7話 『角砂糖の個数と』
白い石垣模様の壁は温かみのある照明の光を受け黄金色に染まっている。
店内の家具や調度品は赤や黄色、茶色のような暖色の物が多く、店全体から温かみのある雰囲気を感じることができた。
トリシャたち一行は、飲食店まで赴いていた。店内入ると、白いシャツに赤いスカート、白い前掛けを身に着けた店員に席まで案内される。
通された席には長方形のテーブルに、朱色のテーブルクロスが掛けられていた。その席には椅子が4脚あり、ルミエーラはその一つである四角い背もたれの椅子に腰かけた。
トリシャは彼女の隣になるのを避け、対面に腰かけようとした。その時、アリアが隣に寄ってきたので、トリシャは奥の席に腰を下ろす事となる。
壁際の椅子に腰かけたトリシャの隣の席には、アリアが遠慮がちに椅子に座るのだった。
席に着くと、注文する料理を選んでいく事となるのだが、メニューが書いてあるだろう書物には見たこともない文字が書かれていた。
ルミエーラが好きなものを頼んでいいぞと見せてくれたはいいが当然、トリシャに文字が読める筈が無いのである。
何が書かれているのか微塵も読む事の出来ないトリシャは、メニュー選びを彼女に全て任せるしかない。
「字が読めないのは困るなー。空いた時間にでもアリアかアイリスに付かせるから文字を習うといい」
こちらとしても文字が読めないのは困る。今後を考えると覚えるに越したことは無いのだ。
文字を読めないのは不便を生じる可能性があるので、トリシャはこの気遣いをありがたく受けることにした。
「たまには外食をするのも悪くはないな。普段は買い物に時間がかかる事が少ないから外食する機会も少ないんだ」
店員に注文を済ませると、ルミエーラは話を始める。彼女の対面に座るトリシャは、先に出された水をちびちび飲みながら様子を伺うのだ。
「服を買ったり外に連れ出したり、何がしたいんですか?」
従者だと宣告されたにも係わらず、行った事といえば食事に入浴に買い物である。そろそろ何を目的に魂の召喚とやらを行ったのか問いただしたい所だ。
「そう警戒することはない。今日はトリシャが増えた分の食料や日用品、生活に必要そうな物を調達に来ただけだ。服も多くは持っていないんでな。どうせ着るんだ。買うに越したことはないだろう」
警戒心を露呈するトリシャは、ルミエーラが何か企んでないか詮索する。しかし、無意識に敵意をむき出しにしていた所為か、それを彼女に気づかれてしまうのだった。
そんなトリシャの隣に腰かけたアリアは不安げに2人の顔色を窺っていた。
「服は良いものが買えたか?」
「はい、おかげさまで」
「雑談する時くらいはその表情をやめて欲しいものだね」
ルミエーラと会話をする時、トリシャは終始仏頂面をする。そろそろ機嫌を治しても良い頃だと考えるルミエーラは、トリシャの態度を好ましく思わない。
「昨日や今朝みたいなことをしないのなら考えます」
「そんな顔してるとアリアが悲しむぞ」
ルミエーラに言われアリアの方を向くと、不安げな表情でこちらを見ていた。真横で無垢な瞳で見続けられると、こちらに非がある様に錯覚してくる。
ルミエーラはともかく、アリアとは仲良くしていきたい。ここら辺が潮時なのだろう。彼女にされた事を許せるわけではない。
だけれども、そろそろ水に流すまではいかないにしろ、友好的に接しても良いのではないかと思い始める。
「わかりました。アリアの顔に免じて、態度を改めてあげます」
「お、丁度料理も運ばれてきたことだし、ここらで一旦食事にしよう」
トリシャがそう言ったところで、お店の従業員によって料理が運ばれてくる。
運ばれてきた料理は見たことのない料理が多く、昨日今日で食べた食事とも違う種類の料理に見える。
目の前に置かれたパンの様な品を手に取ると一口かじってみると、パイ生地のようにサックとした触感と共に中から熱々の肉汁があふれ出してくる。中にはチーズとミンチ状の肉が詰まっておりミートパイに似ていると感じた。
「これ美味しいけど何のお肉だろう?」
「羊だよ。食べたことないのか?」
「うん」
羊といえばラム肉やジンギスカンが思い出される。微かな記憶を辿っても食べた記憶がない。
そういった記憶は出てくるのに、自身についての記憶だけが、すっぽりと抜け落ちている。その事に疑念を抱くも、この違和感を取り除くことはできなかった。
料理はその他にもパプリカに肉詰めした料理や、小籠包のように穀粉でできた生地に肉が包まれた料理、辛味の効いた串焼きに豆を越したような味わいのスープなどがあった。
どれも食べたことのない味がして新鮮な気持ちを覚える。
最初は料理に手を付けなかったアリアも、ルミエーラに促され一緒に楽しい食卓を共有するのだった。
「食後にコーヒーか紅茶はいるか?」
料理を食べ終わった頃、ルミエーラは質問をする。
先ほど食べた辛味のある串焼きもそうだが、辛いや苦いと言った味覚はどうも苦手みたいだ。一口食べるだけで噎せてしまう刺激は、好きになれない味覚のである。
「紅茶にしようかな」
「私はコーヒーにするとして、アリアはトリシャと同じ紅茶でいいな?」
ルミエーラに問いかけられると、アリアは頷く。僕といるときは表情豊かに見えるアリアも、ルミエーラの前ではおとなしい。
2人きりの時だと、どのような会話をしていたのか密かに気になるトリシャであった。
店員に注文し、しばらく待つと紅茶が2杯とコーヒーが1杯運ばれてきた。
テーブルに置かれたお皿の上に、ティーカップとスプーンが乗せられる。取手を持つと息を吹きかけ、熱を冷ましながら啜ってみる。
苦い。砂糖が入っていないのか紅茶は苦く感じる。
苦みを想定していなかったトリシャは、思わず舌を引っ込めるのであった。
机の端にある調味料入れを探ると、角砂糖の入った容器を見つける。徐に角砂糖を掴むと、落とさないようにして3つの塊を紅茶の中へ投入するのだ。
「はは、味覚はおこちゃまだなぁ。砂糖を3個も入れる奴は初めて見たぞ」
トリシャの動きを観察していたルミエーラは、角砂糖を次々に入れいく姿を見て、思わず笑ってしまうのだ。
そんな彼女は、容器を高々と持ち上げ、コーヒーをブラックで飲んでいるのだ。
味覚が子供だと言われようが苦いものは苦いのだ。我慢して飲むくらいなら周囲の声など無視をして、甘々に味を調えた紅茶を啜る方がいくらかましである。
角砂糖を溶かすために小さな匙を使って、トリシャは紅茶をかき混ぜていく。
「アリアも何か言ってやれ」
「えっと、微笑ましいですね」
ルミエーラに焚きつけられたアリアは、トリシャの方を向くと屈託のない笑顔をこちらに向ける。
「もう、アリアまで……」
3個の角砂糖によって甘くなった紅茶を手に、肩を竦めながら容器に口を付けていく。甘味のある味わいが口内に広がりを見せる。
そんな甘味に落ち着いてしまうのは、やはり味覚が子供だからだろう。
「そう言えば、お風呂に入った時になるが、珍しくアリアが体を流しに来なかったな。2人で何かしていたのか?」
嘲笑を浮かべながら問われる。痛いところを付かれたトリシャは、返答に困ってしまう。
この人は入浴の際、普段ならアリアに背中を流してもらっていたということなのだろうか?
だからこそ人の入浴中に入るという暴挙を成しえるのだと妙に納得してしまう。そうでも考えないと、彼女の行動を理解する事が出来ないからである。
それはいいとして、彼女が一人で入浴している間、アリアに着替えを手伝ってもらっていた事は可能な限り答えたくない質問だ。
どう答えるのが最善か、ティーカップの端に口を付け紅茶を啜りながら必死に考える。
「トリシャの着替えをお手伝いしていました」
危うく紅茶を吹き出しそうになった。素直というべきか、天然と言うべきか、この子は言わなくてもいいことまで報告してしまうみたいだ。
ルミエーラは彼女の主人だから当然といえば当然なのだが――
「ほう、試着室に2人で入った時の様にか?」
「概ねそのような感じかと思われます」
ルミエーラが笑みを浮かべながら何度か視線を送ってくるが黙秘だ。黙秘をしようと、トリシャは心の中で決め込むのであった。
「はぁ、妬けちゃうねぇ。ま、アリアと仲良くなってくれるのは良いことだけど、手を出すなよ」
「出さないよ!」
手を出すとはどういうことなのか、逆に問いただしたくなる。いくら中身が男とはいえ、幼気な少女を性的な目で見たりはしない。
仮にも今は少女の姿をしているのだから、万が一にもルミエーラが想像するような事は起こりえない。そう強く言いたいと思うトリシャであった。
「そんなに急いで飲まなくても、ゆっくり飲めばいいのに」
誰の所為だと思っているのか。人をいちいちからかってくるから、紅茶をゆっくり飲むことも儘ならない。
トリシャはあまりの緊張に、いつの間にか手元の容器に入っていた紅茶を飲み干してしまっていた。
「この後は街の下部にある港まで行こうと思う。そこで残りの食材や水と研究資材を買うつもりだ。何か欲しいものがあれば買ってやる。部屋に何もないのは寂しいだろう?」
ルミエーラのお財布事情は知らないが、やけに羽振りがいいように見える。
魔女というのは、この世界でどの位の地位を持っているのだろうか? 研究というのは魔人や生体人形と関係あるのか?
いろいろと聞きたい事が頭の中で膨らむが、後者には興味がわかないトリシャであった。
「そんなに買い物して大丈夫なんですか?」
現状を見る限り、従者というより居候という方がしっくりくる。ルミエーラが久々に顔を合わせた祖母の様に見えてくるのは気のせいではないだろう。
もしかして、物を与えとけば機嫌がよくなるとでも思っているのだろうか?
味覚は子供かもしれないが、そこまで子供っぽくないのだと、自身の評価が幼くみられていることに少しばかり不満を抱くトリシャであった。
「心配するな。これでもお金は余っている方でな。多少使ったところで心配する必要はないさ」
食事が必要な生体人形を造るくらいだ。それに空飛ぶ住居も所有しているのだ。普通に考えれば、彼女がお金持ちだと考えた方が無難である。
「そろそろ店を出るか。アリア、会計を頼む」
ルミエーラの合図で席を立つ。アリアが会計を済ませると、一行は再び街の中へと繰り出すのであった。




