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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
二章 白銀の幼女と母親の愛情と
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39話 『魔法のマントと赤い服の婦人と』

 あれから数日が経過するが、ルミエーラもクレアリスも相変わらず自由気ままな生活を送り、朝食の席以外で顔を合わせることが無かった。

 何故かというと、クレアリスは朝食以外の食事を、今まで通りお菓子を中心に済ませていたからである。

 彼女はルミエーラと喧嘩してからずっと1人で生活してきた。その生活および活動資金は、彼女の研究成果でもあるお菓子を売買して賄っているのである。

 その為、そう簡単に注意する事も、彼女の生活を改める事も出来ない。彼女の作るお菓子を口にするトリシャには、そもそも否定する権利など無いに等しいのである。

 それでも、1日1回顔を合わせるだけ、2人の関係性が進展したといえよう。


 甘い物に囲まれる生活は、実に贅沢な環境だった。しかし、人間の欲というのは尽きないもので、甘い物に囲まれると塩っけのあるお菓子が食べたくなるトリシャであった。


「クレアリスは甘い物ばかりで飽きたりしないの?」


 この日も朝食を済ませると、朝からクレアリスの部屋でお菓子を食べていた。トリシャが口にしていたのは、フルーツを使ったロールケーキ。

 甘い中にも酸味の効いたフルーツによって、連日甘いお菓子を食べ続けているトリシャでも苦なく食べ進めることが出来るほど美味しいお菓子だった。


「好きな食べ物だからな、今まで飽きたことは無い。トリシャはもう飽きてしまったのか?」


「飽きたというか、甘い物ばっかりだとしょっぱいものも合間に食べたくなるよね」


「そういうものなのか?」


「そういうものだよ」


 あの日からクレアリスの室内での恰好は、トリシャがアリス風といって着せたフリルやリボンを多くあしらった服装を中心に着るようになった。

 ルミエーラが似合っていると言ったのが余程嬉しかったのか、彼女は毎晩、翌日の服装を選ぶ際、トリシャに聞いてくるのだった。

 といっても、クレアリスが着られる大きさの服は多くない。何故なら、トリシャの体型に合わせて服装を買っている事もあり、トリシャより一回り小さなクレアリスの体には少々大きすぎたのだ。

 オシャレに目覚めたクレアリスは、お菓子作りよりもファッションに興味が出て来た様子だった。そんな彼女の好奇心を満たすために、トリシャはクレアリスと一緒に服を買いに街へ出かける話となった。


「という事で明日、街に出かけたいと思います」


「何がという事でだ。経緯がさっぱりわからん」


 夕食の席でトリシャはクレアリスの服を買いに街へ出かけるという趣旨の話をする。しかし、言葉足らずで情報が不足している所為か、ルミエーラには伝わらなかったみたいだ。


「だから、クレアリスがオシャレに目覚めちゃったみたいだから、服を買いに行こうかと思いまして」


「アリスと行くなら私は止めないが、アイリスは連れてけよ」


「わかってます」


 毎度毎度、アイリスの同行を確認するが、言われなくともアイリスは付いてくる。彼女の自身に課された役割への使命感は並大抵のものではないのだから。

 今回の外出はクレアリスが言い出した事だったが、氷の城に来てから初めての外出に心踊らせるトリシャであった。



 翌朝、食事を済ませた後、クレアリスと一緒に彼女の部屋へと向かう。今日のクレアリスは、最近着始めた可愛らしい服装をしていない。

 なぜなら、この後に外出する予定があるので、彼女が魔女の正装と言っていた白を基調とした服装で身を包んでいるからだ。

 鍔の広い特徴的な帽子を被れば、外出の準備が整うのである。


「ところで、街までどうやって行くの?」


「私は普段、箒で街まで行っているが、トリシャは箒に乗れないのか?」


 魔女といえば箒に乗って移動する。何ともイメージしやすい事柄だが、魔女ではないトリシャには、箒を使って移動する事は出来るはずもない。


「仕方ない。今日はマントを使って移動するか。アイリスがいれば大丈夫だろう」


「マント?」


 外套の一種であるマントを使って移動とはどういう事か、疑問を抱かずにはいられない。箒は魔女のイメージと結びつき想像できたトリシャも、マントを用いた移動方法を思い浮かべるのは至難の業だった。


「私はお菓子を取ってくるから、その間にアイリスが説明しといてくれ」


 クレアリスは白色のマントをアイリスに渡すと、お菓子の置いている保管庫を目指して部屋を出て行ってしまった。


「まずは羽織ってみてください」


 アイリスから手渡されたマントは羽織ると膝くらいの長さまで裾を垂らす。真っ白に見えたマントは、裏生地に紺色の布を使っているので、裏表を間違えずに着用することが出来る。


「このマントで移動ってどういう事?」


「トリシャは自力で飛ぶことは出来ないと思いますので、私が手を引いて街まで移動します。ですから、トリシャは体のバランスを保ってもらえれば問題なく移動が可能だと思われます」


 今一つ想像が付きにくいが、マントを使って空を飛ぶという事だろうか。トリシャは羽織ったマントの裾を、ひらひらと左右になびかせながら、疑いの眼差しで見やるのだ。


「ふーん。このマントで飛べるんだ」


「少し試してみましょうか」


 そう言うと、アイリスが手を握ってくる。正面から両手で手を繋ぐと、視線の高さが上がっていくのだった。

 ほんの10センチくらいの高さだが、確かに体が浮いている。アイリスとの視線の位置が変わらないのに、部屋の中だけが先ほどより低く感じるのだ。

 まるで、自分の身長が伸びたように錯覚するほど視点が変化したトリシャは動揺する。何もしていないのに体が浮くという不思議な経験の真っただ中にいるトリシャは、これが現実か夢なのか分からなくなっていった。


「着地するので足元にお気を付けください」


 アイリスに促され下を見ると、高度が少しずつ下がっていく。足先が床に触れると、足に自身の体重を感じると共に体を支える為、力が入る。


「何これ? すごい」


 無事に足を床に立たせることが出来たトリシャは感情が高揚する。そして、アイリスに好奇に満ちた目を向けるのであった。


「時間があれば飛び方を教えて差し上げたいのですが、帰りが遅くなってはいけませんので、今日は私が助力させてもらいますね」


 トリシャの心中を察したかの様に、アイリスは先手を打つ。体を浮かせただけで、この反応だ。トリシャが自身の意思で飛びたいと言い出すのは簡単に想像が付くのだ。

 アイリスに先手を打たれたトリシャは、駄々をこねることなく彼女に従うほかないのだ。

 よく考えれば、街まで移動するって事は、空中を長距離移動しなくてはならない。高度も距離も目的地も跳び方さえ知らないトリシャは、余計な事をせずに彼女に任せておけば飛行体験をすることが出来るのだから。

 今はそれだけでも悪くないと感じるトリシャであった。


 クレアリスの準備が整うのを待ってから出発をする。久々に外に出たが、雪が地面に積もっていた。

 例の気温に影響されない魔法を、アイリスに常にかけてもらっている為、寒さを感じることは無かった。


「風圧の影響しない魔法を掛けますね」


 そういうと、アイリスは魔方陣を描き、トリシャと自分に魔法を掛ける。見た目に変化はないが、移動する際に必要な魔法なのだろう。

 横目で確認すると、クレアリスも同様の魔法を自身に掛けているみたいだった。


「よし、出発するか。アイリスのペースに合わせるから、トリシャが落ちない様に気を付けて飛ぶのだぞ」


「はい、安全第一で向かいますね」


 アイリスと固く手を結ぶと、先ほど部屋で浮いた時同様に地面から足が離れていく。彼女に身を任せるしかないトリシャは、黙って自分の体の行方を見守ることしか出来ないのだ。


「ちょ、ちょっと高すぎない?」


 あっという間に巨大な城が小さく見える高さまで高度を上げる。高所恐怖症では決してなかったが、それでも生身でこの高さは恐怖を覚えてしまうのが常人の反応だ。


「高度が低すぎると障害物とか移動に支障が出るので、我慢してくださいね。もし、気分が悪くなった時は早めにお伝えください。外出を取りやめますので」


「気分は今のとこ大丈夫。アイリスが手を握ってくれてたら落ちたりしないんだよね?」


「はい、話さない様にしっかり握っておきますから安心してください」


 アイリスの手を強く握り直すと、自然と恐怖は薄れていった。それでも、怖い事に変わりは無いのだが、途中で引き返す事だけは避けたかった。

 トリシャはなるべく下を見ない様に心がけて目的地を目指すことにする。


 少しだけ前傾姿勢になると空中を平行移動する。風圧を感じないので速度がどのくらい出ているのか分かりかねるが、今まで居た氷の城がみるみる小さくなっていく。

 暫く経過すると完全に見えなくなってしまい、トリシャが体感している以上に速い速度で移動しているみたいだ。


 雪景色を抜けると、一面に海が広がる。深みのある青色は、空の淡い青色と水平線で上下に分かれており、濃淡の違う2色の青色は絶景と呼ぶに値する光景だと言えよう。

 魔法により風圧の影響を受けないので、移動中に景色を楽しむことが出来る。最初はあまりの高さに畏怖していたトリシャだったが、アイリスに身を預けるだけなので慣れてくると景色を楽しむだけの余裕が生まれたのだ。


「体調は如何ですか?」


「大丈夫だよ」


 アイリスはトリシャの体調を気に掛ける。その視線は前方ではなく、トリシャに向いているのだから誰の目にも明らかだった。

 普通ならば、余所見をせずに前を向いて進め、とでも言う必要があるのかもしれない。しかし、視界一面が海と空しかなく、障害物など有るはずも無いので、わざわざ注意する必要はないだろう。


「この移動にも慣れてきたから、寧ろ元気な方かな」


 これ以上アイリスが心配しない様に言葉を付け足す。


「ふふ、その様子なら本当に大丈夫そうですね」


 トリシャの体調の確認が済むと、アイリスは前に向き直る。その横顔を見て、トリシャも前を向く。

 少し離れた場所にいるクレアリスもトリシャを気に掛けているのか、時折視線を感じるのだった。2人の少女の気遣いの眼差しを浴びながら、トリシャは町に向かって宙を悠然と進むのであった。



 人通りの少ない広場へと着地すると、数時間ぶりに地に足を付ける。その足元を支える様に、ベージュの様に薄く黄色味がかった石畳が隙間なく敷き詰められていた。

 長方形や正方形に切り取られた石畳は、不規則に並べられ、よく見ると赤味が入った物から灰白色まで微妙な差異が生じていた。


「うっ、うーん」


 右手を上空に伸ばし、左手で右肘を掴むように上げると、トリシャは大きく背伸びをする。移動中も手足は自由に伸ばせていたのだが、どのような方法でも長時間同じような体制を取っていると、少なからず体に負担はかかるのだ。


「疲れましたか?」


「いや、疲れるほどではないよ。ただ背伸びしただけ」


 トリシャの体調を気に掛けるアイリスは、些細な動作さえ見逃さなかった。


「先に予定があるから、買い物は後にして、まずはそちらに向かうぞ」


 数秒の遅れも無く街に到着したクレアリスは、そう告げると移動を開始する。トリシャとアイリスもその後に続き、街の中を歩くのであった。

 石畳より淡い黄色味がかった壁に、朱色の屋根の家が多く見受けられる。上空から見下ろした時は、陸地の緑と海の青に挟まれた朱色の屋根が、より色鮮やかに美しく見えた。

 こうして街に降りてから見たら違った味わいがあり、半円状の屋根材が瓦の様に幾重にも重なっているのは、上空からでは気づく事は無かっただろう。



 目的の地に付くと、クレアリスは歩を止める。赤褐色のレンガ調の壁、黒の窓枠や屋根は、街の大半の建物と違い高級感溢れる佇まいに見えた。

 6階からなる大きな建物は、周りの建物よりも多い階数で存在感がある様に見えたが、決して異彩を放っているわけでは無く、街並みに溶け込む造りをしていた。


「これは、これは、クレアリス様。ご到着を何よりも心待ちにしておりました」


 入口の前に立っていたのは、黒いシルクハットと燕尾服を身に着けた、ふくよかな体型をした壮年の男性だった。絵に描いた様な毛先が左右に巻かれた髭を鼻の下に蓄えている。


「本日は珍しく、お連れ様もいらっしゃった様ですね」


「トリシャとアイリスだ。2人とも私の友人だから丁重に扱ってくれ」


「かしこまりました。早速中へ案内させて頂きます」


 クレアリスはトリシャだけでなく、アイリスも友人だと言う。魔人や従者という言葉を使わない様に、体裁を考えての発言かもしれないが、それでもトリシャは嬉しく感じた。


 電球色の様に明るみのある照明が当てられた黄色味がかった白い壁や天井と、深みのある色合いをした木目の柱と床が、室内に落ち着いた印象を与える。

 中に入っても高級感のある印象は消えず、トリシャはすっかり大人しくなってしまった。


「ささ、こちらに奥様がお待ちです」


  男性は奥にある部屋の前まで案内すると、扉を開き中へと誘導するのであった。


 原色の様に鮮やかな赤い壁が人目を引く。白い天井や床、家具が対比を生み、より一層赤色の壁が強調されている様に見える。

 部屋の中央には、10人ほどが座れる椅子と机が置かれていた。その机の上座には、案内してくれた男性が、奥様と呼んでいた女性が優雅に、ティーカップで紅茶を楽しんでいたのだ。


「あらまあ、今日は随分遅かったのね。貴方の身に何かあったのではないのかと心配したわ」


 金色の刺繍を施された華美なドレスは、部屋の壁と同じ鮮やかな赤い色をしていた。鍔の広い帽子を斜めに被った婦人は、ティーカップを受け皿に置くと、クレアリスに親しげな口調で話しかける。


「悪い。今日は連れがいたから移動に時間が掛ったんだ」


「あら、可愛らしいお嬢さんが2人もいるじゃない。まぁいいわ、先に席に付いて頂戴」


 クレアリスの後に続き、机の片側に3人が並ぶように椅子に腰かける。少しすると、クラシカルなメイド服を着た若い女性が、紅茶を携えて入室してきた。

 人数分の紅茶を用意すると、その女性は部屋の隅でひっそりと佇むのである。


「まぁまぁ、可愛いお嬢さん方を連れてきて、お名前は何て言うの?」


「トリシャと言います」


「私は金色の従者、アイリスと申します」


 アイリスはさらっと従者という単語を口にする。


「あら、そうなの。クレアリスがお友達を連れてくる事なんて、クラリーチェって子以来だから私は嬉しいわ」


 金縁の丸眼鏡から覗く顔は晴れやかだった。改めて視線を向けると、女性の顔には複数のしわが作られていた。

 彼女の灰色の髪の毛が年齢によるものなのか、元来の色なのかは、トリシャに確認する術は無い。


「ねぇ、クラリーチェって誰?」


「クレア様の従者、クラリスの事ですね」


 どうやら、クラリーチェを短縮させて、クラリスと呼んでいるみたいだ。トリシャがアイリスに耳打ちすると、彼女も小さな声で返してくれた。


「それはいい、今日までの報酬を受け取るのが先だ」


「まぁまぁ、相変わらず冷たいのね。いいわ、今回も売り上げは好調だったのよ。貴方が作った商品が一番売れているわ。ギブス持ってきて頂戴」


「かしこまりました」


 女性が斜め後ろにいた男性に声をかけると、男性は足元に置いてあったケースを机の上に置く。茶色い皮に金の金具で作られたケースはアタッシュケースの様な長方形の形をしており、留め具の他に中央に錠が取り付けられていた。

 鍵で錠を外したケースの中身を見たトリシャは、思わず息を呑んでしまうのだ。


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