43話 『海と砂浜と水着の少女たちと』
澄み渡る空は日差しを遮るものはなく、直接身体に降り注ぐ。太陽の光と砂浜から照り返す光とで、眩い光は二重に肌を刺激するのだ。
じっとりと汗ばむ白い肌は、気候に関する魔法を使っていない証拠である。
前日にルミエーラから予定を聞かされたトリシャたちは、夏の日差しが降り注ぐ砂浜へとやって来ていた。エメラルドグリーンに染まる海と白い砂浜の境目が、グラデーションを生む。
その美しさに魅せられたトリシャは、水平線にカメラのレンズを向けて1枚、写真を撮ってみるのだった。
「海綺麗だね。着替えたら早速泳ごう」
海にやって来る直前に水着を購入したトリシャは、その時に着替えを済ませていた。だからといって、街中を水着姿でうろつくわけにもいかないので、水着の上から服を着ているのだった。
下に水着を着ているからといて、外で服を脱ぐのは羞恥心が生まれないわけではない。トリシャが服を脱ぐのを躊躇していると、アイリスによって着ている服を脱がされる。
「ワンピース脱ぐだけだから手伝わなくても良いのに」
「躊躇われていたので必要かと思いまして」
白い肌と共に露わになったのは海よりも青味の強いビキニタイプの水着だった。上はホルターネックになっているので、肩から背中にかけて大きく露出していた。
胸元にはフリルがあしらわれている物だが、外でビキニタイプの水着を着るのは、やっぱり恥ずかしいと感じてしまうのだ。
下には短いスカートが付いている物を選んだのが、羞恥心は緩和されても完全に取れる事は無かった。
「良く似合ってますよ。そんなに恥ずかしがらなくとも大丈夫です」
「確かに似合っているな。暑いのを我慢して外に出て来た甲斐がある」
ルミエーラは近くに寄ってくると、まじまじとトリシャの水着姿を眺める。下から上まで、全体を嘗め回す様に凝視してくるのであった。
そんな彼女は、いつの間にか着替えを済ませており、黒く大人っぽい水着を着用しているのだった。
黒いビキニタイプの水着は、フリルやリボンといった特別な装飾が施されていないシンプルなものだった。それでも、彼女がそれを着用すれば、色っぽく魅力的に見えてしまう。
といっても、短いスカートと羽織を脱いだだけで、胸元や腹部に至っては普段室内で見る格好と大差ない露出度だった。
「中はこうなっているんだな」
ルミエーラはスカートの裾を掴むと、それを許可なく捲り上げる。太ももの付け根の先には、青色の逆三角形の生地が露出されるのだった。
「な、何するんですか!」
「いやー、この中が気になって。ちゃんと履いてるんだな」
「当り前じゃないですか!」
トリシャは裾を彼女の手から取り返すと、距離を取るために2歩下がるのである。
最近は何も無かったから油断していたが、隙を見せた途端に羞恥心を煽る行動に出てくる。反省の色を見せない彼女に、トリシャは睨みを効かせた。
「そんなに睨まなくても、もうしないよ」
彼女はそう言っているが油断は出来ない。隙を見せれば、また同じ行動を起こすと思ったからだ。
トリシャは距離を置いたまま、警戒心を緩める事をしない。
「アイリスもアリアも着替えろよ」
「そうですね」
ルミエーラに促されたアイリスはその場で服を脱ぎ始める。紺色のスカートを足元に下ろしブラウスがはだけると、肌よりも白い水着が姿を現すのであった。
純白の水着は胸元に淡いピンクのリボンが付けられている。下はトリシャと同じように丈の短いスカートを纏っているが、レースの様に透けている生地の内側から、V字ラインが顔を覗かしている。
その薄っすらと見えるとう状態が、スカートを身に着けていない時よりも、かえって艶めかしく見えてしまうから不思議である。
「あれ? アリアは服着ているんだ」
「いえ、この上着も水着とセットで売っていた物です」
アイリスばかりに気を取られている間に、アリアは水着への着替えを済ませてしまっていた。
水着の上から紺色のノースリーブの上着を羽織っていて、淡い水色のスカートを履いている。上着の隙間から、スカートと同じ淡い水色と白のボーダー柄の肩紐が見切れていた。
「アリアも人前で肌を見せるの抵抗あるの?」
「そういうわけではないのですが、恥ずかしというのは同じですね」
「僕も上着あるタイプにすれば良かったかな」
トリシャはそう言いながらアリアの水着姿を眺めるのだった。布の面積だけ見れば、就寝時に着ているワンピースと大差ないように思える。
何より、お腹が隠れているということは、羞恥心を少しでも軽減したいと思っているトリシャにとって大きな意味を持っていた。
「トリシャは着る必要ないだろ」
「何でですか?」
「アリアはビーストを模した魔人だ。ビーストにとって尻尾の付け根を見られるのは裸と同じくらい恥ずかしいんだから上着がいるに決まっているだろう」
アリアの気持ちを代弁する様にルミエーラは説明する。
トリシャはビーストという言葉を一度耳にした事があった。それは、街中で迷子になっていた幼い女の子、ウェルシュと遭遇した時の事だった。
あの時、アイリスはウェルシュの事をウルフビーストと言っていた。そして、彼女は街中では耳や尻尾を隠す服飾品を身に着けると言っていた事を思い出す。
アリアは外出時も耳や尻尾を隠そうとはしない。魔人だから気にしていないとばかり思っていたが、それとこれとは別らしい。
耳を触られるのも恥ずかしがるアリアが、尻尾の付け根を見られるのを嫌がるのは自然な事に思える。何より、ルミエーラが説明したように、ビーストという動物の特徴を持って生まれた種族特有の感情いう事だと理解するトリシャであった。
「アリアも魔法の髪飾りで尻尾を隠したら気にならないんじゃないの?」
「私は魔人ですので、そこまでする必要はありません。それに、尻尾を見えなくしたところで、付け根を見られる事が恥ずかしい事に変わりがありませんので」
アリアの口振りから察するに、付け根を露出すること自体に抵抗が生じるのだ。例え魔法で尻尾を見えなくしたところで、羞恥心が消えないのだ。
こういうのは、本人が気にするかしないかが問題なので、これ以上口を挟むだけお節介なのである。
「アリスの水着姿も良いな。可愛いぞ」
後ろでルミエーラが歓喜の声を上げる。その理由は、彼女の前にクレアリスが水着姿で現れたからだと言えよう。
彼女の水着はティアードトップスになっていて、胸元を洗い紫と白いフリルが重なる様に装飾されている。
ボトムはトリシャたちみたいなスカートでは無く、腰回りを一周するように淡い紫色のフリルであしらわれていた。
「あ、ありがと……」
ルミエーラに褒められたクレアリスは、恥ずかしさと嬉しさが混ざった表情でお礼を言うのだった。
鍔の広い麦わら帽子を被った彼女を見れば、ただの幼い少女に見える。傍から見れば、誰も彼女が魔人を従えた魔女だとは思わないだろう。
「いやー、こんな良い物が見れるならば来た甲斐があったというものだ」
普段見せない満面の笑みを浮かべて、ルミエーラは数分前に自身が言った事と同じ事を再び声に出すのだった。
日に1回、食堂でクレアリスと顔を合わせる時は、淡白なやり取りしか交わさない。それどころか、彼女がこれほどに嬉しそうな笑顔を見せるのは初めてだった。
その笑顔を見たトリシャは、無理を言って連れてきた甲斐があったと、心の底から思うのであった。
「それじゃあ、みんな着替えたし海に行こう」
「嫌だ」
景気よく掛け声をかけたトリシャだったが、ルミエーラに出鼻をくじかれてしまう。
「何でですか?」
「私は付いて行くとは言ったが泳ぐとは言っていない。ここで遠目に見ておくから、お前たちだけで行ってこい」
ルミエーラはそう言うと、太陽光を遮る大きなビーチパラソルと、デッキチェアをアリアに準備させるのであった。
「アリアは連れて行っても良いんですか?」
「すみません。私はここで荷物版をしておくので、構わずに行ってください」
「そういう事だ」
ルミエーラは良いとして、アリアまで残ると言うのは想定外だった。
「えー、クレアリスは来てくれるよね?」
「トリシャが言うなら付いて行ってもいいぞ」
「しかたない。3人で行こっか」
トリシャは渋々、アリアの同行を諦める。アイリス、クレアリスの手を引いて、海へと駆けていくのであった。
潮の香る水塊に身を投じると、汗ばむ体から熱を吸収していく。それでも夏の日差しは強く、身体が冷え切る事は無かった。
「はー、海水が冷たくて気持ちいい」
鍔の広い麦わら帽子を被った彼女を見れば、ただの幼い少女に見える。傍から見れば、誰も彼女が魔人を従えた魔女だとは思わないだろう。
海に入るや否や、トリシャは全身で海水を浴びる様に指先から頭の天辺まで海の中に潜るのであった。
直ぐに海面から顔を出すのだが、心地良い海水の温度に満足げな表情をするトリシャであった。
「夢中になるのは良いですが、離れすぎない様にしてくださいね」
1人で海に飛び込んだトリシャの後を追う様に、アイリスも海水に足を浸すのである。足から徐々に体を浸していくアイリスがトリシャの側に来る頃には、へその辺りまで海水で体を濡らすのであった。
トリシャのいる場所は、水深が浅く簡単に足を地に付けることが出来る。それでも、トリシャは足を屈めて肩まで海水に身を浸すのであった。
「わかってるよ……」
「どうかされました?」
体を完全に海へ浸かっているトリシャは、アイリスを見上げる形になる。彼女の顔を見上げようとすると、胸の下部が視界に入って緊張してしまう。
一度意識してしまうと、緊張感はなかなか取れないもので、困ったトリシャは助けを求める様にクレアリスに視線を向けるのであった。
そういうクレアリスはというと、膝下まで海水に浸かっているものの、それ以上入ろうとはしなかった。
「クレアリスもこっちにおいでよ」
トリシャは海面から手を出して手招きするが、クレアリスは固まったままだった。
「最初に言っておくが、私は泳げないからな」
「そうなんだ」
翌々考えてみれば、今まで氷の城でずっと生活してたであろう彼女が、泳ぎを知っているはずが無かった。
「アイリスは泳げるの?」
「はい、水中を魚の様に泳ぐことも出来ます」
トリシャと彼女の泳ぐという言葉は同じ意味合いのものとは思えなかった。
きっと、アイリスの言う泳ぎとは、魔法を使っての泳ぎに他ならない。でなければ、水中を魚類と同じように泳げるという答えは返って来るはずがない。
何にせよ、アイリスが溺れる心配は無くなったので、クレアリスの方を心配しなくてはならないのだろう。
「じゃあ、今より浅い所で遊ぼうか」
トリシャは水飛沫を上げながら立ち上がると、クレアリスいる浅瀬へと歩いて行く。
「泳がなくて良いから肩まで海に浸かってみてよ。冷たくて気持ちいよ」
「そうなのか?」
トリシャの言葉を聞いたクレアリスは、少しずつ海水の中へと身を投じていく。手を胸の前で強く握りしめる仕草を取る。
「家より冷たくは無いが外が暑い分、冷たく感じるな」
「でしょでしょ」
氷で造られた城と比べられたら海も温く感じてしまうだろう。それよりも、あの城を家と呼ぶ辺り、クレアリスが箱入り娘に見えてきてしまうのは仕方が無い事だ。
「ふふーん。いくよー」
トリシャは悪戯に笑うと、海面に侵入させた手を勢いよく頭上まで上げる。それに伴い、水飛沫が2人に向かって飛び散るのであった。
「きゃっ」
「な、何をする」
短い悲鳴を上げるアイリスとは対照的に、クレアリスは抗議の声を上げる。
「せっかく海に来たんだから、水を掛け合うのも海の遊びの1つでしょ」
「そ、そうなのか?」
「そういうものだよ」
クレアリスが知らない事を良い事に、トリシャは独自の理論を展開させる。余りにも堂々と言うので、彼女は簡単に丸め込まれてしまうのだった。
「掛け合うって事は仕返ししても良いんだな?」
「あ、魔法はダメだよ。魔法は禁止だから」
仕返しに燃えるクレアリスを見て、トリシャは咄嗟に禁止事項を口にする。いくら可愛いらしい見た目をしているといっても相手は魔女なのだ。
魔法を使われたら勝ち目が無いのは目に見えている。倍返しどころか、何十倍にも返って来るに違いない。
「魔法を使わなければいいんだな」
クレアリスは立ち上がると、手を目いっぱい水中に浸して海水と共に引きあげるのだった。
「うわっ」
大量の水飛沫を受けてバランスを崩したトリシャは、水中に向かって尻もちを付く。海水がクッションとなり、痛みを感じる事は無かったが、反動で頭まで濡れてしまう。
「はは、見たか倍返しだ」
高々に笑うクレアリスは、やり返すことが出来て満足げな表情を浮かべる。
「よし、反撃だ。アイリスも手伝って」
「え、でも」
クレアリスに反撃する為に、アイリスを味方に付けようとする。先程、自身が彼女に向って水を掛けた事を忘れたかのように、トリシャは2対1に持ち込もうとする。
「攻撃しないとやられる一方だよ」
「あ、はい」
「2人がかりとは卑怯だぞ」
アイリスも加わり、3人で水の掛け合いをする。傍から見れば、可愛げな少女たちが楽しげに遊んでいる様に見えるだろう。
「アリアも混ざりたいか?」
「いえ、私はルミエーラの従者なので……」
デッキチェアで寛ぐルミエーラは、側に居るアリアに問いかけるも、彼女は乾いた返事をするだけだった。
そんなアリアの瞳には、遠くで燥ぐトリシャたちの姿が映されていたのだった。




