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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
二章 白銀の幼女と母親の愛情と
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32話 『金属の扉と丸い生物と』

 目が覚めると白い天井が視界に広がる。馴染みの無い天井にトリシャは自身がどこにいるのか一瞬分からなくなる。

 思考が安定すると、それがベッドの天蓋だという事を理解する。どうやら、いつの間にかに氷の城の中にある、自身に与えられた部屋に戻ってきたらしい。

 トリシャは自身の最後の記憶を辿る。お風呂場でクレアリスと遭遇した事までは直ぐに思い出したが、その後の記憶が曖昧になる。


「気が付かれましたか?」


 少女の声に体を起こすと、ベッドの横にある椅子に腰掛けているアイリスの姿が確認できた。彼女は何をするでもなく、背筋を真っ直ぐにして椅子に腰かけていた。

 その姿は精巧に作られた人形の様で、彼女の美しさを再確認する事になる。


「確か、クレアリスと話していて、それから・・・・・・」


 記憶が定かでないトリシャは言葉に詰まる。必死に思い出そうと試みるが、頭が働かない。


「入浴時間が普段よりも長かったので確認したところ、湯あたりしていたみたいなので勝手ながら介抱させてもらいました」


 アイリスの言葉にようやく、クレアリスの着替えを待つ間にのぼせてしまった事を思い出す。上せてきたので浴槽から出ようと立ち上がった所、目眩がして倒れてしまったのだ。


 自身の姿を確認すると、入浴前とは違う服を着ていた。紫色のワンピースは薄い素材で出来ており、黒のレースが艶やかに飾り付けられている。その服装は余所行きとは言い難く、部屋出来るのも躊躇してしまう程露出の多い物だった。

 裾は短く、袖も無い。太股や二の腕は露わになり、注意せずに動けば下着が見えてしまいそうだ。

トリシャの意識が無いのを良い事に、アイリスが独断でこの服装を選んだのだろう。すました顔で佇む彼女に罪の意識は感じられない。

 となると、アイリスが服を着せてくれて部屋まで運んできてくれた事になる。裸を見られただけでなく、勝手に露出度の高い服を着せられたが、トリシャは怒るに怒れない。

 何故なら、倒れた自信を介抱してくれたのは彼女だからだ。トリシャは羞恥心を押し隠す様に、布団で肌の露出している四肢を隠すのであった。

 アイリスの様な可愛らしい女の子が、少女の姿になっているとはいえ自身の体を、部屋まで抱えて運んでくるとは通常は考えにくい。しかし、魔法があるこの世界でその常識は無意味な感覚だろう。なにより彼女は魔法が使え魔人という存在なのだから。

 自身の常識に固執する必要は無いのだとトリシャは理解を早めていく。


「着替えさせてくれたの?」


「はい。不測の事態だったので、許可なく行動したことをお許し下さい」


 申し訳なさそうに頭を下げられると、彼女の行為を許したい気持ちとなる。端から怒るつもりなど毛頭無いのだが、トリシャは彼女を咎める事をしなかった。


「介抱してくれてありがとう」


 ここは素直にお礼を言うに限る。彼女は正しい行いをしたのであって、褒められはしても怒られる様な行いはしていない。


「気を失われていて心配しましたが、意識が戻って安心しました」


 アイリスは身を乗り出すと、トリシャの手を握る。まるで飼い主に褒められた犬のように嬉しそうな笑顔を向けてくるのだ。


「心配かけてごめん」


「いえ、心配するのもお世話係として当然の事です」


 トリシャにとっては醜態を晒した事になるのだが、彼女に取っては生きがいを感じる出来事だったのだろう。対照的な反応を見せるアイリスに彼女が魔人である事を強く認識してしまう。

 魔人じゃなくとも褒められたら喜ぶものだろうが、トリシャの胸の突っかかりは未だに取れていなかった。


「今日は体調を崩しましたし、ゆっくり休んでください。もし、何かあれば声を掛けてくださいね。そばに寄り添っていますから」


 そう言うと、アイリスは布団の中へと侵入してくる。アイリスが添い寝してくるのはいつもの事で、最初こそ緊張して眠れないものの、睡魔には勝てず直ぐに深い眠りへと付くトリシャであった。



 翌朝、朝食を済ませると早速、クレアリスのいる部屋へと赴くことにした。といっても、奥の部屋はアイリスも初めての場所なので、前日のように案内など出来ないのである。

 奥へ続く廊下を進むと同時に、早速突き当りに直面するのだ。道は左右2つに分かれており、トリシャたちは左右どちらの道を行けば良いのか悩むのである。


「どっちの道にいると思う?」


「私には分かりかねます」


 こういう時には勘で適当に答えるのも1つの手だ。どの道正しい方向など行ってみないと分からないので、勘で答えても責任は問われない。

 しかし、この様な些細な質問でさえ真面目に答えるのが彼女の長所だとトリシャは感じているのだ。

 ここはいるかもわからない神にでも頼って行く先を決めようと考える。


「この世界って神様とかいる?」


「創造神のことでしょうか? それとも女神様のことでしょうか?」


 今の返答で神の存在を確認できたので、トリシャがそれ以上深く聞く事は無い。神様自体には興味がなく、今は存在するかしないかが重要なのだから。


「どちらにしようかな、天の神様の言うとおり、やややのや」


トリシャは人差し指を左右に振りながら進む方向を決める。


「女神様の方でしたか」


 アイリスは歌の様な言葉には突っ込まず、神様の詳細について答えるのだった。天の神様が女神様である事など微塵の興味も示さないトリシャは、人差し指で示した方向に行く事をきめるのだった。


「とりあえず、こっちにいってみようか」


「はい」


 トリシャは左を向くと、アイリスを連れて歩き出す。室内だというのに手を繋いでくるアイリスは、何だか楽しそうな表情をしていた。トリシャと同じで初めての場所に心が踊っているのかもしれない。


 次の角を右に曲がると、目の前に大きな扉が立ち塞がる様に進行を邪魔する。まるで奥に宝物でも隠していると言わんばかりに頑丈そうな扉は、冷たそうな金属が使われていた。

 今しがた通ってきた廊下と作りの違う扉と壁に、トリシャはただならぬ雰囲気を感じてしまうのだ。


「ここは入っちゃダメかな?」


「そうですね。明らかに他者の侵入を拒む意思が感じられます」


 彼女も同じ事を思ったのか、扉の先に進まない方が良さそうだと感じたみたいだ。


「引き返そうか」


「そうしましょう」


 きっとハズレを引いたのだと、トリシャは来た道を引き返し、もう一方の道に行ってみることにした。


「あれって……」


 引き返そうと振り返った瞬間、トリシャの目に珍しい生物の姿が映り込む。

 短い足に丸い体型、飛行機の翼のような手に、くちばしがついている。つぶらな瞳をしたその生物は、トリシャの知っているそれとは少し違った外見をしていた。

 ゆるキャラのような丸みを帯びた可愛らしい見た目の生物は、トリシャの記憶の限りペンギンと言う生物に似ている。


「あれは・・・・・・」


「ペンギンだよね? 何でここにいるのかな?」


 アイリスの言葉を遮るようにトリシャは驚きを口にする。ペンギンと思われる生物が逃げ出さないように、小声で話している声色からは、期待と興奮が含まれているのが感じられるのだ。


「魔人とは違いますが私たちに似た存在かも知れません」


 アイリスの言葉にトリシャは驚く。あの愛くるしい姿のペンギンと、可愛らしい美少女のアイリスが似た存在だと言うからだ。

 可愛いということ以外、骨格も生物も違うのに、似た存在とはどういう事なのか、疑問を抱かずにはいられない。

 しかし、そんな疑問も目の前のペンギンの様な生物に比べると見劣りしてしまう。トリシャの興味はペタペタと足音を鳴らしながら歩く、あの生物に釘付けなのである。


 その生物はというと、扉の近くに行くと、何やらパネルの様なものを操作し始めた。低い位置にあるから、今まで気が付かなかったが、おそらく扉を開けるための操作をしているに違いない。

 息を殺して様子を伺う。もし、気が付かれて逃げられでもしたら、好奇心をそそる対象がいなくなってしまうからである。

 操作をし終えると、扉が徐に開き始める。すると、ペンギンの様な生物は扉の奥へと進んでいった。


「ねぇ、後付けてみようか」


 好奇心の止まらないトリシャはペンギンの様な生物を尾行しようと提案するのだ


「クレア様の許可は取らなくても良いんですか?」


「ちょっとだけだから」


 氷の城の主に何か言われるかもしれないし、機嫌を損ねるかもしれない。しかし、あの生物の行く先を知りたくて仕方がなかったのだ。

 好奇心の勝るトリシャはペンギンの様な生物の後を付いていく事を決意する。


「仕方ありませんね。言い訳は後で考えましょう」


 アイリスの承諾を取れたところで、ペンギンの様な生物の後を追って扉の中に入る。

 そこは薄い青色をした床に、白い壁と天井のある大きな空間だった。そのどれも氷で作られているようには見えず、無機質な物質で作られている。

 広い空間には何やら機械の様な物があった。まるで何かを作る工場のような機械は、トリシャたちが入る前から稼働している様子だった。


「何か作っているのかな?」


「何でしょうか」


 2人で疑問符を頭上に浮かべている。余りにも予想外の空間に、ペンギンの様な生き物を追いかけてきたことを忘れてしまっていた。


「あれは何でしょうか?」


 アイリスが指さしたのは、隅の方に置かれたダンボール箱だった。幾つもの箱が積み重なり、縦横に並べられている。


「あの中に作っているものが入っているのかな? 少しだけ見ちゃおっか」


「怒られませんかね?」


 アイリスの心配を他所に、トリシャはダンボール箱の近くに寄ると、手前にある箱を1つ取り出して中を確認する。ダンボール箱は蓋がきちんと閉まっていないので、簡単に開けることができた。

 箱を開くと、中には複数の白い容器が入っていた。このままでは中身がなにか確認出来ない。


「この際開けてみようか」


 好奇心の留まることの知らないトリシャは徐に白い容器を開けるのだ。

 中にはピンク色をした物体がビッシリと詰まっている。箱を持った時に気がついた事だが、中の物体は冷気を帯びていた。


「これってもしかしてアイスかな?」


「アイス、ですか?」


「あれ、もしかしてアイスクリームって通じない?」


 アイスクリームといって通じないのなら別の言い方を考えなければならないと、トリシャは頭を働かせる。


「話には聞いていたのですが、聞いていたものと形が違うので分かりませんでした。もちろん見るのも初めてです」


 アイリスの口ぶりだとアイスクリームの存在はあるみたいだ。しかし、彼女はそれを目にするのは初めてのようで、興味津々に箱の中を覗き込む。


「じゃあ食べた事ないんだね」


「はい、トリシャのお世話係になるまでは何かを食べる事もありませんでしたから」


 たまに忘れかけるが、彼女たち魔人は食事の必要が無いのだ。ということは、毎日の3度の食事すら取る必要が無いので、アイスクリームを食べた事の無いのも頷ける。


「でも、ルミエーラなら食べてそうだけど、暑がりだし」


 あれほど暑がりを公言しているのだ、アイスクリームが好物でもおかしくない話である。


「ルミエは召し上がられたことありませんね。確かに暑がりですけど、夏はここへやってきますし、甘い食べ物を特別好まれるわけではありませんので」


 暑がりだからといってアイスクリームが好きだとは限らないという事なのだろう。暑い季節になると、この極寒の地に赴くのならば、ルミエーラがアイスクリームを食べないのも頷ける、彼女が食べないのなら、アイリスが初めての目にすると言うのも納得である。


「でもなんでアイスがここにあるんだろう? この箱の中、全てアイスなのかな?」


 この箱の中身が全てアイスクリームなら、この工場の様な部屋で作っている物はアイスクリームだと断言できる。


「クレア様の所有物と見るのが自然ですか、先ほどの生物と関係があるのでしょうか?」


 トリシャはここでペンギンの様な生物を追いかけてきた事を思い出す。辺りを見回してあの生物の姿を探すと、台車でダンボール箱を運んでいる姿が確認できた。


「あ、あそこにいるよ」


 トリシャが指差すと、アイリスもペンギンのような生物の方を見る。体を横に揺らしながら台車でダンボール箱を運ぶ生物は、トリシャ達に接近し始めるのだ。


「こっちに向かって来てる」


「そのようですね」


「隠れた方が良いかな?」


「隠れる必要があるんですか?」


 トリシャと違い、アイリスは許可なく侵入してきた事に後ろめたさを感じてはいなかった。

そうこうしているうちにペンギンの様な生物は目の前までやって来る。


「クエ?」


 トリシャたちの姿が目に入ると首を傾げる。その様子を伺うようにトリシャたちは息を潜めて見つめる。


「クエー、クエックエックエックエックエッ」


 ペンギンぽくない鳴き声を発しながら遠くへ離れていってしまった。トリシャたちから離れていくと、壁の方へと走っていく。

 すると、ペンギンの様な生物は壁に取り付けてあるボタンを押したのだった。


ジリリリリ、ジリリリリ。


 大きな警告音が室内に鳴り響く。あの生物が押したのは非常ベルという事を状況が指示している。


「どうしよう」


「収まるのを待つ他ありませんね」


 内心慌てているトリシャと違って、アイリスは冷静に見える。不穏な雰囲気を感じるトリシャは、心なしかアイリスの側に寄っていた。


「おい、貴様ら、そこで何している」


 トリシャが見上げると、室内の機会の上に乗って大声を上げるクレアリスの姿があった。彼女はゆっくり降りてくると、トリシャ達に近づいて来るのだ。


「なんだ、お前達か。探索するなら一声掛けてくれればいいのに」


 クレアリスは小さくため息を付くと、つり上がっていた眉毛の角度を下げる。


「道に迷っちゃって……所でこの部屋って、アイスを作ってる工場とかなの?」


トリシャは言い訳をした直後に疑問を投げかける。


「そうだ。この部屋でアイスを作っている」


 彼女は質問に答えると、近くのダンボール箱から中身を取り出した。


「こっちがカップタイプで、こっちがスティックタイプ、これがコーンタイプだ」


 一つ一つの箱には別々の種類のアイスが入っているみたいだ。彼女はそれを鼻高々にして話す。


「いっぱい種類があるんだね」


「まぁな、私の研究の成果だからな」


 彼女が氷の城で1人で行っている事は、アイスクリームの研究だという。この極寒の地には最適な研究環境だといえよう。


「他にもキャンディーや、シュークリーム、チョコレートにプリンもあるんだぞ。たまに外に出て珍しいお菓子を見つけては、ここで再現しているんだ」


 楽しそうに話す彼女は可愛らしい笑顔を浮かべる。初めてあった時や、先ほど姿を現した時のように険しい表情をしなければ、彼女が美少女である事に異論は無いのだ。


「いっぱいお菓子を作ってるんだね」


 甘い物が好きなトリシャは、興味津々に彼女の話を聞く。


「まあな、お菓子は私の主食なので研究するのは当然だ」


 彼女はお菓子を主食だと主張する。ルミエーラが言っていた偏食家というのはこういう事なのかと理解するトリシャであった。


「食べたいのなら食べさせてやらんことも無いぞ」


 クレアリスは若干照れながらトリシャの様子を伺う。


「食べたい!」


 トリシャは思考をしていないと感じられるくらい反射的に即答する。


「そうか、食べたいのか。そこまで言うなら食べさせてやる。ついてこい」


 彼女はそう言うと、徐に立ち上がる。


「メゾンは引き続き仕事に当たってくれ」


「クエッ!」


 クレアリスはペンギンの様な生物に命令を下すと、その生物は返事をしながら敬礼をする。人の言葉を理解するペンギンとは、何とも不思議な生物だとトリシャは感じるのだった。


「あの生物って何?」


「私の眷属だ。従者と言っても差し支えない」


 アイリスの言っていた同じような存在とは、従者の事なのかもしれない。トリシャはペンギンの様な生物と同じ従者という立場に複雑な心情を抱える。


「そんなことよりも早く来るが良い。私自ら案内してやろう」


 彼女に急かされてトリシャとアイリスは、後に付いて行く。メゾンと呼ばれた謎の生物は自身の与えられた仕事に戻っていく。

 その後姿を見ながら、トリシャはクレアリスの案内の元、氷で作られた廊下へと戻っていくのであった。


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