6話 『下着姿の少女と』
頬を赤く染め、羞恥に染まる瞳で見上げてくる。トリシャの目前に佇むのは、猫耳を頭から生やした下着姿の少女だった。
衣服の間から望む少女の肌は、まるで陶器の様に美しく艶めいて見える。瞳の奥に羞恥を覗かす少女であったが、それ以上にトリシャの方が羞恥心を抱いていた。
「な、何で脱いでるの?」
少女のあられもない姿に、トリシャは直視することができない。
何がわかったのか問いただしたい。何をどう考えたら、試着室で少女2人が下着姿になるのだろうか。
「恥ずかしいと仰っていたので、私も同じ恰好をしたら気にならないと思いまして」
気にならないわけがない。ただでさえ好意を寄せている女の子に密室で下着姿になられるのだ。
直視することはおろか、顔を見ることだってできなくなってしまう。
「余計に恥ずかしいよ。」
「私も恥ずかしいのでお相子ということにしてください」
突然脱ぎ始めるものだから羞恥心が無いものだと思っていたけれど、どうやら魔人にも羞恥心があるのだとこの時知る。
直視しなければ平気だと、気持ちを切り替え流れに身を任せることにした。
少女と向かい合っていたら目のやり場に困るので背中を向ける。入浴後に着替えを手伝ってもらった時のように、背中越しに着替えを手伝ってもらう方法を取るのだ。
肌と肌が触れ合うたびに心臓の鼓動が速くなり、この場の雰囲気と合わせ頭がおかしくなりそうだ。
「どうですか? 私はお似合いだと思うのですが……」
着替え終わると、試着室の内側にある鏡を見る。
先ほどまで着ていた服と似たような系統の服だが、よく見れば色合いや細部のデザインが異なるものだった。
ブラウスの襟はリボンになっており淡い藤色をしている。紺青色のワンピースとの色合いもよく、アリアに服選びを任せて正解だと思った。
アリアが着ても似合いそうな服装で、この服のデザインは彼女好みなのだろう。
「良いと思うよ。けどフリルとか多すぎない? 僕には可愛すぎる服装だと思うんだけど……」
アリアの選んだワンピースには、腰のあたりにリボン、裾にはフリルがあしらわれていた。
先ほどまで似たような服を着ていたのだが、試着室にある鏡で自身の姿を改めて見てみると、まだ気恥ずかしさが残ってしまう。
「お似合いです。サイズは合っていますか?」
「うん、丁度いいよ。ありがとう」
自分からお願いしといて、恥ずかしいという理由だけで善意による提案を却下するようなことはしない。
アリアに頼んだ以上、たとえ恥ずかしさを感じても、この服を着て生活をするしかないのである。
「では、次の服を試着しましょうか」
「え? もしかして全部着るの?」
「もちろんです」
この後トリシャは、屈託のない表情を浮かべるアリアの着せ替え人形となる。試着する服は、合計10着以上にも上り、それを彼女の手で脱ぎ着させられる羽目になるのだった。
途中からは諦めにも近い感覚で、トリシャは成り行きに身を委ねていく。
普段着として選ばれたのは、先ほどのように生地の厚いフリルやレースがあしらわれた服を中心に選ばれていた。
ワンピースの様に上下が繋がっているものから、スカートやブラウスまで、リボンやフリルが全てにあしらわれているのだ。
トリシャが部屋着にと希望を出していた物については、ネグリジェのような薄い生地のワンピースが選ばれていた。
それこそ初日に着ることとなった、白いワンピースに似たような服装に見える。
スカートやワンピースばかりというのはいくら何でも落ち着かない。なので、部屋着くらいはと、ズボンに近いキュロットを選ぶことにした。
どちらにしろ、フリルやリボンは付くことになるのだけれども、それでもスカートやワンピースより幾分かマシに思えるのだ。
ベッドで寝転がるときに裾から下着が見えるのを気にしたくないので、一見スカートに見えなくもないが、この際その辺は目を瞑ることにした。
部屋着として着用するつもりなので誰かに見られる心配は少ないのだが、自室だからこそ落ち着く格好というものがしたいトリシャは、少々の拘りをみせる。
これほど大量に服を購入するとなると、金銭的に大丈夫なのかと心配になる。飛行艇を所有する魔女の経済力が如何ほどの物か知りえないが、それでも他人に物を買ってもらうとなると心配せずにはいられない。
しかし、アリアに言わせれば、それは杞憂だと言うのである。服の購入も本人が提案した事なので、トリシャがわざわざ拒否する必要は感じられない。
そればかりか、遠慮をし過ぎると全裸で過ごせとも言われかねないので、トリシャは好意を素直に受け取ることにするのだ
「服の試着は以上になります。続いて下着の試着をしましょうか」
自然な流れに身を委ねそうになるが、下着の試着ということは、この場で衣類を全部脱げと言いたいのだろうか?
そんなことを許せば羞恥に押しつぶされてしまう。
「ちょっと待って! これも脱ぐの?」
「もちろんです。でないと試着できませんよ?」
下着姿でも恥ずかしいのに、最後の砦である下着まで奪われてしまうとなると、拒否感を示さずにはいられない。
先ほど下着姿になったアリアも、その姿を恥ずかしいと言っていたのに、それ以上衣類を脱ぐなんて無理に決まっている。
既に一度、裸を見られているのかもしれないが、それでも羞恥心が消える事は無いのだ。
「脱ぐのは上だけですから。どうしても恥ずかしいと言うなら、私も脱いだ方が宜しいでしょうか?」
目の前にいる下着姿の少女は、頬を赤らめながらとんでもない発言をする。
女の子になった自身の体を少女に見られるだけでも恥ずかしいのに、少女の裸体が目に入るとなると、とても正気では居られそうにない。
それが例え上半身だけとはいえど、少女の裸を見てしまうのは、倫理的に問題があると言わざるを得ない。
いくら自身の見た目が少女の姿になっているとはいえ、良心がそれを許さないだろう。
「脱がなくていいから、脱ぐのは僕だけでいいから!」
焦ったトリシャは、背中のホックに手をかけようとするアリアの動きを止めた。
動きを止める為に少女の手に触れてしまうと、二人の距離が一層近づく事となる。そして、少女の顔が目の前に来る事で、更に緊張感が増していくのだ。
すると、アリアは自身の背中に回していた腕を、トリシャの両脇から後ろに伸ばす。そのままその手でホックを外すと、トリシャが身に着けている下着を徐に取り除いてしまうのだ。
「み、見るのはダメだからね……」
下着姿の少女に密着された事で、トリシャに抵抗する余裕が有るはずがない。ブラジャーを奪われたトリシャは、自身の胸を手で覆うことしかできないのである。
「恥ずかしいから後ろからにして」
恥じらいを必死に堪え、少女に背中を向ける。アリアは取り除いた下着を足元にある籠に丁寧に置くと、新たな下着をトリシャの胸に宛がうのだ。
今朝同様、肌や胸に触れられながら下着の試着をしていく。羞恥でいっぱいになったトリシャは身動きを取ることができなかった。
試着室という狭い空間は、来た時よりも温度が上がっている様な気がする。それは、室内だけでなく、顔や体を含む全身の体温が上昇しているのが実感できた。
下着の試着を何度か繰り返していくのだが、幾度となく少女の手が肌に触れる度に緊張してしまうのである。
胸部に直接手が触れるのは、形を整えるためだとわかっていても、動悸が収まる事は無い。
前方に張り出た部分は、そこに手が触れられる度に、自身の体の変化を強く意識してしまう。
サイズの確認しながら何度か試着を繰り返すと、ようやく羞恥に満ちた空間から解放される。
試着室を出るとアリアが会計を済ませてくれるのだが、それを待つ間も動悸が収まる事は無い。トリシャは早く脈打つ鼓動を落ち着かす様に深呼吸を繰り返していく。
会計が終わると、アリアは大量の荷物を下げる。それは、今しがた購入した衣類であった。
ようやく落ち着きを取り戻してきたトリシャは店を出ると、外で待っていたルミエーラと合流するのであった。
「2人でいちゃつきよって。私抜きで寂しいぞ」
ルミエーラは店から出てきた2人に向かって茶化すように言う。
店の入り口からでも店内は見えるのだ。恐らく、2人で試着室に入る所を見られていたのだろう。
「いちゃついてません」
まだ頬を染めたままのトリシャは目を合わせることなく、ぶっきらぼうに言い放つ。表情を見られ、内心を詮索されるのは好ましくない。
彼女にからかわれない為も、必死に体裁を保とうとするトリシャであった。
一緒に店の外に出てきたアリアは、買った品物を魔法鞄の中へと入れる。服を入れる袋を小分けにしてもらったみたいで、一つずつ丁寧に収納していく。
「私とも、もっと仲良くしてくれてもいいものを」
この人の目的がわからない。魂の召喚や生体人形がどれほど高度な物かは知らない。知らないが、そんな大掛かりなことをしているにも拘らず何かを要求してくることもなければ強要もしてこない。
契約によって従者にしたのだから無理やりにでも言う事を聞かせる事も出来るはずだ。
それこそ最初の口付けの様に有無を言わさない事も可能だと――
「僕はまだ許したわけではないです」
「根に持つなー。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「可愛くなくて結構です」
まだ会って2日目だが、日ごろの行いが悪いからだと言いたい。
これからの行い次第では許してもいいと甘い考えが頭にちらつく。突き放すような態度を取ってしまうが態度に出ているほど、この人の事を嫌ってはいないのだろう。
「丹精込めて綺麗な顔に仕上げたんだ。口調や仕草も、もう少し愛嬌を意識してくれても良いんだがなー」
「作ってほしいなんてお願いしてないです。アリアを見習えとでも言いたいんですか?」
僕の知る限りアリアの仕草や表情は危険なほどに魅力にあふれていると思う。あの仕草や表情で迫られたら簡単に陥落してしまう事だろう。
しかし、真似をしたところで自分がすれば、ぶりっ子の様になってしまうのがオチだ。
ああいうのは向き不向きが存在するのだ。下手にまねをすると可愛さどころか不快感を与えてしまうことだろう。
「そうだなー、それもいいかもしれん。もう少しアリアを見習って、愛嬌を身に着けて欲しいものだ」
「考えておきます」
「そうかそうか。良い答えを楽しみにしている」
その言葉を聞き、どこまでもポジティブな人だと感じた。考えておきますは間接的に否定しているのと同じなのだから。
ネガティブになりがちなトリシャはこういう面だけは見習った方が楽に生きられそうだと考えるのであった。
「さて、そろそろ昼時だ。買い物に時間が掛かったことだし、外食するとしよう」
ルミエーラは話を転換すると、徐に歩き始めるのだ。後に続くトリシャは、ふと斜め後ろを振り返る。
アリアと目が合うと、少女はにっこりと笑う。その表情を見て愛嬌に溢れた女の子だと改めて感じる。
トリシャは猫耳を付けた少女に向けて自然と笑みが零れていた。




