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「……はぁ、こんなことなら教会に貸しなんて作るんじゃなかった。」
ちょうど町と、依頼を出した村の間。私はため息を付きながら道を進んでいた。
私の名はアメリア。この長い耳を見て貰えれば解ると思うけど、エルフって種族になる。この辺りは人間族の国だから珍しいけど……、神様に同じ言葉を喋る『人類』として認めてもらった種族の一つだ。けどまぁ、最近はちょっと差別が多くて……。
「ろくに宿も取れないし、食事も買えない。一応まだ聖職者としての籍が残ってたおかげで教会に寝泊まり出来たけど、その代金がこれじゃぁなぁ。」
私達の女神様は一人、でもちょっと自由な方というか、元気いっぱいな女の子みたいな方だ。まぁそれは良いんだけど、数百年前に『ちょっと昼寝するから起こさないで! おやすみ!』って言ってから今も寝ていらっしゃるのだ。世界の運営とかそういうのは部下の天使様たちが何とかしてるらしいけど……。そのお仕事も必要最低限。
そのせいか私たちが住むこの世界は、結構荒れ始めている。
本来みんなで手を取り合って人類の生存権を脅かす魔物と対抗すべきだったのに、その人類間で差別が横行し始めちゃったのだ。まだ私が旅に出る前は我慢できる程度だったんだけど、世代の交代スパンが速い『人間族』とかはもう意識が切り替わっちゃってて、普通に石投げられちゃう。
ちなみにあの町に到着した時なんだけど、別種族ってだけで普通に殺されそうになっちゃった。怖い。
「まぁ魔法であっちがケガしないように制圧して、冒険者の印提示して、聖職者の証も見せて、ようやく町に入れたんだけど。……でも全員からまるで魔物を見るような目で見つめられたら、ねぇ?」
私は未知が好きだし、誰かと交流するのが好みだからまだ耐えられてるけど、もうほんと疲れる。旅に出る前にわざわざ教会で修行して手に入れた司祭の地位もあんま意味ないし、高いお金を払って維持してる冒険者組合員の籍も意味がない。違う種族ってだけで排他されちゃう。
同族が自分の国と言うか、森に籠るのも理解できちゃうよ、ほんと。……まぁあの人たちは神様が寝る前からずっとあんなだし。千年近く同じ生活してるのもいるからもうボケてるのかもしれないけど。まぁ合ってる人はそれでいいんだろうね。
「んで、ちょっと教会で休ましてもらって出発しようとしたらこれだよ。……町から離れた閉じた村って話だし、絶対異種族への反発大きいんだろうなぁ。でも断れないんだよなぁ。やだなぁ。」
依頼主は、そんな町からかなり離れた深い森近くにある村。こういう外部から人がやってこない場所は、差別感情が極まっていることが多い。町の司教さんによると『優秀な司祭』を送り込んであるって話だったけど、あの司祭さん自体が異種族差別主義の人だ。私が聖職者であるから、ギリ人として扱っているに過ぎない。
まぁそれでも普通に町にいるのと比べれば、破格の好待遇だったんだけど……。
きっついんだよねぇ。こういうの。依頼達成しなきゃ絶対怒って殺しに来るだろうし、今ある私やエルフへの扱いがもっと悪くなる。依頼達成してもお金くれない可能性が高いし、それを訴えてもこの人間族の国じゃ真面に取り合ってくれない。
「昔は神様がそういう差別とかしちゃう聖職者に片っ端から天罰落して浄化してたんだけど、今は寝てらっしゃるからな……。かといって起こしたら不機嫌になって大陸一つ消し飛ばしちゃうらしいし……。あぁもう憂鬱。」
そんな愚痴を吐きながら、被っていた帽子の中に入れたあった、今日の依頼書をもう一度見直す。依頼主は今向かっている村の村長だが、その仲介人としてその村の司祭、そして町にいた司教を通して私に届いたものだ。
「この前現れた悪魔の捜索と討伐、ねぇ。……悪魔なんてこんな場所にいないと思うのだけど。」
悪魔、たぶんなんか悪い奴らという意味でつかわれているソレ。
けど聖職者として教育を受けていた私からすれば、悪魔って言われると『いやあの人たち休業状態でしょ』となってしまう。何せ天使も悪魔も、神の意志を世界に反映させる『手』の一つに過ぎないのだから。天使が神の善の部分を世に伝えるならば、悪魔は神の悪の部分を世に伝える。おんなじ職場の同僚で、部署が違うみたいなものでしかない。
だから天使様と同じようにある程度のお仕事はしているんだろうけど……。わざわざ小さい村にちょっかいを掛けるほど精力的に動かれているとは思えない。
「たぶん、神が眠られた後に。人間族で伝わっていた教義を婉曲させたか、間違って伝わっちゃったのね。じゃなかったらこの依頼を出す前に村の司教が『多分悪魔じゃなくて魔物ですね』って注釈入れるだろうし。……まぁもっとひどい可能性もあるけど。」
私はまだ人に近しいエルフという種族だが、この世界には人間族と比べかなり見た目が違う『人類』が生息している。獣人族の人とかは頭が動物になってるのがいるし、どうなってるのか解らないけど昔一頭身の人を見たことがあった。本当に色んな人がいるのだ。
でもそういう『色んな』は、『未知』に繋がり、『恐怖』となってしまう。……本当に嫌な話だけど、獣人族とかを魔物って判断して殺しつくしちゃったってのはよく聞く。考えたくはないけどこの数百年で数多くの種族が歴史からその名を消していてもおかしくない。
ある意味、これも神様が私達に課した試練の一つなのかもだけど……。
「今回もそういうのかもしれない、ってのがなぁ。」
人間族じゃない存在を、悪魔と呼んで蔑む。普通に考えられる話だ。
もしそうなら討伐など出来るわけがない。最善は上手いこと討伐した証拠を偽装して、その迫害されてる子を安全な場所に連れて行くことなんだけど……、相手は人間族によって迫害されてきた種族。人間族に似ているエルフに対して、強い拒否感を示されてもおかしくない。というかあっちから私、エルフを迫害して来る恐れもある。というかよくある。
保護させてもらいたいんだけど、あっちが拒否するどころか攻撃して来る。んで依頼した側からすれば私が嘘ついてたことになるから、今度はこっちが迫害される。板挟みの状況になっちゃうのだ。
「もし保護できたとしても、この辺りで安全に暮らせる場所なんてないし……。また実家帰らなきゃなのぉ? 『そろそろ家庭持ったら?』とか言われるのほんと嫌なんだけど。」
長命種であるエルフは、排他主義というか個人主義が強い種族だけど、別に別種族に攻撃したりするようなものたちじゃない。昔の手を取り合っていた時代を知っているのもあり『自然と上手く付き合えるならウチに住んでもいいよ?』って方針だ。故に私が連れて行っても、基本的に受け入れてそこで暮らせるよう手を貸してくれる。
でもエルフの中ではまだ若い私が一人でウロチョロしてるのはちょっと同族的に不安らしく、お小言を大量にもらうのだ。まぁ長命種だから子供生まれにくいし、世代繋げるためにそう言うのは解るんだけどさ。私以外にも若いエルフっているでしょうに。
「まぁそんな若い私ですら500近いんだけどね。……ほんと私たちの時間間隔っ!」
私はね? まだいいのよ。こっちで過ごしたせいで短命種よりになっちゃってるし、人の価値観が解る。けど解っちゃったせいで、エルフとお見合いとかしても『とりあえずお互いを知るために30年くらい……』って言われるから発狂しそうになっちゃうのよ。
30年よ30年。それでどれだけ世界巡れると思う? あと普通にそれが一生な種族いるのよ? というか普通数か月付き合ったり同居したりすれば何となく相性とか解ってこない? なんで30年も足踏みするのよ……!
「はぁ、まぁ考えても仕方ないや。出来ることを出来るだけ頑張るとしますか!」
◇◆◇◆◇
「あぶぶ~!」
「きゃははは!!!」
「……これ変顔になってるのかい? まぁ笑ってくれるのならばやるが。」
深い森の奥、普段の目印にしている開けた広場で、本来の大きさを取り戻しながら妹と遊ぶ。
そろそろ……、四カ月くらいだろうか。首もちゃんと座ってくれたし、今のように声を出して笑うようになってくれた。姉としては嬉しい限りである。まぁ、粘体の顔のどこがおもしろいのかと妹との感覚の乖離には少々思う所がないわけではないが……。
(しかし、こうも上手くいくとはな。)
時刻は昼、今日は例の家屋ではなく、森の奥深くに二人で来ている。
先日、司祭と村長の話を盗み聞きしてわかったことだが、この私を討伐しに来るため『冒険者』なる者があの村にやって来るらしい。私の脅威度を村が崩壊するレベルと見積り、その対策として呼び出されるらしい存在。明らかな強者であり、自身を瞬く間に殺しつくしてくる相手かもしれないと考えた私は、時間の限り思いつく策を実行し続けた。
その一つとしてあげられるのが、『触手の延長』である。
早い話、村から遠く離れたこの森の深部から触手を伸ばし、村内部の情報を入手できないか、という試みである。触手を電話線の代わりにする、と言えば解りやすいだろうか。道中獣に切断されたり、村人に露見する可能性があったため地下を掘り進め開通させたそれは、この場で妹と遊びながらも、情報をこちらに送って来てくれている。
(人の時の感覚に合わせれば、片方の目は目の前の妹を見ているが、もう片方の目は村の中の様子を伺っている、というのも。少々取得まで手間がかかったが、やはりこれは便利だ。)
何事においても情報は重要だ。特に『冒険者が村に到着した』というものは確実に察知しなければならない。これを失敗すれば先手を取られてしまうし、最悪こちらが何も気づけぬままに刈られる可能性もあるのだ。何が何でも、手に入れる必要があった。
そして相手が『私の存在を認識できる』可能性も考慮に入れている。私が母の胎にいることに気が付いたあの村人たちが何故村の中に潜んでいた私に気が付かなかったのかは依然として不明なままだが……。冒険者が村に潜む自身。もしくは現在私が貯蔵している『魔力』を認識する可能性があったのだ。
(故に、あのまま村に潜み続けるのは危険だった。冒険者が返った後は戻ってもいいが……。今はこちらで生活すべきだろう。)
「あ!」
「あぁごめんごめん。まだ遊び足りないんだね? そうだ、ちょうど今新しいぬいぐるみを作ってたんだ。どうだい?」
そう言いながら新作。獣の毛で新しく作ったある程度見れるようになった人形を手渡してみるが……、すぐに手放し、私に視線を向けてくる。あ、やっぱり気に入らないんだね。そんなに最初の奴が良かったのかい? 姉としては過去の技量の無さを見せつけられるようであまり好みではないのだが……。あぁ、はいはい。すぐに渡そうとも。
じっとこちらを見つめる彼女の前に最初のぬいぐるみを出せば、視線がすぐにそちらに向く。そして手渡してみれば、いつでも見ていられる可愛らしい笑みが一つ。目が光り輝いていることから、本当に嬉しいのだろう。
「複雑だが、まぁキミの笑顔が一番だ。……多少上達したし、服の作成も考えていいだろう。流石に毛皮を纏めただけでは不格好だし、これから来るであろう冬を乗り越えられるか解らない。」
冒険者という敵が来るという状況ではあるが、切り抜けることが出来れば私達の日常は続くのだ。敵から身を護ることはもちろん、それ以外のことも考えなければならない。
前世でも何度か経験したが、自然と言うものはいくら技術が発展しても思うままに操る事の出来ない存在だ。こちらが対応を誤り油断すれば、たやすくこの命を奪っていく。この粘体の身体であればある程度絞げるだろうが、赤子にとって厳しいことになるのは確かだ。
「……木々の植生からして、昔見た北部と合致した特徴が幾つか見て取れる。この想定が当たっていれば、かなり厳しい冬がやってくるはずだ。」
幸いなことに、獣を狩り続けたおかげである程度の皮の用意はある。後は雨風しのげる頑丈な家と、その中で暖を取れる燃料あたりが必要だろうか。
あの家の中で軽く探索してみたが、やはり未だ化石燃料のような便利なものを扱っている様子はなかった。つまり一つの季節をしのげるだけの薪を集めなければならない。確か伐採した木々をそのまま使う場合は乾燥の手順を踏む必要があったはず。
ある程度村の生活をコピーすれば対応はできるだろうが……。
「……何事もそうだが、知識を教えてくれる先人がいないのが悔やまれる。単に見るだけでは把握しきれない知識が絶対にあるはずだ。皆の共通認識になっているが故に口にしなかったりすることが。何せこちら今の暦すらわからない。いつ冬が来るのかも……」
「んぁ?」
「あぁ、そうだね。キミの相手をしているのだった。考え込んですまない。」
そう言いながら触手を伸ばし妹と遊んでやりながら、一旦思考を取りやめる。
これ以上未来のことを考えても要らぬ不安におびえてしまうかもしれない。ならばもう割り切って対冒険者に集中しよう。ここで生き残れなければ、全て意味がなくなる。村人たち、正確にはあの母体から得られる母乳を考えれば、冒険者に見つからず『最初から何もいなかった』とのように報告させるのが最上だが……。
「手段は問わず、すべきことをするとしよう。」