34話 『一口のイチゴのパフェと』
アイリスが部屋から出ると、部屋の中にはトリシャとクレアリス2人だけとなる。会話が一度途切れると、きっかけが無いとなかなか話せなくなるのは当然だと言えよう。
ましてや、クレアリスと知り合ったのは昨日の事なので、トリシャが会話を切り出せないのは仕方ない事だった。
そんなトリシャはシュークリームを食べ終わると、お皿の上に乗せられたプリンを見る。プリンの上部は薄いカラメルの層になっており、その上から白いホイップクリームがトッピングされていた。
端がハートの形になったスプーンでプリンを一口分すくうと、そのまま口の中へと運ぶ。
「甘いんだけどカラメルがほろ苦くて美味しい」
苦味や辛味に弱いトリシャでも美味しく食べられるほどカラメルは強い苦味では無い。上に乗ったホイップがアクセントとなり、何個でも食べられそうだと感じた。
「うまいだろー。再現するのに少し手間取ったが、なかなかの出来だと自負している」
「これはこれで美味しいけど、僕の知ってるプリンだと、もうちょっと柔らかい気がする」
クレアリスの作ったプリンは弾力があり、しっかりと形が整っている。トリシャの記憶の中にあるプリンはスプーンを乗せただけで中に沈むほど柔らかい気がしたのだ。
「美味しく無いのか?」
彼女は不安そうな表情でトリシャの顔を覗き込む。
「これはこれで、美味しいよ。ただ僕の知っている物と少し違うってだけで」
「味には自身があるんだが、柔らかくしすぎると形が崩れてしまうからこれ以上柔らかく出来なかったんだ」
クレアリスは腕を組むと考え込む。彼女なりに試行錯誤を繰り返した結果完成させたのだ。
プリンは柔らかい物と固定概念を持っていたトリシャだったが、弾力のあるプリンも悪くないと感じた為、彼女の作ったプリンを否定するつもりは無かった。
「無理に変えなくてもいいと思うよ。このプリンも美味しいし」
プリンを柔らかくしつつ形が崩れない方法など、トリシャが知るはずもない。柔らかいプリン=美味しいと言う訳では無いので、無理に変えて味が崩れるのだけは避けたいと思うトリシャであった。
「何か他にも気がついたことがあったら言ってくれ。参考にする」
お菓子に対しての情熱が強いのか、クレアリスはお菓子作り素人のトリシャにアドバイスを求める。
「僕よりアリアに聞いた方がいいと思うけど」
「アリアと言うのは白猫か? あいつはダメだ」
彼女は強い口調で嫌悪感を露わにする。そして、ルミエーラに向けるものと同じ表情になるのだった。
アリアが彼女に嫌われる様な事をするとは思えない。アイリスは部屋に入るのを許可するのに、アリアだと何故いけないのか、トリシャにはその理由を推測することが出来ないのだ。
「トリシャが良ければ、ここにいる間だけでも私の研究の手伝いをしないか? もちろん報酬は出そう」
「報酬でるの?」
報酬という言葉にわかりやすく食いつく。
「もちろんだとも。美味しいお菓子が完成すれば街に売りに行くからな。心配しなくとも働いた分の報酬は払おう」
トリシャは思った。好きなお菓子作りを手伝うだけで報酬という名のお小遣いが貰え、仕事という名の暇潰しも出来る。それにクレアリスとも仲良くなれるきっかけになるかもしれないと考えると、トリシャにとって良い事尽くしの様に思えるのだ。
「する、手伝いする」
勢いよく手を挙げると、天井に向かって指を揃えまっすぐ伸ばす。前のめりな姿勢で主張するトリシャは、彼女の気が変わらない内に話を付けようとしたのだ。
「そうか、手伝ってくれるか。なら食べ終わったら早速、手伝ってもらうことにしよう」
いつの間にかに彼女と親しく話せるようになっていた。お菓子という共通の話題と趣味があったおかげかもしれないが、険悪な間柄よりも仲良くするに越したことは無いのだ。
アイリスが戻ってくる頃にはトリシャもクレアリスも昼食という名のお菓子を食べ終わっていた。帰ってきた彼女に今までの経緯を説明し、彼女を含めた3人でクレアリスの研究施設へと移動するのだった。
「さてと、何から始めようか。トリシャは何か食べたい物、作りたい物とかあるか?」
研究施設に辿り着くと、クレアリスは早速、研鑽を始めようとする。研究施設は広く、調理台の様な物から食器棚まで複数置かれていた。
白を基調とした部屋は、クレアリスの部屋とも氷で出来た他の城内と違って、数時間前に見た工場の様にシンプルな造りだった。
食べたい物は無いのかと咄嗟に聞かれると、望みの答えは直ぐには出てこないものだ。シュークリームとプリンを食べた後なので、トリシャの欲求が満たされている事も関係しているだろう。
そんな頭を使い、自身が食べてみたい物を考える。
「そうだなー、ケーキは外せないとして、パフェとか食べてみたいかも」
少しの間だけ思考して出した答えはパフェだった。普段食べている焼き菓子の類や、先程食べたシュークリームやプリンと違って頻繁に食べる様な物では無かったが、充実した施設を見ると簡単に作れるような気がしたのだ。
「パフェとはどのようなお菓子何だ?」
初めての聞く単語にクレアリスが食いつく。期待に満ちた目でトリシャのことを見つめてくる彼女の眼は眩しいくらいに輝いて見えた。
「生クリームとかシリアルとかの上に果物やアイスクリームを乗せる食べ物かな。スポンジ生地使ったりプリンを載せたりしたのもあるみたいだけど……」
「何だ、その食べ物は? そんなに色んなお菓子を詰め込んで味はまとまるのか?」
トリシャのざっくりたした説明を聞く限り、彼女は完成形を想像出来ないのだろう。クレアリスは当然、味の心配をする。
「大丈夫だよ。ここで作っているお菓子を使えば直ぐにでも出来そうだけど、作ってみる?」
「そうだな、早速作ってみようか」
クレアリスはそう言うと、施設の至る所から様々なお菓子を用意する。生クリームや果物、アイスクリームの入った容器を並べで行く姿は壮観で、家庭で作る様な小さな規模では無く、まるで企業が新商品を開発するくらいの勢いを感じてしまう。
「すごいね。すぐにたくさんのお菓子を用意できるんだ」
「まぁな、しかし、シリアルだけは作ってないから用意したくても出来ないんだ」
パフェにはシリアルが入っている事が多いとトリシャは思っていた。だからといって無ければ作れないという訳でもない。曖昧な前世の記憶を辿る限りはシリアルの入ってないパフェだって存在するのだから。
「無くても一応作れると思うけど?」
「いや、せっかく作るのだ。シリアルを使って作った物も食べてみたいではないか」
未だ完成形の見えないクレアリスは、トリシャが言った物を再現してみたいと考えていた。
「でも、無いものは仕方ないし、どうしようか?」
「トリシャはシリアル作れないのか?」
食べる事には興味のあるトリシャも作る事に関しては素人も同然だ。ルミエーラの元に来て1ヶ月以上経過するが、トリシャがお菓子を作ったことなど無いのだから。
「僕は作れないけど、アリアなら作れるかも」
トリシャが食べるお菓子を度々作ってきたアリアなら、もしかしたら作れるかもしれないと考える。
「聞いてきましょうか?」
「お願い」
トリシャからお願いされると、アイリスはアリアの元へと向かうのだ。クレアリスが頑なにアリアの侵入を拒む事もあり、この方法でしか確認することが出来ないからだ。
アリアは氷の城に来てから、ルミエーラと共に行動している。そちらで用事があるかもしれないので、結局誰かが橋渡しになる他ないのだ。
「じゃあ、待ってる間に、ここにあるものを使って1回作ってみる?」
アイリスが戻ってくるまで何もしないのも時間を持て余す事になる。なので、彼女が戻ってくるまでの間に、シリアルを使わないパフェを作ってみようと考えたのだ。
「そうだな、作ってみようか。足りないものがあったら言ってくれ」
「うーん、シリアルの代わりになりそうなスポンジ生地があったら助かるかな。それと、苺を使ったソースとかって作ったりできる?」
「わかった、用意してくる」
クレアリスは部屋から一旦出ると、トリシャが要求したものを携えて戻ってくる。調理台の上に置かれた、ケーキに使われる様なホール大のスポンジ生地と、ボトルに入った苺のソースは、そのままでも美味しそうに見えるくらいいい香りを発していた。
「あっ」
ここで突然、トリシャが声を上げる。
「どうしたのだ?」
「肝心の容器を用意してないや」
パフェ作るための材料がこれだけ揃っているのに、それらを盛り付ける器が用意されていないことに気がつく。
「どんな容器が必要なんだ?」
「底が深くて、口の広がった大きめのグラスなんだけど、あるかな?」
トリシャは口頭の説明と共に手を使って形を表現する。
「探してくる」
クレアリスは足早に部屋を出ると、グラスを探しに行く。今の説明で伝わったか分からないが、直ぐに部屋を出て行ったので伝わったと信じるしかない。
再び部屋に1人になったトリシャは大人しくクレアリスが戻ってくるのを待つのだった。待っている間に部屋の中にある食器棚に目を通すが、パフェを盛り付けるに最適な器は見当たらなかった。
部屋の中をある気ながら待っていると、クレアリスがグラスを持って戻って来た。
「あったぞ。これでいいか?」
彼女が用意したグラスは口の広がりこそ控えめなものの、逆三角形のパフェに適したグラスと言える容器だった。
「うん、バッチリだよ」
トリシャから確認が取れると、クレアリスは嬉しそうにはにかむ。その無邪気な表情に改めて彼女の可愛らしさと美しさを実感するのだ。
苺のソースに生クリーム、小さく切ったスポンジ生地に苺を乗せる。逆三角形のグラスの中には赤、白、黄色と、何層にも渡って甘さと美味しさを積み重ねてく。
最後に生クリームの上に切ってないそのままの苺を載せると完成になる。素材が揃っているので、それを乗せていくだけなので、お菓子作りの経験の無いトリシャでも、この位のことなら無理もなく出来るのだった。
「これがパフェっていうものか」
「そうだね。後は白黒のチョコレートで出来たストローみたいな棒が刺さっていれば完璧かな」
パフェに必ずと言っていい棒状のお菓子、チョコレートの他にも焼き菓子や、チョコレート菓子がある。それらを要らないと言う人もいるだろうが、トリシャにとっては、それも含めてパフェだと考えているのだ。
「今すぐには用意は出来ないが、それも後で作ってみよう」
今はあるものでパフェを再現したに過ぎない。少しくらい素材が足りない位では美味しさの根幹が崩れたりはしないだろう。現時点ではそれほど重要な事では無かった。
「さて、それでは食べてみようか」
クレアリスから柄が長めのスプーンを手渡されると、トリシャは1番上に乗った苺を下にある生クリームごと掬うのだ。
そのまま口へ運ぶと、新鮮な苺の酸味と、生クリームの甘味が口の中へ広がる。
「やっぱりパフェは美味しいよね」
このパフェが美味しいのは、作るための材料を用意したクレアリスのおかげと言える。トリシャはただ、それを盛り付けただけに過ぎないのだから。
「このパフェという食べ物なかなかやるな。ケーキの様でいてケーキとは違った味わいがある」
材料で言えば苺のショートケーキと大差は無い様に見える。ただ違うのは苺を使ったソースと苺のアイスクリームが加えられた点だ。
それだけで、見た目も味わいも別の食べ物へ変わった印象を受けてしまうのだった。
クレアリスとパフェを食べていると、アリアにシリアルの作り方を聞きに行っていたアイリスが戻ってくる。
「アリアに聞いて来ました。作れる事には作れるみたいなのですが、シリアルには種類があるみたいです」
「え、そうなの?」
シリアルについて深い知識があるわけでは無いトリシャは、シリアルに複数種類があるとは思わなかった。
「アリアが言うにはコーンフレーク、パフ、クランチ、オートミールがあるそうです」
「その中ならコーンフレークかな」
聞いたこと無い選択肢も多かったが、トリシャの想像するパフェに適したシリアルはコーンフレークで間違いないと判断したのだ。
「アリアに作り方教わるために来てもらう?」
「白猫を来させようとするんじゃない」
手っ取り早いのはアリアが今いる場所に来て、実際に作る所を見る事だが、クレアリスは頑なにアリアが来ることを拒んだ。
「それでは、私が習ってきましょうか?」
「うん、お願いするよ」
トリシャはアイリスの提案を受け入れる。自身がいっても良かったのだが、教えてもらったからといって再現出来るとは限らない。
なので、自身より上手に作れそうなアイリスに任せる事にしたのだ。
「ノエル」
クレアリスの声に反応してイヤリングが輝くと、目の前に昨夜の浴室で見かけた紫色の髪の毛をした少女が姿を現す。
昨夜は遠目なのと浴室の湯気も相まって、ぼんやりとしか姿を確認することが出来なかった。改めて間近で少女を見てみると、整った顔立ちをしておりアイリスやクレアリスとは違った美少女だという印象を受ける。
「ノエルも連れていけ。ノエル、アイリスと一緒にシリアルという物の作り方を習ってこい」
「了解しました」
クレアリスはノエルと呼ばれた少女に命令する。指示を受けた少女は右手を顔の近くまで上げながら返事をするのだった。
「それでは行ってきますね」
「ちょっと待って」
直ぐにアリアの元へ行こうとするアイリスを、トリシャは呼び止めた。
「はい、あーん」
スプーンでパフェを一口掬うと、アイリス方へ差し出すのだ。
「あーんとは何でしょう?」
よく意味を理解していないアイリスは首を横にかしげる。
「あーんって言われたら口を開けるんだよ。待ってる間にパフェ作ってみたからアイリスも食べてみて」
トリシャはパフェの生クリームと苺を乗せたスプーンを、アイリスの方へ差し出す。普段のトリシャなら照れが生じ行うことは無い。
しかし、お菓子をたくさん食べることが出来てご機嫌な様子のトリシャは、珍しくも通常なら照れの生じる行動をとるのだった。
「折角なので」
「はい、あーん」
アイリスはトリシャに近づくと差し出されたスプーンの上に乗ったお菓子を口に含む。スプーンの上を唇が這うと、スプーンの上に乗っていた物はアイリスの口の中に収まるのだった。
「クリームと苺が美味しいですね。これが先程話していたパフェですか」
アイリスはパフェを一口分食べ終えると、舌で唇をなぞる仕草をする。普段から食事をしない彼女は、きっと人に食べさせてもらうのは初めてだろう。慣れない行為だった事もあり、彼女は唇に付いたクリームを舌でひと舐め拭ったのだった。
「コーンフレークが出来たら、また違った味わいのパフェが食べられるから楽しみにしててね」
「はい」
アイリスは一礼すると、ノエルと共に部屋を出ていった。それを確認すると、トリシャはアイリスが口を付けたスプーンで、残りのパフェを食すのであった。




