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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
二章 白銀の幼女と母親の愛情と
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35話 『喧嘩の理由と対立と』

 パフェ作りを始めたのはいいが、想像以上に時間がかかることになる。

 というのも、アイリスがシリアル作りに並々ならぬやる気を見せ、本腰を入れてアリアから習っていると言う。アイリス本人から聞いたことなので間違いない事実と言える。

 その為、シリアルが完成するまでの間、一番初めに思い描いたパフェの完成形の再現は見送られる事となる。


 アイリスとノエルと呼ばれた少女がシリアル作りを習得するまでの間、必然とトリシャはクレアリスと一緒に行動する事になる。クレアリスと仲良くなった今現在、氷の城にいる限りはアイリスの護衛は必要としない。

 とはいっても食事の時間になると呼びに来たり、入浴時には普段通り着替えを手伝ってくれたりする。もちろん、就寝時は同じ布団の中で眠るので、アイリスはお世話係としての役目をしっかりとこなしていたのだった。


 与えられた自室代わりの部屋、お菓子を作る為の調理場、時折クレアリスの部屋を行ったり来たりする生活が始まった。

 トリシャは試食のし過ぎで時々、昼食や夕食を食べない事が増えてしまう。アイリス伝いにアリアが食事の有無を聞いてきてくれるので、彼女に無駄な働きをさせずに済むのが幸いだ。



 この日もまた、クレアリスのいる調理室にやってきて、お菓子作りに没頭している最中だった。毎日のようにクレアリスがいる場所に訪れているが、彼女は嫌がる素振りを見せないのである。


「そう言えば、クレアリスって魔女なの?」


 トリシャとクレアリスは現在、トリシャの記憶の中にある柔らかいプリンを目指して改良を重ねている。その最中にトリシャは常々気になっていた疑問をクレアリスに聞いてみた。


「ああ、私は魔女だ」


 予想通りの答えが帰ってきて、トリシャは安心する。彼女が魔女だと判明して安心するっていうのもおかしな話だ。

 ここ数日、お菓子作りを通して仲良くなったこともあり、クレアリスを警戒する事も、魔女と聞いてトリシャが恐れる事も無い。しかし、普通なら魔女だと聞くと、不安を覚えるのが一般的といえよう。


「じゃあ、あのノエルって子はクレアリスの従者で魔人って事になるのかな?」


「その通りだ」


 トリシャの予想通り、ノエルと呼ばれる少女はアリアやアイリスと同じ魔人であり、クレアリスの従者だという。光と共に出現する人間など、見た事も聞いたことも無いので、魔人と言われた方が納得できるのだ。


「トリシャはルミエーラの従者なんだよな?」


「うん、そうなってるみたい」


 今のトリシャの待遇は、とてもルミエーラの従者と呼べるものでは無い。しかし、初日に彼女と、確かに口付けにより契約をしたと伝えられたのだ。


「なんなら、私の従者にならないか?」


「え?」


 クレアリスの従者になるという発想は、トリシャの中には当然無い。むしろ、従者として契約されたら、一生従者として過ごさなければならないと思っていたくらいなのだから。


「ルミエーラとの契約って簡単に切れるの?」


「いや、契約はどのような些細なものでも契約者を無視して破棄する事は出来ない。しかし、私が金色からトリシャを奪って契約を上書きする事なら出来るだろう」


 契約の上から契約を重ねて、古い方の契約を無理矢理無かったことにするという手法なのだろうか?

 トリシャは契約の仕組みに付いては理解していなかったが、クレアリスの従者になる事も選択肢の一つになるのだと、この時初めて知ることになる。


「ちなみに、どちらの従者にもならないっていう選択肢は無いの?」


「さすがの私でも金色の契約のみを破棄させる事は出来ない。それよりも私の従者になる気は無いか?」


 どうやら、ルミエーラかクレアリス、どちらかの従者になる選択肢しか無いようだ。


「僕がクレアリスの従者になったらアイリスやアリアとは会えなくなるの?」


 現段階で、アイリスやアリアとクレアリスを天秤にかけるのなら、間違いなく前者を選ぶだろう。いくら仲良くなったからと言っても、彼女とは知り合ったばかりなのだから。


「アイリスならついでに奪ってもいいが、白猫を含む猫の魔人は奪いたく無いな」


 彼女の従者になってもアイリスと一緒にいられるみたいだが、アリアとは会えなくなってしまうみたいだ。


「なら、今のままで良いかな。ごめんね」


 トリシャは考えた結果、アリアとの別れを惜しんだのだ。クレアリスの従者となって、お菓子作りに興じる。それも確かに魅力的な生活だ。

 それでも、アリアの入れてくれる紅茶を飲みながらアイリス、アリアと同じ時を過ごすというのは、何事にも変えられないくらい好きな時間になっていた。


「そうか・・・・・・」


 クレアリスはわかりやすく落ち込む。


「白猫も金色から奪えば考え直してくれるか?」


「それは・・・・・・」


 彼女はまだ諦めていないのか、妥協してトリシャに食い下がる。


「ルミエーラと戦うって事?」


「そうだな、そうなるな」


「乱暴なのはダメだよ」


 トリシャが想像するに、ルミエーラとクレアリスがぶつかれば、魔法を使った激しい戦いになるに違いない。

 彼女たちがどれほどの実力でどれほどの規模の魔法を使えるか知る由もないが、全力でぶつかれば、誰かが傷つく事は魔法初心者のトリシャから見ても明白だった。


「だったらどうしろと言うのだ?」


「争わずに済ませる事とか出来ない? 例えばルミエーラと仲直りするとか」


 彼女たちの喧嘩の原因は知らないが、少なくともルミエーラがクレアリスを嫌っている素振りは見えない。クレアリスさえ説得出来れば、仲直りできそうだとトリシャは考えたのだ。


「金色が頭を下げるなら考えてやってもいいが、こちらから仲直りなどしてやるもんか」


 彼女は顔を横に向けるが、その表情は怒りに満ちているようにしか見えなかった。


「喧嘩の原因って何?」


 喧嘩の原因がわからなければ解決の余地もない。まずはそれを探る必要がある。


「アイツが私を捨てたんだ。なのに、ノコノコと都合よく帰って来たりして、私の家を別荘の様に好き勝手使うのだぞ。アイツの我儘に付き合っていられるか」


 理由を聞けば聞くほど、クレアリスの怒りは増すばかりだ。まだ聞きたいことはあったのだが、彼女の憤りを落ち着かす為に、一旦話を止めることにした。


「1度落ち着こっか。もうすぐ昼食の時間だしルミエーラにも話聞いてくるよ」


「わかった……」


 まだ怒りが収まらないのか、クレアリスは返事をするものの、眉がつり上がったままになっていた。

 トリシャは彼女の怒りが自身に向く前に、部屋を退出して食堂へと向かうのだった。




「アリスとの喧嘩の理由?」


 食事の席でルミエーラ側の言い分を聞いてみることにしたトリシャは、ルミエーラが食事を終える頃を見計らって質問してみる。

 片方の意見だけ聞くと、公平とは言い難い。事実をより正確に把握する為にも、彼女からも喧嘩の理由を聞く必要があるだろうと考えたのだ。


「いいじゃないか、何でも」


「教えてください。クレアリスはあなたに捨てられたって言ってましたよ」


 いつもの様にはぐらかそうとするルミエーラにトリシャは追求の手を緩めない。


「そんな事言ってたのか。そもそも、アイツが私の作った薬を勝手に飲んだのが悪い。なのに、謝りもせずに言い訳ばかりするんだぞ」


 彼女の琴線に触れたのか、怒りの混じった声で喧嘩の原因を話し始める。


「アイツが謝りに来るのを待っていたが、来る気配が無いのでな。いつまでも面倒を見るわけにもいかないし、丁度いい頃合だと思ってここを離れたんだ」


 今まで聞いた話を統合すると、クレアリスがルミエーラの薬を飲んだ事から喧嘩が始まり、ルミエーラがこの城を出た事でより関係が悪化したという事になるのだろうか。

 ルミエーラの話を聞く限り、クレアリスが悪いように見えるが、幼い少女を1人、この広い城に残して出ていく行為は、決して良いことだとは言えない。


「あなたが出ていくからクレアリスは嫌われたと感じたみたいですよ」


「嫌っているのはアリスの方だろ」


 ここでまた意見が食い違う。トリシャが思うに、喧嘩した時に口論だけして、その後は何のフォローも無しに距離を置いたから、お互いの溝が深まったのだと感じた。

 だからこそ、お互いがお互いを嫌っているという勘違いをしてしまうのだ。似た者同士というか、ルミエーラもクレアリスも相手に素直になることが出来ないのかもしれない。


「じゃあ、ルミエーラはクレアリスの事好き?」


「まぁそれなりに・・・・・・」


 ルミエーラは顔を背けてボソリと呟いた。照れが生じたのか、怒りが収まらないのかは分からないが、彼女の機嫌が悪いのだけは見て取れた。


「そんなんじゃ、いつまでも喧嘩したままだよ。いいの?」


「良くは無いがトリシャには関係無い話だろ」


「関係あるよ。僕、クレアリスの従者にならないか誘われてるんだ」


「は?」


 先程まで目を合わせようとしなかったルミエーラは予想外の展開にトリシャの顔を直視する。


「私と契約を結んでいるんだ。そんなこと出来るわけがないだろ」


「でも、クレアリスは上書き出来るって行ってたよ」


「・・・・・・」


 ルミエーラは黙り込む。彼女が口を塞ぐということは、クレアリスが言っていた契約の上書きが真だという裏付けになってしまう。


「2人の仲が悪いままなら、クレアリスの従者になるのも選択肢の一つだと思う」


「私とアリスの仲と何が関係ある」


 不貞腐れた様にルミエーラは再びそっぽを向く。肘を机に付き、手の平に顎を乗せる姿は彼女の心情が態度に出ている証拠だった。


「だってクレアリスと友達になったもん。自分の主と友達の仲が悪いのって良い気はしないよね」


「はぁー」


 ルミエーラは深いため息をつくと、腕を組んで鋭い目つきでトリシャを見やる。


「今の主は私だぞ。なのに、目の前で主の変更を示唆するとはいい度胸だな」


 怒気混じりの声は重く威圧を放ってくる。彼女がトリシャに怒りを向けるのは初めての事だった。


「例え今あなたに殺されても、僕は自分の生きたいように生きます」


 動揺も恐怖も見せず、トリシャは真っ直ぐルミエーラの目だけを見て主張する。主であり魔女である彼女を怒らすとどうなるか、トリシャは最悪な事態も覚悟の上で話を切り出したのだった。


「そうか、殺されてもいいんだな。アリス共々死を選ぶか?」


 ルミエーラは立ち上がると周囲を雷撃が駆け巡る。バチバチと音を散らす閃光に当たれば無事では済まない。

 トリシャは立ち上がる事も逃げる事もせずに、悠然と椅子に座していた。


「ルミエ、落ち着いてください」


 仲裁に入ったのは意外にもアイリスだった。ルミエーラの従者であるアイリスがトリシャを庇う、ましてや主に抵抗するはずが無いと思っていた。

 その彼女が仲裁に入るのだから驚かずにはいられない。


「アイリスどけ、お前まで死にたいのか?」


「トリシャの護衛を任されているのでどきません」


 アイリスはトリシャの真横に来て防御魔法を展開させる。時折雷撃の支流が防除魔法に当たり、激しい音を鳴らす。


「主の命令だ、どけ」


「現時点では護衛の命令が有効です。命令の変更を受け付けません」


 アイリスは頑なにトリシャを守ろうとする。いくら彼女が人間ではないにしろ、ルミエーラの雷撃が直撃すれば、無事に済むとは思えない。


「アイリス無理しなくても……」


 トリシャの心配を他所に、アイリスは顔を向けるとニコリと微笑みかけるのだ。


「大丈夫です。私がトリシャを死なせません」


 そう言うと、トリシャの手を右手で握ってくる。温かみのあるその手に、トリシャは自然と身を任せることが出来た。

 これ程まで心強い味方がいてくれるのだ。トリシャにとってルミエーラの怒りも死も恐怖の対象から外れる。

 アイリスが味方になってくれた。このことが、トリシャにとっては恐怖を忘れさせるくらい喜ばしい出来事なのだから。


「アイリス、お前が私の本気を防げると思っているのか?」


「たとえ防げなくとも、トリシャを守れるだけの力はあると自負しております」


 いつにも増して強気に出るアイリスは頼もしく見えた。この様な事態に巻き込んでしまったが、トリシャはアイリスに怪我などさせたくは無いと心配する。

 しかし、魔女と正面から対峙した今、トリシャに出来ることなど何も無い。


「ルミエーラはクレアリスと仲直りしたくないの?」


「……」


「クレアリスの事が好きなら伝えないと誰にもわからないよ」


「……」


 トリシャの言葉を聞いているのかいないのか、ルミエーラは無言を貫いた。


「黙ってちゃ何も伝わらないよ」


「……」


 無言のまま、ルミエーラは手を前にかざす。周囲を走っていた雷撃が1箇所に収束するのが見て取れる。

 彼女はアイリス諸共、トリシャに攻撃する事を決めたのだ。魔法初心者のトリシャでも、ルミエーラが放とうとしている雷の魔法が強大である事は感じられた。


 ルミエーラの体がゆっくりと宙に浮かぶと、彼女の前方に紫色の魔方陣が浮かび上がる。その魔方陣は彼女の体を覆う程大きく、複雑に組まれた術式は、初心者のトリシャには到底理解できない。

 しかし、その魔法が、今まで見てきたどの魔法よりも遥かに高度で高威力の魔法である事事は伺える。

 トリシャの手を握るアイリスの手に力が込められると共に、場にとてつもない緊張感が走る。魔方陣が浮かび上がったと同時に死を覚悟したトリシャは、その温かみのある手を握り返すのだった。


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