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その日の授業が終わり、帰りの会が行われた。
「……これで、帰りの会を終わります。集団下校をするように! それじゃあ、皆さん、さようなら」
平井先生がそう挨拶する。
すぐに生徒たち全員が大きな声で「さようなら」と挨拶した。
励たちはそれぞれの地区ごとの班で集まって帰宅する。
最近は、友達と一緒に帰れないのは残念だなと励は思っていた。しかし、今や励のような小学生が狙われているというのだから、やはり身の安全を考えて仕方ないことだろうと励は思い直した。
学校から二十分程歩いて、励はようやく自分の家へと到着した。
午後三時半。帰宅してすぐに励は手洗いとうがいをする。
家には誰もいなかった。母はスーパーでパートをしている。午後五時までは仕事をしている。
手洗いとうがいをした後、励はキッチンへ行く。お菓子とジュースを見つけると、励はそれを食べたり飲んだりする。今夜、塾があるので、励は母が帰って来るまで塾の宿題をやった。
「ただいま」
午後五時十五分。母が帰宅した。
「母さん、おかえり」
励が言うと、「励、お待たせ! 今日、塾よね? すぐ出られる?」と、母が訊いた。
うん、と励は頷く。
「分かった。それじゃあ、行こう!」
母はそう言って、すぐに玄関を出て駐車場へ行く。励も塾のカバンを持って、その後を追った。母の車は黒色のソリオである。励はその車に乗り、塾まで送ってもらう。
以前まで励は電車で一人、塾へ向かっていた。しかし、昨今の誘拐事件を受け、母の提案で塾まで車で行くことにした。これも、励の身の安全のためである。励としても、母に車で塾に送ってもらうのはラッキーだと思っていた。
「ねえ、母さん」
ふと、励が口を開く。
「何?」と、母が訊く。
「今日さ、うちのクラスの羽鳥さんって子が来ていなかったんだよ」と、励は話す。
結局、その日、彼女は来なかった。
「来てなかった? 体調悪かったんじゃないの?」
「いや、違うと思う。だって、欠席なら連絡するでしょ?」
「確かにそうね……」
「でも、学校にも連絡がなかったみたいなんだ」
励がそう話すと、「へー、そう……」と、母は前方を見ながら言った。
「どうしてかしらね?」
「まさか誘拐されたとか……」
励がそう呟くと、「え? まさかそんなことないでしょう。ただ連絡しなかっただけなんじゃない?」と、母はミラー越しに言う。
「うん……そうかもしれないけど」
しばらくして、塾へ着いた。母は車を塾の前へ停める。
「お母さん、ありがとう」
励は母にお礼を言う。
「いいのよ。さ、行ってらっしゃい! 帰りも迎えに来るから、終わったらLINEしてね!」
母は笑顔で励に言った。
「うん、分かった」
励はそう言って車から降りた。階段を上がり、励は塾へと入った。
それを見届けた後、母は車を発進させた。
午後八時。
授業が終わり、励は帰ることにした。母にLINEを送る。
二、三分して母から返信が届いた。今から迎えに行くということだった。
〈着いたら連絡するから、それまで塾の中で待っててね〉
励はメッセージ通り、しばらく塾の中で母が来るのを待っていることにした。
十分程して、見覚えのある車が窓の外から見えた。
母が迎えに来たと思い、塾を出て励は階段を降りる。
車が停まり、すぐにその車から人が出てきた。サングラスを掛けた男の人である。
「あれ? なんだ……違ったか……」
励がそちらを見て呟くと、その男が励の方へ近づいてきた。
「こんばんは……僕……」
その男は励に声を掛けるなり、すぐに後ろからタオルで励の口を塞ぎ、抱きかかえる。そして、停めていた車の後部座席に励を押しやった。
励は抵抗する。男はすぐに車を発進させた。