55話 『光量の調節と』
今日も今日とて晴天なり。そう胸の内で呟くトリシャは、澄み渡る晴れ晴れとした空を見上げている。
午後からは魔法の習得に勤しむ為に、森の入口付近に広がる緑豊かな地に降り立ったのだ。その開けた地には、トリシャの他にアイリスとクラリーチェが居る。
ルミエーラは仕事があると言い、トリシャたち下ろすと、飛行艇でどこかへ飛んでいってしまった。
「何で私が貴方たちの手伝いをする事になっているのかしら」
クラリーチェは、右手で左腕を掴む姿勢を取り、不機嫌そうな面持ちをしている。
何故、彼女がこの場所に居るのかと言うと、前日に話していた事が関係していた。
それは、アイリスに魔法を教えてもらう為に、彼女にアイリスの代わりを担当してもらうという事だ。
ルミエーラは手間が省けるからと、上記の提案を了承する。
昨夜、彼女の主であるクレアリスにこの話をすると、快く了承してくれたのだ。
その話を主から直々に聞いたにも関わらず、当の本人が快く思っていない様子が見受けられる。
「たまには城の外へ出るのも良いとは思いませんか?」
そう言うアイリスの声は、普段より晴れやかに聞こえる。
そんな彼女に魔法を教えてもらうには、まずはクラリーチェの説得から始めなくてはならない様子だ。
「良いも悪いも、外に興味なんてないわ」
自身のいない所で決定した事に釈然としないのか、クラリーチェは浮かない顔付きをしている様に見える。
「クラリスって読んでもいいかな?」
彼女の主であるクレアリスからは、クラリスと読んでいいとのお達しだ。
しかし、直接会話をした事など無いに等しい彼女の事を、いきなり愛称で呼ぶというのは、どうしても憚られる。
そう感じたトリシャは、真っ先に本人に聞いてみる事にしたのだ。
「好きに呼んで頂戴」
「じゃあ、クラリスって呼ぶね。クラリスが手伝いを嫌って言うのなら、無理にお願いしないよ」
自身が魔法を教えてもらう為に、彼女に手伝いを無理強いしようとは思わない。隣に居るアイリスならまだしも、目の前に居る彼女とは親密ではないのだ。
アイリスに障壁とやらを張ってもらうとなると、魔法の指導をしてくれる者は居なくなる。
1人で出来る事など、既に教えてもらった魔法の復習くらいしか無いのだが、それも仕方のないことなのだろう。
「嫌だなんて言ってないわ。私が貴方たちの手伝いをする事になった経緯を知りたいだけ」
どうやら、トリシャの考えは勘違いだったみたいだ。
おそらく、クレアリスから何の説明もされないままこの場所まで連れてこられたのだろう。
トリシャにアイリスが魔法を教える為にクラリスの手伝いがいる旨を彼女に伝える。
「仕方ないわ。不本意だけど手伝ってあげる」
アイリスから一通り経緯を聞いたクラリスは、手伝いを引き受けてくれるみたいだ。
障壁を張る為に森の入口に向かおうと1歩踏み出したところで、彼女はトリシャの方に体の向きを変える。
「勘違いしないで。気が進まないってだけで、嫌って訳じゃないから」
それは、不本意という言葉に対しての言い訳のように聞こえる。
言い訳のように聞こえるのは、トリシャが彼女に無理強いをしたくないという旨を主張していたからだろう。
その言葉は、トリシャが自責の念に駆られないようにする為の配慮なのかもしれない。
「手伝ってくれてありがとう」
そんな気遣いを受け取ったトリシャは、笑顔で謝意を述べる。
「お礼なんて必要ないわ」
お礼に対して、クラリスは顔を背けると、そのまま森の入口まで向かって行ってしまう。
そのツンとした言動は、トリシャには照れ隠しの様に見えてしまうのだ。
「あんな言い方をしていますが、不満がある訳では無いので気にしないでください。あと、クラリスと仲良くして頂けるとアイリスは嬉しく思います」
彼女が離れた後で、アイリスは小さな声で耳打ちをする。それに対してトリシャは、心配ないよと答えるのであった。
視界の端でクラリスを捉えながら、トリシャはアイリスと向き合う。
アイリスと外で実質2人きりになるのは初めてになる。
魔法のマントで空を飛ぶ練習をした事もあるのだが、その時いた場所は氷の城の庭だ。それは、城の敷地内ということもあり、今回の様な外出とは少し違う。
それを言い出すと、遠くにだがクレアリスがいる時点で2人きりでは無い。
しかし、魔法を教えてもらおうと向き合っているこの距離感は2人きりの空間だといえよう。
「光属性の魔法は、一般的には難しいと言われています。
扱うには生まれ持った資質が必要ですし、資質があっても扱えない場合もあります。この辺りが難しいと言われる所以ですね」
アイリスはまず初めに、光属性について説明する。火、風、水、土属性とは違い、光と闇の2つの属性の扱いは難しいと言う。
特に光属性は、神に選ばれた者だけが扱う事を許されると言われる程、扱える人物は少ないらしい。
「まずは光魔法を使用する所から始めましょうか」
アイリスは手の平に魔法陣を描いてみせる。そして、宙に浮かぶ円形の模様から、周囲を照らす光点が出現するのだ。
その光は淡く、頭上で輝く太陽みたいに強い光を発してはいない。
「この魔法は?」
「ライトと呼ばれる光属性の基本となる魔法です。ただ、暗い場所を照らす事しか出来ません」
手の平大の小さな光点は、懐中電灯と言うより手持ちのランタンの様に円形に光を放っている。
良く観察すると、光点と手の平の間に位置する魔法陣には、魔法式と呼ばれる呪文の様な文字が書かれていない。
「この魔法の魔法式って無いの?」
「はい。全ての光魔法の基礎となる魔法ですから、魔法式は必要ありません」
白く色づく魔法陣は、中央にこれまでの風属性と違った形状の模様を要していた。その中心から八方に伸びる形をした模様が、光属性を表す記号や印になるのだろう。
トリシャは右の手の平を上に向けると、アイリスと同様の魔方陣を描いてみる事にした。
外周の円を描いた後、彩る様に模様を付け足していく。魔法式が無い分、描く事自体はこれまでの魔法陣よりも簡単に出来るのだ。
意識を集中させ、光魔法ライトを発動させてみる。
手の平大の光点が出現すると、周囲を明るく照らす。その眩い光は、アイリスの扱う魔法よりも強かった。
距離が近い所為か、頭上に臨む太陽よりも眩いて見える。その強すぎる光に、トリシャは一瞬で魔法を解いてしまうのであった。
「うわっ、眩しっ。なにこれ?」
「すみません。言うのが遅れましたが、光量を調節する必要があります」
申し訳なさそうに謝意を述べるアイリスも、光魔法ライトを解いていた。
彼女の話を聞くに、トリシャがアイリスより上手く扱えたから強く発光したのではなく、その逆で上手く扱えないから照らし過ぎただけという事になる。
光を直接見てしまった為か、視界の中心に黒い点の様な物が纏わりつく。視界の中心に居座る謎の黒い点によって、トリシャはアイリスを上手く見る事が出来なくなってしまう。
「ちょっと目がやられたみたい」
「大丈夫ですか?」
眼を擦っても黒い点は取れそうにない。視界が安定するまでは時間を要する事になりそうだ。
トリシャがそう思っていると、眼を擦っていた左手を下ろす瞬間、手の甲に柔らかい感触が触れる。
触れた先にある物の弾力によって、手首がその場で2度弾む。急な感触に、トリシャは手の甲で触れたまま動きを止めてしまうのだ。
「魔法で受けた光なので視力に影響はないとは思いますが、あまり目を擦らない方が良いですよ」
アイリスの声からは心配している様子が伺えると同時に、その声が明らかに近い距離から発せられているのが分かる。
心配性な彼女が傍に寄ってきたのだろう。
という事はつまり、今この手の甲に触れているのは、アイリスの体の何処かと考えるのが妥当である。
「アイリスさん」
「はい?」
「この手に触れているのって……」
「私の胸になりますけど、どうかされましたか?」
答えを聞き、トリシャは慌てて左手を頭の上まで退避させる。
わざとじゃ無いにしろ、彼女の胸に触れてしまったのだ。知らなかったでは済まされないだろう。
服越しとはいえ、十数秒間触れてしまっていた。考えれば考える程、彼女の胸の膨らみの感触を思い出してしまう。
「え、あっと、ごめん」
「あ、触れた後も手を置いていたのはわざとじゃなかったんですね」
「ち、違うよ」
トリシャは故意でない事を慌てて訂正する。未だに視界の中心部分に残る黒い点によって、彼女の表情を見る事が叶わない。
動揺も合わさり距離感を掴めない為、トリシャは左手を頭上に上げたまま身動きが取れなくなってしまう。
数分間、左手を上げたままでいると、さすがに疲れる。
視界を塞いでいた点が無くなると、ようやくアイリスを見る事が叶うのだ。
「目の調子が戻られましたら魔法の練習に戻りましょうか」
そう言う彼女の表情は、先程の事など何も気には留めてない様子をしている。彼女が怒りを抱えていない事を知ると、トリシャはホッと胸を撫で下ろした。
アイリスが今まで怒った事は見た事が無い。
ルミエーラとクレアリスを仲直りさせようとした時、トリシャはルミエーラと口論になった。その時アイリスは、主であるルミエーラと対峙する事となったのだが、それは怒りという感情ではなく、主とトリシャの口論の仲裁に入っただけである。
そんな彼女が感情に任せて憤怒する事があるのかと、ひそかに気になるトリシャであった。
視界の戻ったトリシャは、魔法の練習を再開させる。
課題は一つ。光魔法ライトの光量の調節を行う事だ。
「どうやったら調節できるの?」
先程盛大に失敗したトリシャは、魔法の発動に慎重になっていた。
だからこそ、再度魔法を発動させる前にコツを聞いておく事にしたのだ。
「初めは難しいかもしれませんが、使用するマナの量を減らせば光が弱く、量を増やせば光が強くなります」
トリシャは魔法を扱う上でマナの量など気にしたことが無かった。気にする事と言えば、魔法陣を描く為にマナを手の平に集める事くらいだ。
これからは、扱うマナの量も意識する必要がある。
まずは半分の量に調節してみようと、トリシャは再び魔法を発動させてみるのだ。
光源の塊は、手の平の上で球体の形を成している。輪郭線など無いそれは、ただ単に球体に見えるだけなのだが、その光量は前回より弱く輝いていた。
と言ってもアイリスが見せたものよりも、まだまだ明るい。
しかし、光量の調節自体には成功したと言えるだろう。
「上手く調節できましたね」
アイリスは両手を目の前で合わせながらにこやかな表情を見せる。
「まだちょっと眩しいけど、目に負担はかからないかな」
「この調子でマナの量の調節と魔法を持続させる練習をしましょうか」
トリシャが今まで覚えた魔法は、瞬間的に発動させるものが多い。持続時間が長い魔法は、防御魔法くらいしか覚えていないのだ。
トリシャは光魔法ライトを通じて、魔法を持続させる事と、マナの量の調節を同時に習得していく事となる。




