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「皆さん、おはようございます」
健斗が起きてきて、ダイニングキッチンへやって来た。九時半を過ぎた頃である。
「ああ、健斗、おはよう」と、翔喜が彼に言う。
「あれ? また見ない子が?」
健斗が一人の女の子に気付いて言う。
「初めまして。猿渡健斗です」と、健斗が先に自己紹介する。「君は?」
「仲穂乃果」と、穂乃果が名乗る。
「穂乃果さんか。君は何年生?」と、健斗が訊く。
「四年」
「四年か! じゃあ、僕や萌くんと同じだ」と、健斗が笑顔で言う。それから、よろしくと健斗は言った。穂乃果は頷く。
健斗は空いている席に座ると、すぐに紙コップにオレンジジュースを注いでそれを飲んだ。
ぷはー、と息を吐いた後、
「これで役者は全員揃いましたね」と、健斗はにやりと笑って言う。
「役者だなんて……」
翔喜は鼻で笑う。
「そうよ。わたしたちはただの小学生よ。俳優じゃ女優じゃないのよ」と、萌ちゃんが言う。
「健斗くん、本の読み過ぎだよ。ミステリー小説じゃあるまい」と、羽鳥さんが言って笑う。
健斗はクッキーを一口齧りながら言う。
「皆さん、そこまで言う必要はないじゃないですか。確かに僕は本の虫です。それにミステリーも大好きです。ただ言ってみたかっただけですよ……」
健斗は弁明するように話した。
「そう」と、萌ちゃんは呆れたように言う。
「ところで、ここからはどうやって脱出するんだ?」
翔喜が話題を変えて、皆に訊いた。
「うーん、やっぱり二階の窓から出るしか方法はないんじゃないですか?」
健斗がクッキーをボリボリと食べながら言った。
「やっぱりそうか……」と、翔喜は言う。
「本気で言ってる?」と、萌ちゃんが訊き返す。
「うん」と、健斗が真顔で頷く。
「え……。私たち女子には無理よ!」と、羽鳥さんが言った。
「じゃあ、男子の中の誰かが出るしかないか?」と、翔喜が言う。「誰が出る?」
「じゃんけんしましょうか」と、健斗が言った。
「いや、待って!」
励がそれを制すように言った。
「何だよ?」と、翔喜が訊く。健斗も首を傾げて励を見た。
「ここで僕たち三人の誰かが窓から出たとして、どうするつもりなんだ?」と、励は二人を見て言った。
「どうするって?」と、翔喜が訊き返す。
励が口を開く。
「方法は二つ。窓から出て玄関の扉を開けて、ここを脱出するのか。それとも、誰か一人が助けを呼びに行くのか……」
「もちろん、玄関の扉を開けるんだよ。そうすれば、全員がここから脱出できるじゃないか!」と、翔喜は言った。
「でも、扉は鍵が掛かっているんでしょ?」
羽鳥さんが思い出すように言う。
「そう」と、励は言う。「鍵が無ければ、玄関の扉は開けられないんだ!」
「あ、そうか……」と、そこで翔喜は思い出す。「それじゃあ、助けを呼んだ方がいいんだな」
「そうだね」と、励は頷く。それから、「でも、一人で行動するのは危険だと思う」と励は言う。
「そうね」と、羽鳥さんも同調する。
「なら、二人で行動すればいいんじゃないか?」と、翔喜は言った。
「一人よりはマシだろう。ただ……」
励はそう言って一度黙る。
「ただ?」と、翔喜が訊き返す。
励は再び口を開く。
「万が一、アイツに見つかった場合、本当に殺される可能性だってある……」
励がそう言うと、他の皆が凍り付いたようになる。
「こ、殺される……」と、翔喜。
「そんなのやだ」と、穂乃果が言った。
「つまり、窓から出るのはどのみち難しいということですか……」
健斗がまとめるように言った。
「いや、もう一つだけ方法がある」と、励が言った。
「もう一つ?」と、翔喜が訊く。
「窓から誰か一人が出て、玄関の鍵を開けるんだ」と、励は言った。
「それ、さっき、鍵がなきゃできないって自分で言ったじゃないか!」
「うん。そのためには、あいつから鍵を奪うんだ」
励はにやりと笑って言う。
「それこそ、無謀じゃないか……」
翔喜が呆れて言った。
「そうよ。どうやって鍵を奪うっていうの?」と、羽鳥さんが訊いた。
励は口を開く。
「どうにかして、あいつと接触するしかないかな……」
接触と聞いて、皆が嫌な顔をする。
「そんなことしたら狙われるだけだし、最悪、本当に殺されてしまうだろ」と、翔喜が言う。翔喜の言葉に皆も頷いた。
「例えば、あいつが寝ている間にでも奪えばいい」と、励は言う。
「あ、はい」と、健斗が質問があるらしく手を上げる。それから、「励さん、仮に鍵があの部屋にあったとしたら、どうです?」と、健斗が励に訊いた。
「あの部屋」とは、一階のこのダイニングキッチンの向かい側にある部屋のことであろう。そこはどうやらあの男の住処のようである。その部屋も普段は鍵が掛かっていて、入れないようになっている。どうやらその鍵もあの男が持っているようだ。
「そしたら、ついでに部屋の鍵も奪えばいい」と、励は言った。
「なるほど……。つまり、どのみちあの男と接触しなきゃならない……という訳ですか」と、健斗が呟くように言った。
励は頷く。
「一体、誰があの男に接触するっていうんだ?」
翔喜が皆に訊いた。
「私は嫌よ」と、羽鳥さんが言う。
「わたしもです」と、萌ちゃんも言う。
「俺もだ。下手したら、殺されるかもしれないんだからね」
翔喜は肩を竦めて言った。
「穂乃果ちゃんだって、嫌よね?」
羽鳥さんが穂乃果を見て訊いた。穂乃果は大きく頷く。
「やれやれ」
健斗が肩を竦めていう。「僕があの男に接触しないとダメという訳ですか……」
「健斗が?」と、翔喜が驚いて言う。
「健斗くん、本気?」と、羽鳥さんも心配そうに言った。
「仕方なく……ですよ」
健斗が皆を見て言う。
「いや、待って」
そう言って励が健斗を止める。
「健斗くん、君は行かなくていい。僕が行くよ」
励がそう言って、にやりと笑う。
励のその言葉に、全員が目を丸くした。
「励が!?」と、翔喜が驚く。
「小木曽くん、本気なの?」と、羽鳥さんが心配そうに言った。
「うん、大丈夫。僕に考えがあるから……」
励はそう言い、全員の方を見てにこりと笑った。