33話 『アイスクリームとクリームソーダの味と』
クレアリスに案内されるまま付いていくと、初めの角を右に曲がるのが正解だと知る。2分の1の確率を外してしまったわけだが、トリシャが気に病むことは無い。
それよりも、彼女が作っていると言うお菓子たちの方に興味津々な様子だ。
「遠慮せずに入って良いぞ」
どことなく楽しげな彼女に促され部屋に入ると、ファンシーな内装をした空間が現れる。部屋全体が白、水色、青、薄紫、ピンクと、淡い色使いをした家具や小物で彩られており、部屋の至る所にデフォルメされたお菓子のクッションが散りばめられていた。
自身に与えられた部屋よりも何倍ものファンシーな部屋の雰囲気にトリシャは驚かされるのである。
「このクッション可愛いね」
トリシャは手前にあるアイスクリームの形をしたクッションを手に取る。コーンの上に置かれたアイスクリームはデフォルメされているものの、美味しそうに見えた。
「そうだろー、可愛いだろー。これは外で見かけて気に入ったものを買い集めたんだ」
自慢げに話す彼女は憎めなく、むしろ子供っぽい笑顔は彼女を魅力的に見せる。
「ひとつくらいならくれてやっても良いぞ」
「本当?」
彼女の言葉にトリシャはすかさず食いつく。可愛らしいクッションは女性に、特に女の子に好まれるだろう。しかし、譲ってくれると言われたら欲しくなる代物なのだ。
「あ、これはダメだぞ。このキャンディーのクッションは持ち手が少し固めの素材で出来ていて、振り回せるから気に入っているんだ」
そう言うと、クレアリスは棒の部分を持ち、キャンディーの形をしたクッションを振り回す。持ち手に球体の飴がくっついたクッションはシンプルだが、それでも可愛さは十分感じられる。
「これならどう?」
トリシャが手に取ったのは、白いチョコレートのかかったドーナツ型のクッションだった。真ん中に穴が空いているものの、クッションとしての機能性は十分に発揮されそうだ
見た目も可愛く、機能性も考慮したトリシャは、そのクッションを選ぶのであった。
「そんなので良いのか?」
「うん、これが良い」
クレアリスが疑問に思う中、トリシャは即答で応える。2人の感覚に微妙な差異があるみたいだが、それは好みの違いしすぎないので、些細な問題でしかない。
「トリシャが良いなら、それをくれてやる」
「ありがとう」
トリシャからお礼を言われると、彼女は照れくさそうに手に持っていたクッションで顔の下半分を覆った。
「それよりも、トリシャは何のお菓子が食べたい?」
「うーん、そうだなぁ…」
アイスクリームにシュークリーム、チョコレートにプリン。彼女が作っているお菓子の全てを知っているわけでは無いが、彼女から聞いたお菓子はどれも食べたいくらいだった。
いつも以上に真剣に悩んだトリシャは数秒考えた後、答えを出す。
「シュークリームと迷ったけど、プリン、プリンが食べたい!」
はっきりと主張したトリシャは、2回も口に出して答える。
「しかたないなぁ、どっちも食べさせてやる」
今日の彼女は大変機嫌が良いみたいだ。クッションだけではなく、お菓子を2種類も食べさせてくれるという。
「アイリスは何が良いの?」
「いえ、私は……」
「何だ、お前も食べるのか?」
2人の視線がアイリスに向けられる。言葉に詰まったアイリスは、やがて羞恥を浮かべた顔で答えるのだった。
「お恥ずかしながら、アイスというものに興味が出てしまいました」
トリシャが来てからというもの、一緒に焼き菓子を食べる事が習慣化されていた。今まで食べ物に興味を示さなかったアイリスも、トリシャの影響で甘い物に惹かれていったのかもしれない。
「珍しい魔人だな。まぁいい、用意してやる」
もしかしたら、アイリスは遠慮していたのかもしれない。アイスクリームに興味はあったものの、自身の立場を考えて言い出しづらかったのだろう。
「あ、そうだ。先に飲み物を用意しようか」
クレアリスは白い角に丸みを帯びた四角い箱の様な物の前に腰を下ろすと、急に思い出したのか動きを止め、再び立ち上がった。
「飲み物って?」
「普通の果実を使ったジュースもあるが、私のお勧めはソーダという飲み物だ」
今までトリシャが口にしてきた飲み物は、紅茶と牛乳だけだった。ルミエーラは四六時中、紅茶かコーヒーしか飲まないので、それ以外の飲み物をこの世界に来てから飲んだことは無い。
「炭酸もあるの?」
トリシャはソーダと言う言葉に食いつく。
「炭酸とは何だ?」
「炭酸飲料っていうかな。ソーダを含んだシュワシュワする飲み物の事だよ」
「シュワシュワする飲み物がソーダ以外にあるのか?」
今度はトリシャの言葉にクレアリスが食いつく。
「コーラとかジンジャーエールとか、ソーダにアイスを乗せたクリームソーダもあるね」
「ソーダにアイスを乗せるだと!」
トリシャの言葉にクレアリスは驚愕する。彼女はお菓子の研究を続けてきていたが、その様な発想が無かったからである。
「早速いまから試したいのだが、どんなアイスを乗せたら良いんだ?」
「やっぱり王道はバニラアイスにメロンソーダを合わせたメロンクリームソーダかな」
バニラアイス以外を乗せたクリームソーダをトリシャは知らなかった。なので、ここは王道の組み合わせを彼女に勧める事にしたのだ。
「つい最近完成させたメロン味が早速役に立つとは。ついてこい」
彼女はそう言うと、部屋の奥にある扉から、隣の部屋に入るのだった。そこは様々な種類のお菓子が保存された倉庫の様な部屋だった。
倉庫といっても無機質な空間ではなく、先程の部屋同様カラフルな色合いをした部屋だった。こちらの部屋にはクッションではなく、本物のお菓子が大量に保管されていた。
「どうだ、すごいだろ。好きな時に食べられるように隣にお菓子専用の部屋を作ったのだ」
誇らしげに話す彼女は更にご機嫌になっていく。彼女の言う通り、お菓子にかける情熱は見て取れた。それだけ彼女の研究が本気である事は、この部屋と先ほどの工場を見れば一目瞭然である。
「それではクリームソーダとやらの作り方を教えてくれ」
彼女に促されるまま足を運ぶと、部屋の壁にそびえるカラフルな液体が入った容器の前に来る。鮮やかな色に彩られた液体からは、小さな気泡が無数に下から上に移動していた。
「ここを押すとソーダが出てくる。コップはこれを使え」
クレアリスが用意したガラスのコップには切子が施されていた。薄く青に染まるコップに、雪の結晶に見える模様が、透明に入っていた。光を受けると輝いて見えるコップは美しいという一言に限る。
「綺麗なコップだね」
「私も気に入っているんだ」
クレアリスの視線は、一見コップに注がれている様に見えるが、実際はクリームソーダが作られる様子を今か今かと待ちわびていた。トリシャはその愛らしい表情を確認すると、彼女の為にコップにメロンソーダを注いでいく。
トリシャがボタンを押すと、薄い青色のコップが鮮やかな緑色に染まっていく。シュワシュワと音を立て、細かな気泡が水面で留まる事も無く無数に弾ける。
「アイスは何処にあるの?」
緑色の液体をコップの7割くらいまで注ぐと、次の工程に移る。
「こっちだ」
クレアリスに連れられ、大きな冷蔵ボックスの前に移動する。上半分は透明になっており、中の様子が、扉を開かなくても確認できる。
パステルカラーをした複数のアイスが、大きめの容器に小分けされており、まるでお店のショーケースの様に見えた。
クレアリスから半円の深いスプーンを渡されると、彼女によって開かれたボックスの中から、バニラアイスを選びすくうのだ。それをそのままコップに注いだメロンソーダの上に乗せると、メロンクリームソーダの完成である。
「これがクリームソーダというものか」
瞳を輝かせてコップに注がれた緑色の液体と白色の固体を見やる。トリシャからコップを受け取ると、彼女はその場で飲み始めるのだった。
「うーん、ちょっと飲みずらいぞ?」
急いで飲もうとするから、アイスが手前で引っ掛かり上手く飲めない様だ。
「アイスを少し溶かした方が上手く飲めるよ。ストローとかあったらもっと飲みやすいかな」
「なるほど」
クレアリスは部屋の中を駆けると、引き出しからストローを取り出してくる。
「メロンソーダの味しかしないではないか」
ストローを刺して再びその場で飲み始めた後、抗議の声を上げる。
「最初はメロンソーダ、徐々にアイスが解けていくとクリームソーダになるんだよ。1度に2度楽しめると思うとわくわくしない?」
「2倍楽しめるな」
一瞬不機嫌になった彼女は、トリシャの言葉に直ぐに機嫌がよくなる。慌ただしく表情を変える彼女から目が離せない。
「立ったままだとお行儀悪いから、向こうの部屋でゆっくり飲んだらどうかな?」
「それもそうだな。シュークリームとプリンを用意してやるから、これと自分の飲み物を注いで向こうの部屋で待っていてくれ」
クレアリスからクリームソーダを渡されると、彼女は用意をし始める。
「アイスも忘れないでよ?」
「わかってる」
トリシャの声にクレアリスは後ろを向いたまま返事をする。その様子を見ながらトリシャは自身の飲み物を注ぐのであった。
人の物は大きく見えると言うが、クレアリスにメロンクリームソーダを作ってあげていると、同じものを飲みたくなってくる。トリシャは新しいコップにメロンソーダを注ぐと、その上にアイスを乗せるのであった。
「アイリスは何か飲む?」
「いえ、私はアイスクリームだけで充分です」
また、遠慮しているのかなとトリシャは感じたが、アイスに飲み物をわざわざつける必要も無いので、無理に勧める事はしなかった。
一足先に元のファンシーな部屋に戻ったトリシャたちは部屋の中で立ち尽くす。部屋の中にはローテーブルがあるものの、その周りはピンク色の毛がフカフカしたマットが敷かれている。土足で上がっていいのか悩んだ挙句、立ち尽くしてしまった理由となる。
「何をしてるんだ? そこのテーブルに座らないのか?」
「いや、靴脱いだ方が良いかなって思って」
後から戻ってきたクレアリスに座る様に促されるが、両手に飲み物を持っているので靴を直ぐに脱げそうにない。
「脱いだ方が良いが、そのままでも構わんぞ」
クレアリスは気にしない様子だが、土足でマットを踏むのは躊躇われる。
「私が飲み物をお持ちしますので、靴を脱いでは如何ですか?」
その様子を察したアイリスが助け舟を出してくれる。
「ありがとう」
トリシャはアイリスに飲み物を渡すと靴を脱ぐ。そしてマットの上に乗ると、アイリスから飲み物を受け取りテーブルの上に置く。彼女もトリシャに続く形で靴を脱いだらマットの上に乗るのだった。
ローテーブルを囲うように3人で座ると、クレアリスの手からテーブルの上にお菓子が置かれる。
シュークリームにアイスクリーム、プリンにケーキまでもある。テーブルに置かれたお菓子はどれも美味しそうで、トリシャは早く口に入れたい気持ちでいっぱいだった。
「それでは食べようか」
クレアリスがクリームソーダを口に含むのを皮切りに、お菓子パーティーが幕を開ける。
トリシャが初めに手に取ったのはシュークリームだ。中にびっしり詰まったクリームによって見た目以上に重く、口に含むと甘いクリームでいっぱいになる。
「これ、クリームがたっぷり入っているね」
トリシャの記憶だと、シュークリームの上半分はクリームが入ってない事が多い。しかし、このシュークリームは中から溢れそうなくらいいっぱいにクリームで満たされているのだ。
「そうか? 私はいっぱいある方が好きだが口に合わなかったのか?」
「いや、美味しいよ。クリーム食べているみたいだけど」
味は文句なしに美味しかった。むしろクリームがたっぷり入っていて贅沢な味わいにしてくれる。クリームがたっぷり入っているのが、クレアリスの好みか、この世界の標準なのかは知らないが、甘くて滑らかなクリームの舌触りに幸せな気持ちになるトリシャだった。
「このクリームソーダっていう飲み物良いな。こんな甘くて美味しい飲み物があったなんて知らなかったぞ」
アイスクリームが程よく融け、メロンソーダと混ざり合う。アイスクリームの甘みとソーダのシュワシュワ感がお互いの魅力を引き立てながら、それぞれに無い美味しさを構築していく。
「炭酸強すぎるのはあまり好きじゃないから、僕はクリームソーダの方が好きかな」
強い炭酸が好きな人もいるのだが、トリシャは刺激が強すぎるものは苦手だった。アイスクリームを入れる事で刺激が緩和されると共に甘みも増すので、クリームソーダの方を好むのであった。
「んー」
隣で声を上げるのはアイリスだった。初めて食べるというアイスクリームを口にして、その冷たさに表情を崩す。頬を片手で抑え、片目を瞑る仕草を真横でされると、不覚にもときめいてしまう。
それほどにまでアイリスの表情は魅力的に見えるのだ。
「想像以上に冷たいですね。でも甘くて美味しいです」
彼女はアイスクリームの魅力に引き込まれたのか、先程よりも控えめに匙ですくうと、アイスクリームを嬉しそうに口に運ぶのであった。
「どうやらアイリスはクレアリスの作ったアイス気に入ったみたいだね」
「はい、気に入りました」
アイスクリームの乗った平らな器を、脇を締めて持つと小さめのスプーンで何度も口に運んでいく。初めての経験を噛みしめるようにアイスクリームを味わっているように見える。
「そうだろー、旨いだろー」
「クレアリスが食べてるのって何?」
オフホワイトの生地に、表面がこんがり焼かれている。三角形に近い形に切り取られたケーキは、トリシャの記憶の限りチーズケーキに見えたのだ。
「これはチーズケーキだ。もうお昼時なのでな、昼食にしようと思って持ってきたのだ」
クレアリスはそう言うと、クリームソーダを片手にチーズケーキを食べていく。彼女にとってはケーキも昼食に入ってしまうのだ。
「時間を忘れていました。アリアが探しているかもしれません」
アイリスは最後の一口を口に含むと、立ち上がって靴を履く。
「トリシャはお昼ご飯どうされますか?」
「うーん、アリアには悪いけど、今シュークリーム食べちゃったからいらないかも」
まだプリンも食べていないトリシャは昼食の事よりも、目の前のお菓子で頭がいっぱいだったのだ。きっとアリアが昼食を用意して待っているかもしれないが、お菓子の誘惑に負けてしまうトリシャであった。
「わかりました。では、この部屋で待っていてください。アリアが探しているかもしれないので行ってきます」
「あ、悪いけど代わりにアリアに謝っといてもらえる?」
「かしこまりました」
アイリスは一礼すると、急いで部屋を後にする。部屋に残ったトリシャは、クレアリスと一緒にお菓子を食べる事となる。




