイ死神娘、イザナミ。
実年齢はウン百歳ですが、見た目はセシルと同じくらいの関西弁な少女です。
2人の死神と2人の脳筋。彼らの今後の運命は如何に、、、




