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【完結】私の子  作者: 小野花壇
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北千住から見える未来

私の家は北千住にある。

職場のある銀座までは、日比谷線で一本。

最近だと駅の開発が進んで、住みたい町ランキングにもランクインし始めた。

北千住を選んだのは本当にたまたまだった。

岩手出身の私は東京のことなんて全く知らなかった。

なんとなく職場から近くて家賃が五万円くらいのところに住もうと考えていたけれども現実はそんなに甘くなかった。

もちろん銀座になんて住めるはずはなかった。

紹介されたのはマンスリーマンションかトイレにシャワーがついただけの三畳ほどの部屋だった。

それならばと進められたのが今のアパートだ。

築年数は約三十年。

北千住駅から歩いて約十分。

(案内には徒歩五分とあったが絶対にどうがんばっても五分でなんていけない)

丁度前の住人が出たばかりと言うことで、リノベーションがされてきれいな状態だった。

「この部屋だけ、フローリングなんですよ」

と不動産のお姉さんは笑った。

確かに渋いクリーム色の襖にフローリングが無理やり敷き詰められているようだった。

他の部屋は畳なんだそうだ。

部屋自体にはそこまで魅力を感じなかったが、北千住の雰囲気がとても魅力的だった。

東と西に商店街があって、飲み屋さんも多い。

夜遅くまでやっているお店も多くて女性が一人で歩いても心配なさそうだ。

八百屋さんがあって、惣菜屋さんもあって、美容室もある。

生活には困らなさそうだ。

そんな成り行きで、私は家賃月五万八千円のアパートを契約したのだった。


八時に会社を出て電車で約四十分。

家に着く頃にはもう九時近くになる。

人通りがまばらになった商店街を足早に歩いていく。

「家に帰ったらお酒飲もう」

確か飲みかけのウイスキーがあったはずだ。

炭酸をコンビニで買おうと思ったが、節約のため水割りにしようと心に決めた。

新卒で入った会社の給与はそれほど高くはなかったが、残業代がみなし分なので上がる事はなかった。

別に贅沢をしているわけではないが、貯金はそれほどたまらなかった。

高い服を買っているわけでもないし、毎日飲み歩いているわけでもない。

連絡をすれば返答してくれる友達もたくさんいるけれども確実に疎遠にはなって行った。

孤独だった。

東京に来て二年が経ったが、何も変化していない自分に嫌気がさしている。

自分はきっと何者かになれるのだと思っていたが、そうではないかもしれない。

会社の新人賞も取れなかったし、売り上げを出すのは同期で一番遅かった。

営業の仕事は向いていないかもしれないと思ったが、辞める勇気もなく、新卒二年目で転職できるほどの自信もなかった。

部屋を開けると真っ暗な闇だけが出迎えてくれた。

カバンを乱暴に洗濯機の上に置く。

玄関のすぐ脇に洗濯機があるのだ。

六畳のワンルームでトイレとお風呂は共同だった。

電気をつけると殺風景な部屋が映し出される。

毎日寝るだけの部屋なのにどうしてこうも汚れていくのか不思議だった。

休みの日は部屋の掃除で午前中が終わる。

勢いよくベッドに飛び込み、天井を眺める。

ここから見える未来は白だ、と思った。

何にもない。

自分の未来は真っ白だ。

こうしてあっという間に時間が過ぎて、いつの間にか三十代になって、婚期も遅れて、独身になって死んでいくのかもしれない。

千羽子はとりあえずお酒を飲もうとキッチンに向かった。

お酒だけが今の千羽子を慰めてくれる。

お酒だけが千羽子のお腹を満たしてくれる。

喉に熱い感覚が流れる。

「ちょっと濃いめに作り過ぎたかな」

百円ショップで購入したグラスに茶色の液体が流れていた。

いつもは簡単なや夜ご飯を作るのだが、今夜はそんな気分になれなかった。

お腹の中で何かがぐるぐると渦巻いているような感覚がした。

お酒だけが千羽子を受け入れてくれる。

空っぽになった体にアルコールが染みていく。

「今日は酔おうかな」

そう言って、千羽子はボトルに直接口をつけた。

舌が痺れるような食感が現実との境をなくしていく。

崩れるようにまたベッドに崩れ落ちた。

何となく外を見るとカーテンから外の景色を覗くことができた。

真っ暗な夜があるだけだった。

北千住から見える景色に未来はなかった。

千羽子は夢の世界に身を委ねることにした。

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