40話 『白色の肌と飾る彩と』
留め具の場所にダイヤル式の鍵が2つ、中央に錠前が1つと、厳重にケースの中身を守っている。ギプスと呼ばれた男性は、ダイヤルの番号が見えない様に左右に取り付けられたダイヤル式の錠を開けるのであった。
白髪交じりの薄黄色の髪の毛を後ろに流し、顔には主人であろう女性と同じくしわが目立つ。しかし、服の上からでも分かる体格のいい肉体は、彼がまだまだ現役である事を示唆している。
左右の留め具が外れ、中央の錠を鍵で開ければ、ケースの中身を守る物は、無防備な蓋だけとなる。ギプスと呼ばれた男性は、慎重にケースの蓋を開くのだった。
錠が幾重にも取り付けられたケースの中には、札束が複数入っていた。この世界の文字で1,000と明記された紙幣は、目測で10束以上ある様に見える。
それがどのくらいの価値になるのか、トリシャは明確に知っているわけでは無かったが、少なくともお小遣いとして貰った貨幣は、札束1つよりも少ない事だけは確かだった。
「前回より売り上げが伸びた分、報酬に上乗せしておいたわ」
婦人は柔らかな表情でクレアリスの方を見ていた。
「報酬内容を確認されましたら、お納めくださいませ」
「うむ」
ギプスと呼ばれた男性からケースを受け取ったクレアリスは、どこからともなく透明な円盤を取り出すと札束へと翳すのであった。銀色の縁に囲われた手のひら大のレンズは、拡大鏡の様に見える。
ケースから札束を1つずつ取り出すと、クレアリスはパラパラと捲りながらレンズ越しに除く。
「あれって、何してるの?」
「本物のお札が使われているか確認しているのではないでしょうか」
トリシャは再びアイリスに耳打ちする。偽札を見分ける為にレンズを翳すのは分からなくもないが、パラパラと紙幣を捲る様子は、とても確認できるとは思わない。
「どういう風に確認してるの?」
「私は使った事はありませんが、本物をルーペ越しに見ると、特殊な模様が浮かび上がるみたいですよ」
「そうなんだ」
レンズ越しに除いたわけでは無いので、どの様な模様なのか分かりかねるが、ここにも魔法が絡んだ技術が使われているのだろうと、納得するトリシャであった。
「確かに報酬を受け取った」
クレアリスは札束の確認を終えると、ケースの蓋を閉じる。そして、腰に下げているポーチから1枚の布を取り出すのだ。臙脂色の布には光沢と厚みがあり、高級感の溢れる質感を醸し出す。
その布を机の上に広げると、札束の入った革のケースを上に置くのだった。
「リャーフィ」
クレアリスが聞き慣れない単語を呟くと、影の様な物体が革のケースを包み込む。すると、立体感を無くして、瞬く間に布の中へと吸収されていったのだ。
「何あれ?」
「えっと、マジックバッグと同じような道具だと認識してもらえれば分かりやすいかと思われます」
トリシャが疑問を耳打ちすると、説明に困りながらも分かりやすく説明してくれる。あのブラックホールの様に何でも収納してしまうマジックバッグと同種の道具だと、アイリスは説明する。
形は違えど、物を収納する用途が同じという事なのだろう。トリシャは決して道具の原理が知りたいわけでは無い。従って、アイリスの説明に異論もなく納得するのであった。
「このまま納品したので構わないか?」
「ええ、ギプスに渡して頂戴」
「シャービィ」
今度はクレアリスが何かを渡す番らしい。再び聞き慣れない単語が呟かれると、机の上に置かれた臙脂色の布から、横向きになった直方体が複数出てくるのだった。
「それでは、商品を預からせて頂きます」
ギプスと呼ばれた男性は、ケースの中身を確認する事も無く受け取った。トリシャは中身が気になって仕方が無かったので、確認をしなかった事を残念に思っていた。
「受け取りも納品も済んだ事だ。そろそろ、お暇しようではないか」
机に広げた臙脂色の布を片付けると、クレアリスは立ち上がる。
「あら、そう。せっかくだから昼食を一緒に如何かしら?」
婦人は両手を合わせる仕草をしながら思いついた言葉を口にする。
「トリシャはどうしたい?」
「えっと……」
クレアリスから判断を任されるが、トリシャは返答に困ってしまう。今まで、完全に部外者に近い立ち位置だったのに、急に判断を任されても、どの様に返答したらいいのか答えを求める事が出来ないのである。
「遠慮しなくともいいのよ。トリシャといったかしら。貴方はクレアリスと同じでお菓子の方が良い? それとも、普通の食事の方が良いかしら?」
「えっと、普通の食事でお願いします」
いつもの様に、断る事が苦手なトリシャは、婦人の質問に、ついつい答えてしまうのだ。
「アイリスだったかしら。貴方の好みを教えて頂戴」
「私は食事の必要がありませんので、お気になさらず」
「そうなのね。ジェーン、チャーリーに直ぐに食事の用意をする様に伝えてくれるかしら」
「かしこまりました」
入口の近くに立っているメイド服を着た女性は、返事をすると一礼し、部屋を退出するのであった。
帰ろうとしていたクレアリスはその様子を見て、再び席に座り直すのであった。
食事を終えると、早々に建物を後にする。とはいうのも、赤いドレスを着た婦人は、食事を終えると直ぐに部屋を退出したのだ。
次の仕事の予定があるとの事で、クレアリスとの時間を惜しみながらも、ギプスと呼ばれた男性に催促されながら消えていった。
婦人がいなくなり、用事も食事前に済んでいたので、わざわざ居残る必要は無いのであった。従って、食事を終えると同時に、建物を後にしたのである。
肝心の食事は、どれ一つとっても絶品で、アリアには悪いが普段食べている食事よりも美味しいと言わざるを得なかった。
例えるのなら、アリアの料理は家庭的な味がするのだが、婦人が用意してくれた料理は高級レストランで一流の料理人が作った品だと言える味がしたのだ。
微かな前世の記憶に呼び掛けても、これほど精巧な料理を食べた事は無かっただろう。特に美味しいと感じたのは、トマトソースを使ったパスタである。
酸味と風味が絶妙で、上に乗っているチーズを崩しながら食べれば、まろやかさに加え濃厚な味わいが口の中に広がる。
全ての料理に満足したトリシャは、婦人の誘いを断らなくて良かったと、過去の自分を褒め称えるのであった。
クレアリス個人の用事と、昼食を終わらせた一行が向かった場所は、服を売っているお店だった。地理に疎いトリシャと、今まで服装への興味が薄かったクレアリスは、店を探す事は出来ない。
しかし、アイリスに丸投げすれば、持ち前の秀逸さでいとも簡単に望みのお店を見つけてくれるのであった。
「ここが服を売っているお店か。初めて入るな」
「今まで着ていた服はどうしてたの?」
「魔女装束はクラリスに作らせたから買いに行く必要が無かったんだ」
クレアリスの部屋には、お菓子やクッションは沢山存在したが、服の数は少なかった。お菓子作りに夢中だった所為もあり、魔女装束以外は手元にある物で済ませていたのかもしれない。
店の中へ入ると、クレアリスの服を選んでいく。女性物の服を売っている店は、街の中に複数あったのだが、幼くも美人で可愛らしいクレアリスに似合うような、スカートが主体の甘い雰囲気のお店を迷うことなく選んだ。
ルミエーラの好みでもあり、不思議のアリス風といって着せた服装が予想以上に似合っていたので、それに近い服装の系統が良いと考えたのだ。
「どれが似合うと思う?」
「クレアリスは可愛いし美人だから何でも似合うと思うけど、自分が好きな服を選んだら良いんじゃないかな」
きっと、この店の中にある服どれを着せても似合うに決まっている。可愛い子は何着ても可愛いという持論を持っているトリシャは、深く考えずに返答するのである。
「トリシャに決めて欲しい」
「僕でいいの?」
「良いと言っている」
そう言うクレアリスは、少し照れたような表情を浮かべる。それが何に対しての照れなのか分かりかねるが、頼まれたからには良い服を選ぼうと意気込むトリシャであった。
「何着くらい要るの?」
「何着でも構わない。トリシャが良いと感じた服なら全て買うつもりだ」
予算や細かい事も聞こうか迷うトリシャであったが、先程の革のケースに入った大金を見た後では、無駄な質問だと思い聞くのを止める。
店内を一度見渡した後、端から順番に見ていく事にした。気になった服やアイテムがあると、アイリスへと手渡す。
彼女が服を預かってくれたおかげで、スムーズに店内を物色する事が出来るのであった。
ひとしきり店内を見終わった後、クレアリスに試着をする様にお願いする。何だかんだで、選んだ服は10着を越えてしまっていた。
しかし、サイズを確認するためには試着してもらうしかない。トリシャは、まず一着を手に取ると、クレアリスへと手渡すのだった。
「この服から着てもらおうかな」
「着替えてから見せればいいのだな」
「うん」
クレアリスは試着室に入ると、服を着替え始める。といっても、自分で着替えるのではなく、ノエルという名前の少女に着替えを手伝わせるのであった。
試着室の前で静かに待っていると、中から布が擦れる音が、微かに聞こえてくる。意識すると、その音はだんだん大きな音に聞こえ、カーテンで遮られている分、艶めかしく聞こえてくるのだ。
試着室の中では、クレアリスが服を脱ぎ下着姿になっていると考えると、顔が熱くなってくる。想像してはいけないと思えば思う程、想像はより濃くなっていく。
「き、着替えてみたぞ」
暫くの間待っていると、試着室の中からクレアリスの声が聞こえる。彼女はカーテンの間から顔を覗かすと、照れた表情で外の様子を伺う。
「こっちに見に来てくれ」
彼女の羞恥心を察したトリシャは、試着室の側に寄る。店内には他にも客の姿があるので、試着室の外に出るのを躊躇ったのだろう。
「中を覗けばいいのかな?」
「入ってくれた方が、私は安心するのだが」
てっきり、カーテンの隙間から中を覗くものだと思っていたが、彼女は中への侵入を希望する。断る必要性を感じられなかったので、トリシャは言われたままに試着室へと入っていくのであった。
紺を主体としたワンピースは襟元がセーラー服の様に大きく広がっている。胸元には淡い水色の大き目のリボンが付いていた。
フリルやレースが比較的控えめな服装だが、そのリボンの存在する事によって、可愛らしい印象が無くならない。
「うん、よく似合ってるよ」
「そうか。でわ、この服は買う事にしよう」
赤味を帯びた表情は、少女の可愛さを一段階引き上げるスパイスとなる。
トリシャがその姿に見とれていると、ノエルの手によってクレアリスの服が徐に脱がされていくのだ。
「脱ぐのなら言ってよ。出ていくから」
「毎回呼びに行くのも照れくさいから、そこに居てくれ」
思わず目を逸らして出て行こうとするトリシャを、クレアリスが引き留める。
「でも……」
「何着も着ていくのだろう? 気にしなくていいから」
トリシャは完全に出ていくタイミングを失ってしまった。服を見せるのが照れくさくて、服を脱ぐのが気にならないと言う彼女の言葉に、矛盾を感じながらも立ち尽くしてしまう。
目のやり場に困ったトリシャは、背を向けてカーテンと睨めっこを開始するのであった。
何十分と時間をかけ、全ての服の試着を終える。試着室に3人もいた所為なのか、それとも単純にクレアリスの肌を見て赤面したのか、体温が数度上がっている様な気がしていた。
直ぐにでも試着室から出たい気持ちはあったが、クレアリスが最後の試着を終えて脱いでいる最中なので、今はまだ出られない。
「トリシャ、下着もついでに買おうと思うのだが、選んできては貰えないだろうか」
声がしたので振り向くと、未だに下着姿のクレアリスが、そこにいた。てっきり、服を着た後だと思っていたトリシャは面を食らってしまう。
「え、アイリスに選んで貰うんじゃダメなの?」
「トリシャにお願いしたい」
小声で頼み事をする彼女は、勇気を持って発言したに違いない。そう思うと無下に断ることが出来なくなってしまう。
「わかったよ。でも、アイリスと一緒に選んでくるからね」
「それでも構わない」
少女の下着姿が誰の目にも触れぬように、トリシャは慎重に試着室から外に出た。試着室の前で待っていたアイリスに事情を話すと、少女の頼みを聞く為に下着売り場へと移動するのであった。
「ねぇ、どういうのがいいのかな?」
「トリシャの好みで良いかと思われます」
参考までにアイリスに聞いてみるも、いつもの様にテンプレ的な回答が帰ってくる。
下着売り場には、色とりどりの女性物の下着が当然の様に陳列されている。もしもアイリスがいなければ、この売り場に留まる事は出来なかっただろう。
トリシャは周りの目を気にしながら、自身の感性で下着を選んでいく。実際にトリシャの事を不審がる人物などいるはずも無いのだが、周りの目が気になって仕方が無い。
「あ、サイズとか分からないんだけど」
「私が把握しておりますので、試着する品が決まったらお知らせください」
「あ、知ってるんだ」
「はい」
何故かクレアリスの下着のサイズを知っているアイリスに疑問を抱くが、それよりも気になる点が一つあった。
前にアリアが抱き着いて採寸を行っていたが、アイリスにもその特技があるのだろうか? もしあるならば、数えきれないくらい抱き着かれた経験のあるトリシャのサイズなど、当然熟知していると考えるべきだ。
アイリスに自身の全てを把握されている様な気がして、急に気恥ずかしくなるトリシャであった。
下着を選び終えると、再びクレアリスの待つ試着室へと入る事となく。なるべく彼女の姿を見ない様に気を付けながら、トリシャは慎重に中へと侵入するのだ。
「試着は上だけで良いみたいだよ」
「そうなのか?」
「うん」
予め言っておいて正解だった。でないと、クレアリスはきっと、下着を全て脱いでいたに違いない。
トリシャは下着を1枚手渡すと、彼女が身に着けるのを待つのだった。
「いいぞ。なんか上下色が違うと変な感じだな」
クレアリスの方を振り向くと、下は白いリボン付きのショーツを履いているのに、上は淡く緑味がかったホライズンブルーのブラジャーを身に着けている。
確認作業がある為に、どうしても彼女の下着姿を見なくてはならない。彼女の肌はキャンバスの様に白く、色味のある刺繍の施された下着が、まるで絵の具の色の様に彩を咥えるのであった。
「サイズは合ってる?」
「んー、問題ない」
試着の主な目的は着用感の確認なのだ。今更ながら下着姿を見る必要があったのか疑問が生まれる。
そう考えつつも、結局、最後まで下着の試着に付き添うトリシャであった。
試着した服も下着も全部購入する。クレアリスはトリシャが選んでくれた服装を大層気に入った様子で、悩む気配もなく会計をするのだった。
服と下着を大量に購入して満足なクレアリスと、彼女の下着姿が脳裏に焼き付いて離れないトリシャは、その後も買い物に興じていくのだ。




