54話 『ツインテールとリボンの色と』
朝食を食べ終えた後、トリシャは再びクレアリスの部屋へと赴く。
何故ならば、彼女の拠点とも呼べる氷の城へ移動する為だ。
本来なら文字を勉強するべき時間なのかもしれないが、その移動方法が気になるトリシャは当然、こちらを優先する。つまり、好奇心には勝てなかったのである。
「で、どうやったら移動できるの?」
「まぁ、そう慌てるでな……慌てないで」
アイリスの視線を感じてか、クレアリスは言い直した。
この調子なら、アイリスがその場にいる限り、クレアリスの口調は自然と良くなっていく事は間違いない。
「えっと、ここのラグに描かれている転移魔法陣を使って移動する」
クレアリスは喋り方に気を付けながら説明を続ける。その所為か、いつもよりゆっくりとした口調になってしまう。
そんなクレアリスが指しているのは、1メートル四方の敷物だ。それは、床に敷かれている淡い青色の絨毯とは対照的に濃い青色をしている。
無地の生地の表面に、白い塗料で円形の模様が描かれていた。その模様がおそらく移動用の魔法陣なのだろう。
トリシャはその場にしゃがみ込むと、白い塗料に触れてみる。
敷物の質感とは異なり、ザラザラした肌触りと共に固い肌触りをかんじるのだ。その敷物にこびり付いた塗料は、簡単に落ちる事は無さそうだった。
「この魔法陣で移動出来るんだ」
「まぁ、実際移動してみればわかると思う。さぁ、上に乗ってみ……」
「み?」
クレアリスは急に言い淀む。おそらく「乗ってみろ」と言いかけて口を紡いだのだろう。
「の、乗ってみて」
改めて言い直す彼女は、少し恥ずかしそうに見える。
今まで使い慣れた口調を矯正しているのだ。少々照れが生じてしまうのも仕方の無い事なのだ。
アイリスという監視役が常に言動をチェックしている。監視役が増えては、彼女の気が休まる時は少なくなるってしまう。
なので、彼女の羞恥心を煽る行為は避けようと、トリシャは静かに胸の内で思うのだった。
下げていた腰を再び上げると、トリシャは魔法陣の描かれている敷物の上に乗る。
クレアリスとアイリスを含む3人で、魔法陣の内側に入るように位置取ると、パーソナルスペースは密接距離まで近づかなければならない。
「3人で乗ると狭く感じるね」
「複数人で使う事を想定していなかったから仕方ないではないか」
「喋り方が戻ってますよ」
言い訳をするクレアリスに、アイリスは容赦なく注意を促す。
そんな中、肩と肩が触れ合いそうな距離に、トリシャは少しだけ緊張してしまうのだ。
「近づけば問題ない」
クレアリスはトリシャとアイリスの方に向き直る。
すると、2人の腰に手を回し、抱きついてくるではないか。
その行動の所為で、クレアリスだけでなく、アイリスとの体に触れてしまう事になる。腕と腕がぶつかり、胸と胸が生地越しに触れてしまうのだ。
急なアイリスとの接触に、トリシャの心臓の鼓動は高鳴ってしまう。その触れた胸越しに、心臓の高鳴りが彼女に伝わらないか心配する。
何故なら、その高鳴りは彼女に触れたからこそ起こる事象であり、それを悟られたく無い。
それに、まるで彼女に下心抱き、それを露呈してしまう様な感覚に陥ってしまうのが何よりも危惧してしまうのだ。
「それじゃあ移動するぞ」
そんなトリシャの内情など知る由もないクレアリスの合図と共に、氷の城へ向けて移動が開始されるのであった。
辺りが白い光のカーテンに覆われる。それも束の間、目の前の光景は一新されるのだ。
先程まで居た白と青色で纏められた部屋とは違い、ピンク、薄紫、水色と、カラフルな色合いが強調される。
デフォルメされたお菓子の形をしたクッションは部屋の中で一際目を引く天蓋付きのベッドを中心に転がっていた。
久々に訪れたこの部屋は、氷の城の中にあるクレアリスの部屋で間違いない。
一瞬の出来事に、トリシャの頭は付いていくので精一杯だった。
「今の一瞬で移動したって事?」
「そうだな。転移魔法は魔力を多く使うから頻繁に移動すると少々疲れてしまうけどな」
クレアリスは大きく背伸びをすると、靴を脱いでローテーブルの近くに座る。近くにある棒付きキャンディのクッションを手に取ると、それを抱える様に持つのだった。
「クレア様は魔力の保有量が多いので影響は少ないかも知れませんが、この距離を3人同時に転移すれば普通、マナ欠乏症になりますよ」
「そうなのか?」
アイリス曰く、転移魔法は距離と人数に比例して魔力を消費するらしい。
しかも、魔法陣を起動させる人が必要な魔力を用意しなくてはならない。
魔力を多く保有するクレアリスは平然とやってのけたが、仮にアイリスが今の条件で転移するとすれば、2人同時が精一杯だという。
一度に大量の魔力を消費すると、体内のマナの量が不足してしまう。マナの量が著しく低下すると、激しい疲労感や目眩と共に生命の危機に瀕すると言う。
それがマナ欠乏症と言われるもので、ルミエーラが魔法を使い過ぎると疲労が蓄積すると言っていたのも、これを危惧しての事だろう。
トリシャは靴を脱いだ後、クレアリスの横に座ってアイリスの話を聞いた。もちろん、隣にアイリスが座るのは言うまでもない。
床に敷かれているカーペットの上に座る事になるのだが、トリシャは盛大に胡座をかきたい気持ちを抑えていた。
何故なら今現在、女の子として生活していることもあり、それに適した服装を身に着けている。
平たく言えば、スカートを履いた状態で胡座をかけば下着が見えてしまうのだ。なので、足を揃えて座るほか無いのであった。
「なぁ、アイリス。私もトリシャみたいな髪型にして欲しいんだが」
転移魔法について一通り話し終えたところで、クレアリスは話の転換をする。
トリシャは普段から日常的に髪型をツインテールにしている。
それは、食事や文字の勉強など日常のあらゆる場面で、持ち前の長い髪の毛が邪魔にならない為に始めた事だ。
といっても、自分自身で結ぼうとすれば不格好になりがちなので、毎朝アイリスに結ってもらっている。
トリシャと同じ髪型をしたいのか、はたまた単にツインテールが気に入っているだけなのかもしれない。彼女は普段、胸の辺りまで垂らした髪の毛を結ったりはしないようだ。
なので、トリシャと同じ様に髪の毛を結ったりは出来ないのだろう。
だからこそ、アイリスに髪の毛を結ってもらうよう要求しているのだ。
「女の子らしい喋り方に直せたら結ってあげますよ」
まだ、口調の矯正を始めたばかりなので、クレアリスの口調は安定していない。寧ろ気を抜くと、今まで通りの口調で話してしまうのだ。
アイリスは要所、要所で彼女の喋り方を訂正させるのだった。
「わかった」
そう言うと、クレアリスは姿勢を整える。先程まで前屈みになっていた背筋を伸ばし、アイリスを正面に捉えるのだ。
「アイリス、私もトリシャと同じ髪型にして欲しい……ダメか?」
少しの沈黙の後、アイリスの様子を伺いながら是非を問う。
「トリシャに判断をお任せします」
アイリスは笑顔を向けながら、トリシャに全てを委ねる。
当然、是非を待ち受けるクレアリスの視線はトリシャに注がれ、2人の少女に見つめられる形となってしまう。
「えっと、最後にお願いって言葉を付け足すと、可愛くなると思う」
トリシャは目の前で手を組み、首を傾ける仕草をする。
「それをすれば可愛く見えるのか?」
「加減は必要だと思うけど、多分」
大袈裟にし過ぎると媚を売っているように見受けられる。
しかし、クレアリスの様に幼さの残る可愛らしい少女に限っては例外かもしれない。可愛い子は何をしても可愛く見えるものなのだ。
トリシャが思い付きでしてみせた仕草は、自分自身でするよりも、クレアリスが行う方が適していると思っている。
だからこそ、彼女がその仕草をする様子を見てみたいと思って提案したのだった。
「私もトリシャと同じ髪型にして欲しい。お願い」
トリシャに言われた通りの仕草をするクレアリスは、まさに天使と言える程の可愛さを身に付ける。
きっとルミエーラなら。いや、ルミエーラでなくともその可愛さに魅了されるに違いない。
クレアリスの現実離れした可愛さにトリシャは思わず頬が緩むのであった。
「ふふ、確かに可愛くなりましたね」
両手を合わせて、アイリスは嬉しそうに微笑む。
「結ってくれるのか?」
「女の子らしい喋り方になっていましたよね?」
「う、うん」
クレアリスの可愛さに見とれていたトリシャは生半可な返事をする。
その透き通る青い瞳に見つめられると、ドキッとしてしまうのは必然だと言えよう。
「では鏡台の前にある椅子に腰掛けてください」
アイリスとクレアリスは、立ち上がると靴を履く。鏡台の前まで移動すると、クレアリスは椅子に座り、アイリスはその後から髪を解かしていく。
鏡台の引き出しから取り出した櫛は普段クレアリスが使っているものだろう。
その持ち主である彼女は、椅子の上で足をパタパタさせながら喜びを抑えられない様子だ。
そんな彼女たちの様子を、トリシャは座ったまま静観するのだった。
銀色に染まる髪の毛は、単なる白色では無く、かといって灰色の様に黒に侵食されてはいない。
その白とも銀とも取れる髪色は、質の良いシルクの様な質感と相まって、綺麗な色合いを醸し出していた。
「髪留めはどんなのにしますか?」
「トリシャと同じ物がいい」
「同じ物ですか……同じ物は飛行艇に取りに帰る必要があるので、似た色合いのリボンで我慢してくださいね」
トリシャが今着けている髪留めは、ローズピンクのリボンだった。
それは、服に付いているリボンの色に合わせて選択したものなのだ。
「まぁ、無いなら仕方ないな」
「また喋り方が戻っていますよ」
渋々似た色で納得するクレアリスだったが、すかさずアイリスに口調を訂正される。直せと言う方は簡単なのだが、慣れ親しんだ喋り方が、そう簡単に治るわけが無い。
暫く2人の様子を見ながら待っていると、クレアリスは望み通りトリシャ同じ髪型となるのだ。
左右均等に耳の上で作られた結び目はトリシャのリボンより若干濃いピンク色のリボンで結ばれている。
その髪型にご満悦の彼女は、何度も目の前の鏡で、自分の姿を確認するのだった。
「トリシャ、可愛くなったか?」
無邪気に笑う彼女は、靴を脱ぎ捨てると、勢いそのままにトリシャの元へ向かう。
それをトリシャは、若干後ろに仰け反りながら受け止める。
「可愛くなったよ。僕よりクレアリスの方が似合ってる気がする」
通常胸まで伸びる髪の毛も、耳より高い位置で結んだこともあり、毛先は肩に僅かに触れる位置まで移動していた。
それでも、あどけない彼女の容姿にあった髪型だと言える。
「トリシャも似合っているぞ。私はトリシャを見て真似ているだけだからな」
クレアリスの今日の服装は、トリシャを参考にしたものだ。
毎朝、朝食前に着替えを済ませるトリシャと違って、彼女は朝食後に着替えをする。なので、その時のトリシャの服装を見て、近い色合いの服を選んでいるのだった。
今日のトリシャは淡いラベンダー色のジャンパースカートをはいている。クレアリスもそれに合わせて、少し青味は強いが、ラベンダー色のワンピースに身を包んでいるのだ。
「私はどちらも凄く似合っていると思います」
アイリスはクレアリスが脱ぎ捨てた靴を拾うと、それを丁寧に揃える。
そして、自身も靴を脱ぐと、ローテーブルの近くに腰を下ろすのだ。
「服装だけじゃなく喋り方も真似してもらわないとね」
「うー、わかっている」
トリシャに指摘されて項垂れる。しかし、それでも終始、彼女は嬉しそうな表情を浮かべていた。
それは、トリシャと一緒に居る事が楽しいからであり、服装や髪型を真似るのもトリシャを慕っているからこそである。
トリシャと一緒に過ごす事は、飛行艇での生活に付いてきた理由の一つとも言えるだろう。
「そう言えば忘れていたが、クラリスの様子を見てくる。隣の部屋から好きなお菓子とジュースを選んで待っていてくれ」
急に用事を思い出したクレアリスは立ち上がると、靴を履き始める。そして、部屋の外へ出ると、クラリーチェの元へ向かう。
「当分は直りそうにありませんね」
アイリスが指しているのは、クレアリスの口調についてだ。トリシャも不本意ながら彼女の手本となっているのだが、実際は女の子らしい喋り方で話している訳では無い。
常に意識を割いていないと、口調を変える事は難しいのである。
軽い気持ちで喋り方の矯正を促したが、予想以上に長い道のりになりそうだ。
「何か食べられますか?」
「アイスでも食べようかな」
この地では感じられない暑さだが、現在の季節はまだ夏なのだ。
体を冷やす為ではなく、季節感を味わう為に、トリシャはアイスを所望する。
座ったまま靴を履いた後、その場で立ち上がる。そして、アイリスと共にアイスを含むお菓子が置いてある隣の部屋に赴くのであった。




