#9<ルノー・ド・シャティヨン>
疫病で死ぬイスラム兵のほうが、戦死者より多いというのはよくある事だ。
サラディンは、もうそういうのはウンザリだったのだ。
ヤコブの浅瀬の砦が襲撃された報告はボードゥアン4世にすぐ(3日後に)もたらされた。
直ちに(1週間後に)出撃したボードゥアン4世。
だが(10日後)彼が見たモノは、地平線にたなびく真っ黒な火災の煙だった。
全てを悟ったボードゥアン4世はその時点で軍を引き返した。
砦は降伏し、サラディンのものとなった。
攻撃の嚆矢となる筈の砦は、防御の要に切り替わった。
庶民A「打ち首か、奴隷か」
庶民B「棄教するから命ばかりは!」
庶民C「もうおしまいだ……」
ダマスカスへは1日の行程だ。
ボードゥアン4世の築城の意図ははっきりしていた。
日帰り攻撃が可能な場所の高台に「砦」がある意味。
それは奪われてはならなかったのだ。
1500人の捕虜の行列は、厳重な監視の下、ダマスカスまで連行された。
騎士団は刀剣、防具すべて取り上げられ、一般人も着の身着のままである。
8月は気温45℃まで上昇する酷暑だ。
だんだん捕虜も事態が飲み込めてきた。
ダマスカスの南門に到着した。
庶民A「おい、道の両側は墓地だぞ」
庶民B「やっぱりオレたちここで……」
庶民C「ひいい!ひいい!」
厳重な監視の下、サラディンが演説に立った。
サラディン「我々は君たちとは違う」
十字軍騎士を前に彼は言い放った。
「ボードゥアン4世に伝えるのだ」
「戦いは何も生まない」
「共存共栄を考えて欲しい」
歯の浮くような演説が続く。
十字軍兵士A「異教徒が心にも無いことを!」
十字軍兵士B「いや、真心は通じた!」
十字軍兵士C「俺は根無し草、どっちでもいい……」
とらえかたは、人それぞれ、である。
もともと十字軍はローマ教皇ウルバヌス2世が呼びかけたモノだ。
参加すれば免償(罪の償いの免除)が与えられる事になっていた。
それに釣られて集まってきたのは聖騎士とは真逆の者達だ。
イスラム世界でも兵士は奴隷戦士である。
黒人奴隷兵と白人奴隷兵が戦では先陣を切る。
サラディンは良く彼らの性格を知り抜いていた。
演説は単純で、歯が浮くような明快さが心に響く。
イスラム奴隷兵士や十字軍強盗騎士に哲学や思想は意味が無い。
小難しい説教はかえって逆恨みを買う。
サラディンの宰相アル=ファーディルが後を継いだ。
彼が財相として軍事費を管理しているからだ。
アル=ファーディル「故国へ帰る者には金貨10枚を旅費として渡す」
「エルサレムへ戻る者には銅貨10枚を旅費として渡す」
なんと金貨はディナールではなくフローリン金貨(3.5g)であった。
これには十字軍兵士も赤くなったり青くなったりだ。
1枚12万円の価値がある金貨10枚である。
サラディンは彼らの去る先を見据えていた。
帰る場所があるものはエルサレムに戻っていく。
だがその数は僅かであった。
金貨を持って嬉しそうに故国へ帰る大集団。
その数は相当な人数に上っていた。
サラディン「もともとヤコブの浅瀬の砦を金品で落とす為の資金だった」
「使い道は違うが、これはこれで良かったのかもしれない」
この所業にボードゥアン4世は激怒したが後の祭りだった。
ボードゥアン4世「所詮は風来坊の集まりか」
「そもそも修道の騎士精神を求めるのが間違いだった」
その後も西洋と中東の知恵者の戦闘は続き、終わりは見えない。
19歳の時、数々のサラディンとの死闘の末に、講和協定を結ぶ。
ここでとんでもない悪漢が登場する。
ルノー・ド・シャティヨン(Renaud de Chatillon)。
家臣からも、王族からも嫌悪される通称「強盗騎士」。
武装巡礼として第一回十字軍に同行する。
エルサレムに赴き、エルサレム先王ボードゥアン3世に仕官。
だが本性は傍若無人の限りを尽くす悪漢である。
地中海周辺での強奪、虐殺、脅迫の罪で15年間服役に処されていた。
だが保釈金を積んで、どうにか釈放される。
暴虐の限りを尽くす悪漢とはいえ、エルサレム封臣にして外ヨルダン領主だ。
先王からの仕官であり、それなりの地位がある。
ボードゥアン4世もおいそれとは処断を下す事は出来なかった。
だが王以外に彼を押さえつけられる者はいない。




