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ボードゥアン4世を救え!  作者: 登録情報がありません
12/20

#12<経過と皮弁術>

ボードゥアン4世に投与する計画は次の通りだ。


これを1日1回最大450mg経口投与する。

まずは6ヶ月~1年の投与を計画した。


早速ボードゥアン4世への投与が始まった。

浮腫の進行が止まった。

爛れていた皮膚の炎症が消えた。

失明寸前だった眼に光が戻った。


数ヶ月後には自分で立って歩けた。

だが失われた四肢の部位はもう戻ってこない。

骨間筋萎縮、知覚麻痺、運動麻痺と後遺症も多い。


ボードゥアン4世「私が王座にいる事が重要だ」

「私が生きている限り、サラディンとの共同統治は続けるつもりだ」


モーシェはその業病の患者とは思えぬ精神力の強さに感服した。

サラディンが惚れ込むのも分かるというものだ。


モーシェ「気丈気骨もよろしいが、外観も整っていた方がよろしいかと」

「整形外科による機能回復手術を行います」


残っている健全な皮膚から顔への移植を行う。

耳の後ろに大きな皮膚が健全なまま残っている。

まぶたの部分の筋肉のもつれを直し、皮膚移植を行う。


その他にも無数の再建外科手術を行った。


手術に必要な麻酔剤は笑気ガス。

手術に必要な消毒剤はヨードチンキ。

手術に必要な抗生剤はペニシリン。


これら総ては12世紀の技術で調合が可能なものばかりだ。


笑気ガスは亜酸化窒素(一酸化二窒素)の事だ。

挿絵(By みてみん)

一酸化窒素と水、鉄粉を反応させる。


無色のガス(亜酸化窒素)が発生し淡緑色の水酸化鉄が沈殿する。

この笑気ガスを集めておいて麻酔として使う。


これを患者に吸気させ、全身麻酔を掛けるのだ。

なお、酸素欠乏症を起こしやすい麻酔である。

そのため、酸素の吸気が不可欠でもある。


ヨードはサウジの天然ガス層の地下水(かん水)に含まれる物質だ。

通常の海水の2000倍のヨードが含まれている。


このヨウ化ナトリウムと塩素を反応させて、ヨウ素と食塩に分離する。

この後、還元と酸化を繰り返し濃度を上げ、濃縮晶析させる。

そうすると紫色の結晶が晶析する。


笑気ガスとヨードは入手可能である。

唯一ペニシリンだけが大量生産の為の技術が無い。


深底タンク発酵技術の為のコーンスティープリカーがない。

コーンスティープリカーはコーンスターチから作る。

コーンスターチはトウモロコシから作る。

トウモロコシは南アメリカ原産である。


アメリカはまだ発見されていなかった。

トウモロコシは手に入らない。


実は必要な成分はフェニル酢酸という化学物質だけだった。

これは植物の成長ホルモンの一種(天然オーキシン)だった。


トウモロコシ以外に「アベナ」の幼葉鞘の先端部に濃度が高い。

アベナとはアフリカに生えているカラスムギだった。


古代からエジプトでは癌予防効果のある薬材として知られている。

これをすりこぎでゴリゴリと粉末にしてペニシリンに加えた。


成功!


ペニシリンの増殖が始まった。

だが5000基のシャーレからようやく1人分が製造出来た限りだ。

ダメになったメロンから(優良)種Q176株が採れる事も分かった。

たった一人の手術の為にだが、後世には多くの人が救われるだろう。


麻酔薬+消毒薬+抗生物質。

これで手術中に感染症に罹患する恐れはなくなった。


手術前に抗菌薬の投与を開始。

執刀中に予防的抗菌薬の効果が「最大」になるよう静注する。


皮膚移植手術は続く。

広背筋皮弁、腹直筋皮弁、腓骨皮弁. 肩甲骨皮弁. 腸骨皮弁……。


これら皮弁移植には動脈静脈の血管が付いている。

血管がある事で移植皮膚に養分が行き渡る。


かつては皮膚移植は皮膚だけの移植だった。

血管のない皮膚が生き延びられるのは4日間(プラズマ循環期)だ。


その間に移植皮膚と移植床の毛細血管の新生を期待するのであった。

生着するしないは移植床の肉芽の旺盛な生命力に期待するしかなかった。


だが今はすぐに血管による体液の循環が始まるよう設定させている。

生着の可能性は極めて高かった。


しかしボードゥアン4世の健全な皮膚は少ない。

見えている部分だけ、最低限の運動機能だけを集中的に再建する。


右手の親指が欠損していた。

左手の親指が残っていたので移植した。

こういった具合で再建手術が行われた。


2年後。

ボードゥアン4世は22歳になっていた。


モーシェ「放っておいたら25歳で崩御なさっておられたかもしれません」

「20歳のこの時点で治療を受けたのがギリギリだったのです」


ボードゥアン4世「治ったのか」


モーシェ「らい菌は見当たりません、閣下」


しかしらい病の他にも黄熱病、マラリアと難病の多い中東である。

治ったとはいえ、生活環境の整備も必要であった。


蚊帳は既にあり、王のベッドの周りに幾重にも吊ってあった。

害虫対策は万全で、蚊を媒介するマラリアなどの病気を防いでいた。


だが室温は高い。

気温を下げる手立てはなかった。


精神は気丈であっても、身体は長年の闘病で衰弱していた。

衰弱した身体に中東の風土は厳しすぎた。


エルサレムの気温は5~30℃の間で推移し、気温はたいして変化しない。

降水量は少なく500mm以下で、日本の1600mmの1/3以下である、


モーシェ「室温を下げる機械を付けるしかない」


錬金術史によれば、アンモニアが冷媒に適していた。

20℃なら8気圧で液化し、沸点が-33℃。

アンモニアは吸熱反応なので気体になる時に熱を奪う。


蒸発器で液体のアンモニアを気化させ、周りから気化熱を奪う冷却法だ。

いわゆるアンモニア吸収冷却器を作る。

これで王の居室のみエアコンを付けるのだ。

モーターの代わりに水車を用いて水力を使う。


ピストンポンプで圧縮と膨張を行う。

ピストンポンプは既に前3世紀にクテシビオスが発明している。

ピストンリングは12世紀にアル=ジャザリーが既に発明している。

「巧妙な機械装置に関する知識の書」に図が載っている。


ボードゥアン4世「ああ涼しい」

モーシェ「これで安心です」

ボードゥアン4世「ありがとう、本当にありがとう」

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