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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
三章 常緑の復讐者と花の妖精と
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66話 『純白の遺品と』

 ルミエーラは歩を進めると、アイリスと抱き合うトリシャの側まで寄る。


「いやー、驚いたよ。いつの間に拘束魔法を覚えたんだ?」


 勝負に対し、いつも力で相手をねじ伏せてきたルミエーラにとって、敵を拘束するなどという、まどろっこしいやり方は考え付かない。

 彼女が拘束魔法を扱う時は、その対象が身内か知り合い、もしくは捕獲対象だった場合だけだ。

 トリシャが拘束魔法を覚えている事を知らないどころか、使いこなせると思っていなかった彼女にとって、今回の決着の付き方は嬉しい誤算としか言えないのである。


「えっと、アイリスに教えてもらってたから」


 トリシャは顔を上げて返事をするも、アイリスはお構いなく抱き着いたままだった。彼女は嬉しさのあまり、ルミエーラの言葉が耳に入っていないのかもしれない。

 ルミエーラの隣にはアリアの姿があり、顔を上げたトリシャと視線が合う。


「勝ちましたね。おめでとうございます」


 はにかむアリアに対し、トリシャは「ありがとう」と言葉を返す。

 他人に言われる事で、身に染みて勝利の実感が湧いてくる。トリシャの表情は自然と朗らかになるのだ。


 その時だった。トリシャの後方からパンッ、と空気中に木霊する大きな音が鳴る。

 すぐさま音のする方向を見ると、よろめくピーチハルトの姿があった。その姿と右手を大きく上げるエカテリーナから想像するに、エカテリーナに手で叩かれたようだ。


「暫く顔を見たくないわ。反省してきなさい」


「はい、かしこまりました」


 ピーチハルトは主の言いつけ通り、背中にある半透明の羽を使い森の方へ飛んでいく。

 自分の所為で主に怒られたのだと思うと、トリシャは胸が少し痛む。


「勝負は私の勝ちで良いよな?」


「ええ……」


「なら、約束通り譲ってもらおうか」


 この代理戦は、エカテリーナがルミエーラに協力を求めて提案したものだ。その勝負をルミエーラに受けさせる為に、エカテリーナが用意した見返りが純白の魔女の遺品だった。

 トリシャが勝利したという事は、その遺品というものを受け取れるという事となる。


「いいわ。ついて来て頂戴」


 そう言うとエカテリーナは、森に生えている木々よりも上に浮遊し移動を始める。

その後を付随する様に2人の従者は飛び立つ。


「ほら、行くぞ。アイリスは離れない様にトリシャを頼む」


「かしこまりました」


 ルミエーラはアイリスに声を掛けると、エカテリーナを追いかけ宙を移動し始める。アリアもそれに続き、トリシャも遅れない様にアイリスに支えられながら後を付いて行く。

 魔法道具であるフライングケープを使い、宙を移動できるようになったトリシャだが、どんなに頑張っても魔女たちの速度に付いて行けるはずもない。

 例え、魔女たちが従者に合わせて移動速度を落としているとしても、トリシャにとっては早すぎるのだ。

 アイリスに体を支えられる形で、当然の様に空中を移動する魔女たちの後を付いていくのであった。



 広大な森の一角に現れたのは、木造の赤い屋根の大きな家である。そこは、10日ばかり前に訪れた、常緑の魔女の住まいだ。

 家の前に降り立つと、そのまま家の中へと案内される。

外観のログハウスの様な出で立ちに対し、家の中はロココ調の調度品で溢れた空間だった。

 玄関横の部屋は、白い壁に覆われ、床には刺繍の施された絨毯が敷かれている。中央には装飾の施されたテーブルと椅子が並び、その上には部屋を照らす照明が天井からぶら下がっていた。

 エカテリーナとルミエーラは、部屋の中央のテーブルに向かい合う様に座る。しかし、従者たちは魔女の後ろに佇み、椅子に座ろうとしない。


「何してる? 椅子に座ったらどうだ」


 中々座ろうとしないトリシャを不思議に思うルミエーラは、椅子に座る様に促す。


「アイリスたちは?」


「私たちは気にせず、お座りになってください」


 トリシャは座るのを躊躇していたが、ゆっくりとした動作でルミエーラの隣の椅子に腰を下ろす。

 従者だけど魔人ではない。トリシャは自身の中途半端な立ち位置を、まだ把握しきれてはいないようだ。


 席に着いた後、少しの間だけ静寂に包まれる。

 常緑の魔女の従者オリビアが、紅茶を用意し終えたところで話が始まるのだ。


「結果は残念だけど、約束は約束ね。受け取って頂戴」


 エカテリーナは小さな黒い箱を取りだすと、それをルミエーラの方に差し出す。

 小さな箱を前後に開かれると、赤い大きな宝石の付いた銀色の指輪が中に入っていた。その指輪を見るや否や、ルミエーラの表情は一瞬で険しくなる。


「何故、お前がこれを持っている?」


「半年ほど前かしら? その子が私の庭に侵入してきたから捉えたの。

 その時に純白が亡くなった事を知ったわ。だから貴方を探していたのよ」


 エカテリーナはルミエーラの険相にお構いなくオリヴィアの入れた紅茶を嗜む。

 前回の事もあってか、トリシャは紅茶に口を付ける気にはなれない。ルミエーラが口を付けていたので大丈夫だとは思うが、それでも喉を通すのは憚れるのだ。


「お前がジアーナを捕えられるとは、にわかに信じがたいな」


「信じてもらわなくても結構。でも、それがここにあるのが何よりの証拠よ」


 ジアーナという呼称を聞き、その指輪が魔人である事を理解する。いままで何度か目にしてきた、魔人たちのもう一つの姿に該当するのだと。

 エカテリーナは確か、純白の魔女の遺産と言っていた。つまり指輪は、純白の魔女と呼ばれる人物の従者とみて良さそうだ。

 トリシャは自分なりに状況に対し情報の整理を行っていく。


「まぁいい、確かに品は受け取った。私は帰るとするよ」


 ルミエーラは指輪を腰に下げた小さなバッグにしまうと、立ち上がり部屋を出ようとする。


「貴方はそれでいいの?」


 トリシャも後に続いて立ち上がるろうと腰を上げるが、エカテリーナはルミエーラを引き留めようと質問を投げかける。


「良いも悪いも、私は復讐なんてするつもりはない」


 ルミエーラは足を止めると、振り返りながら返答する。


「貴方だって大切な人を失って憎くないのかしら?

 それに、漆黒に挑んだ事があるそうじゃない。貴方にも復讐心がある筈よ」


 エカテリーナは感情的になる。その場に立ち上がり、前のめり気味に机に両手を付いて訴えかけるのだ


「昔は感情的になってしまった事もあるが、もう青くないんでな。

 それに、復讐したところで亡くなった人は帰っては来んよ」


「それでも、それでも私は、お姉様の敵を討つまでは死ねないのよ。

 貴方は負けたままで悔しくは無いの?」


 勝負には負けてしまったものの、エカテリーナはルミエーラの協力を諦めてはいない様子だ。

 全身に力が入り、手元の白いテーブルクロスを握り締める。その表情からは憎悪が滲み出していたのだ。


「私の場合、お前と違って肉親という訳でも無いからな。それに、今の生活で満足しているんだ。自身の命をかけてまで仇を打とうとは思わんさ。

 すまんな、私は復讐者にはなれないんだ」


 そう言うとルミエーラは、玄関に向かって止まっていた足を進め始める。その後に続く様に、トリシャたち金色の従者も家の外へ向かう。


「私は、私は諦めないわ」


「力は貸せないが検討は祈る。それじゃあな」


 ルミエーラは部屋を出る前に振り返ると、エカテリーナの振り絞る声に答える。そして背を向けると、そのまま部屋を退出するのだった。

 最後にトリシャが振り返ると、ルミエーラの協力を得られなかった落胆からなのか、エカテリーナはテーブルに手を付いたまま顔を伏せてしまっていた。

 淡い栗色の長い髪の毛は、彼女の顔を覆ってしまっていたが、その姿からは怒りでは無く憎悪の感情が汲み取れる。

 背筋に悪寒が走ったトリシャは、急いで常緑の魔女の住処から退散するのだった。



 森の入り口に当たる開けた場所は以前、トリシャが魔法の練習を行っていた場所になる。

 迷いの森からこの場所へは、ルミエーラが予め用意していた転移魔法によって移動しきたのだった。

 緊張感から解放されたトリシャは、大きく息を吐く。これで常緑の魔女に関する一連の事柄が終わったと思えば、気が抜けるのも仕方のない事だ。


「さぁ、帰るとするか。アトラス」


 ルミエーラがネックレスを外すと、光に包まれながら目の前に飛行艇が出現する。入口にあるスロープが降りてくると、ルミエーラは飛行艇へ歩を進めるのだ。


「ねぇ」


 飛行艇の前で立ち止まると、トリシャはルミエーラに声をかける。


「どうした?」


 スロープを登り切り、入口の扉の前まで歩を進めたルミエーラは、トリシャの方に向きを変えて返事をする。


「本当にこれで良かったの?」


 トリシャは目を合わせずに質問を投げかける。

 常緑の魔女との一件はひと段落したと言えよう。しかし今後、漆黒の魔女と接触が無いとは言い切れない。

 ルミエーラがエカテリーナと手を組むことで漆黒の魔女を退けられるなら、それが一番いい様に思えたのだった。


「勝負には勝ったんだ。何に不満がある?

 心配しなくとも常緑がちょっかいをかけて来る事はないだろう」


「……漆黒の魔女の事は?」


 アイリスがいる手前、話題に出すのは躊躇われたが、どうしても気になったトリシャは、質問せずにはいられない。


「私がいるから問題ない。漆黒の標的は魔女であって、お前たちじゃ無いからな。

 それに常緑と手を組んだところで意味は無いさ。あいつは元々戦闘が得意なわけでは無いから、私の方に組むメリットが無いんだよ」


 この場合、漆黒の魔女といつ接触するか分からないという不安はあるものの、常緑の魔女と手を組んで自ら関わりに行かなくていいと捉えた方が良いのだろう。

 当初の目標である勝利を収め、漆黒の魔女をアイリスと遠ざける事には成功したのだ。ルミエーラがこの結果で納得しているなら、トリシャがこれ以上口出しする必要は無くなる。


「話はそれだけか? 他に無いならさっさと中に入れ」


 そう言うと、ルミエーラは飛行艇の中に入って行ってしまう。

 アリアはトリシャの事を気に掛けるが、主であるルミエーラを追う様に先に飛行艇内に入って行く。


「私たちも入りましょう。漆黒については、今は心配しなくとも大丈夫です」


 アイリスはトリシャの肩に手を回すと、穏やかな口調で声を掛ける。

 トリシャが無駄に考え過ぎた所為で、かえってアイリスを心配させてしまったみたいだ。


「ごめんね。気にし過ぎちゃったみたい」


「いえ、謝る必要はありません。それよりも、今日はトリシャが怪我をすることなく事が終わり、アイリスは嬉しく思います」


 漆黒の魔女を含め、魔女たちについて知りたい事はたくさんある。

 しかし、アイリスの笑顔を見ると、それらの事がどうでもよくなってくるトリシャであった。

 トリシャは笑みを見せると、アイリスの手を取り飛行艇の中へ一緒に入って行くのである。


三章はまだ続きますが、常緑の魔女との話はひと段落しました。


pixivに主人公トリシャのイメージイラストを載せました。良ければ、こちらも併せて見てください。

リンク https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=70832253

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